(第十六話)トラチトリをやってみたい
シンとテパは荒野を歩き続けていた。
「魔獣の反応はないな……」
「でも、さっきからサクベが見えないね。近くに町はないのかな?」
「ん……」
シンは立ち止まって周囲を見渡す。乾いた風にほんのり混じる砂の匂いを、シンは目ざとく捉える。
「あれだ」
シンが指差す先には、荒野を断ち割ってどこかへ延びる石畳が見える――サクベだ。
「行ってみよう」
「うん」
◆
サクベの先には町があった。門がこれまで見たものより大きく、細かな彫刻が施されている。
「こんなに豪華な門は珍しい。この町は結構栄えてるのかもしれない」
「シン、あれ見て!」
テパの視線の先に、腰巻一丁の少年二人が向かい合っている。
「よっ、と」
「ほいっ」
高く上げられた腿の上で、茶褐色の球が軽やかに飛び交う。
「あれ?あっちでも……あ、あっちでも……」
テパが視線を変える度、向かい合って球を蹴り合う者の姿が見える。
「みんな何をやってるんだろう?」
「トラチトリ【※1】の練習だ」
「トラチトリ?」
「腰から下を使って球を打ち合う競技だ。それにしても、こんなにあちこちでやってるなんて、まさか……」
「試合まであと七日だ」
「町中から選手が集まるんだからな、気は抜けない」
遠くのざわめきが、シンの耳に飛び込んできた。
「やっぱりな」
「何?」
「この町挙げての大規模な試合が行われるようだ」
「シン……」
テパはシンの手をぎゅっと握る。その目は何かへの期待に満ち満ちていた。
「トラチトリ……」
「何だ、試合を見たいのか?」
「やりたい」
「はぁ!!?」
シンは素っ頓狂な声を上げた。通りの人間がびくりとして、何事かと言いたげに振り返る。
「おいお前……マクアウィトルだってまともに扱えてないんだぞ。トラチトリまでやろうものなら、どっちも中途半端になる」
「でも……やってみたい、っ」
「あぁ……」
シンは頭を抱えた。こうも子犬のように円らな瞳で訴えられては、もう――断れない。
「わかった。やってやる。但し、あくまで”やるだけ”だからな?”試合に出る”なんて口を滑らせる真似はするなよ?」
「うん、わかった!」
シンは少し歩いた先の市場にて、球と、競技用の腰巻、防具を揃えた。店主からそれらを受け取ろうとした時、テパが球に手を伸ばした。
「わっ……これ、こんなに重いの?」
華奢な腕で必死に球を抱えるテパ。相当重いらしく、膝を曲げて踏ん張ってやっと持っている有様だ。
「これを打ち合うんだ。腰巻と防具がなけりゃ、すぐに骨が折れる」
「え……」
「やりたいって言い出したのはお前だからな。後悔しても遅いぞ」
「そ、それはそうだけど……」
「とにかく、まずは練習できる場所を探さないとな」
シンとテパは町外れで、今では使われていないであろう鄙びた競技場を見つけた。
「うわぁ雑草だらけ……」
「ここはトラチトリが盛んだが……新しいのができる一方で、こうやって捨てられるのも沢山あるんだろうな」
「でも、ここ以外に集中できる場所はなさそうだし、仕方ないね」
「よし」
決意を固めたテパを前に、シンは言った。
「まずはトラチトリのやり方、そして決まり事から教えよう。しっかり覚えるんだぞ」
「うん!」
真剣な表情で耳を傾けるテパの前で、シンが球を持ちながら説明する。
「さっきも言った通り、この球を、腰、腿、膝、そして尻を使って打ち合うんだ。手は使ってはいけない。但し、滑り込んで胴体で球を受けるのは許されている」
「うん」
「球を地面に落としてはいけない。落としたら相手が球を打って、試合が再開される」
「うん」
「あそこと、それからあそこを見ろ」
シンが競技場内の壁を指さす。そこには輪の形をした標識がついている。
「先にあの穴に球を通した方が勝ちだ」
「へぇ……トラチトリって、思ったより難しそう……」
「でもやるんだろ?その意志は揺らいでないだろ?」
「……うん」
◆
昼下がり。競技場では何度も球が弧を描き、鈍い音が響いていた。
「い……ったぁ……」
「おい何度目だよそれ言うの……」
「だって、あんなに重くて硬いの打ってたら痛いよ……」
「だから言っただろ、無理にやるなって」
「……いいなぁ、シンは上手くて」
「昔、ちょっと齧ってたからな」
「テパも上手くなれる?」
「まぁ練習すれば少しは……でも試合には間に合わないだろうな。そこは承知しておけ」
「……」
テパは自分の軽率さを噛み締めた。現実は厳しく、球に振り回されるばかりで少しも上達の気配がない。今の自分は、マクアウィトルを握り始めた頃と何も変わっていない。けれど、今さら投げ出したくもない。
「それにしてもお前、あんなに球が当たったんじゃ……」
シンはテパの下半身をまじまじと見つめる。練習中から気づいていたが、テパの足は痣だらけだった。瑞々しい褐色の肌が、今や病気にでもかかったかのような青黒さになっていて、見るだけで痛みが伝わる。
「ちょっと見せろ」
「えっ!?」
シンはテパの腰巻を捲った。そこには――赤くて青くて黒くて――言葉を失う酷さの色を呈する腰があった。
「もう今日は休もう。これ以上練習したら危ない」
「……わかった」
テパは悔しかった。もっと練習したかった。でも、脚を引きずる痛みに逆らうことはできない。テパはシンの腕に掴まりながら、競技場を後にした。
◆
シンとテパは競技場の近くに空き家を見つけ、そこに泊まることにした。
「早く寝ろよ」
シンは横になるなり、すぐに寝息を立てた。テパも隣に横たわり、目を閉じようとする。
「……ん」
瞼を閉じようとしてもすぐ開いてしまう。胸はざわめき続け、練習をしていた時の鼓動の速さが収まりそうにない。
「……ん……」
外では夜が更けていくのに、自分の体はなかなか落ち着かない。もどかしい。
「……んっ」
どうにか眠りに就いた後、テパは夢を見た。
(テパ……また何も、出来ないのかな……?)
夜の静寂に、小さな寝言がぽつりと溶けた。
【※1】トラチトリ……古代メソアメリカで行われていた球戯。ウラマ、ポクタポクとも呼ばれる。詳細は本文を参照。




