(第十三話)風の神の気配
祭りが終わり、正午になる頃には、町はもう昨日の喧騒を取り戻していた。シンとテパは一旦宿に戻り、旅の支度をして、再び表に出てきた。
「……!」
シンが眉を寄せる。右手の方から音がしたのだ。硬い地面を踏みしめる、重々しい足音だった。
「伏せろ」
「!?」
「王様のお通りだ。通り過ぎるまで、絶対に顔を上げるな」
「わ、わかった……」
シンは隣にいるテパの頭を押さえて伏せさせ、自分も深く頭を下げた。
(ズン、ズン、ズン、ズン……)
数人が地を踏みしめ歩く音が、通りに満ちる。シン、テパその他多くの民衆が頭を下げる向こうにいた者は、鮮やかな神輿を担ぐ4人の男だった。その上に悠然と座る、シウィトル【※1】の冠を戴く者こそが、この町の王だった。
(……)
神輿が進む毎に、周囲は水を打ったように静まり返る。王は町に何事もないことに安堵し、まっすぐ前を見据えて王宮へ向かっていった。
「……ふう、もう顔を上げていいぞ」
シンに言われてテパが恐る恐る顔を上げると、そこには王一行の姿はなかった。
「いきなり伏せろって言うからびっくりしたよ……」
「おいお前……」シンは呆れた。
「チャアクがそこそこ地位のある奴だったのにわからないのか……?」
「……うん……」
「特に尊い身分の方の前で頭を下げないのは、とても失礼な行為だ。二度とするな」
「わかったよぉ……」
説教するようなシンの口調に、テパは頬を膨らませて答えた。
「そういえば、王様の他にはどんな人に頭を下げたらいいの?」
「それは……神だ」
「神様?前に話してくれた?」
「ああ。僕たち人間には、神々の姿を見ることができない。声も聞こえない。でも、あることをすれば話ができるようになる」
「あること……?」
「2つあるんだ。折角だからあっちで話そう」
シンはそう言って、テパの手を引いて歩いていく。向かった先は王宮の前にある広場の一角だった。
シンとテパは、木蔭に座って話をしている。涼しい風に混ざる砂が、町の活気を乗せて運んでくる。
「人が神と言葉を交わす方法――1つは”神託”だ」
「神託?」
「神々はそれぞれの町に、自らの分身である神像を授けた。これに血をかけると、御姿は見えないが、その神と話をすることができる。これが”神託”だ」
「へぇー……」
「ただ、神像は神殿の奥で厳重に管理されている。僕たちが見る機会は基本的にない。神託は、専ら王様や神官様が行うんだ」
「ふーん……」
「もう一つは”憑依”だ。これは――」
「それも王様や神官様しかできないの?」
「いいや、これは誰でもできる。いや、誰でも”させられ得る”と言う方が正しいか」
「それ、どういうこと?」テパの背筋がわずかに強張る。
「言い伝えによれば、神々はこの世が天変地異に見舞われた時、死んで間もない人間の躯に乗り移って災いを食い止めるという……」
「……え……?」テパは青褪める。
「何か……怖い……」
「あくまでも言い伝えだ。僕も、憑依された躯なんて見たことないからな」
「……」
テパは何も言えなかった。神託だの憑依だのが何なのか想像も及ばないところに、”神が死んで間もない人間の躯に乗り移る”などと言われても……というのが正直なところだった。否、想像できたとしても不気味でしかない。
「……!」
シンは突然話を止め、行き交う人々に視線を送る。そして、彼らの会話に聞き耳を立てた。
雑踏に紛れ、和やかな話し声が聞こえる。
「王様のおかげで、毎日平和に暮らせるよ」
「争いごとも起きないしなぁ」
「こうして畑の野菜を売って、のんびり暮らせるのが一番だ」
「王様ぁ〜」
シンは場所を変えて何度か人混みに紛れて聞き回ったが、どこでも似た声が上がっていた。
「ここの王様は相当な名君であるようだな」
「テパも聞いたよ。『王様は、伝説の神官王トピルツィンの志を継ぐ者だ』なんて言ってる人もいた」
「トピルツィン……?」シンの目の奥が鋭く光る。
「知ってるの?」
「はるか昔の理想郷、トゥラ国の王だったとされる人物だ。神官王の名の通り、国政と神託の双方を担ったとされる」
「!」
テパは思わず息を呑む。トピルツィンは、王にして神官という存在――。
「もしかして……トピルツィンってさっきの神託とか憑依とかやってたの?」
「そこまではわからない。話が伝わっていないからな」
「……そっか……」
テパとシンが暇をつぶす間に、いつの間にか夕方になっていた。二人はまた宿にいた。
「魔獣の気配がない。もう一晩泊まって、明日の朝に出発しよう」
「うん」
空が仄暗くなり、町に明かりが灯り始める。人影もまばらになりつつあった。その時――。
「……」
上空で、ある者の影がひっそりと風を切る。それは艶やかな緑色の鱗、極彩色の羽毛に覆われた蛇だった。風に溶け込む音を立て、その美しい羽をを羽ばたかせながら下界を見下ろしている。
「一昨日は魔獣の気配があったが、昨日今日は事もないようだな」
蛇はそう呟いて、町の外れへ飛び去った。
夜。町外れの神殿に、蛇の姿があった。石段も社殿も闇に沈み、人影ひとつない。
(フワァァァ……)
蛇は眩い光を放つ。その輪郭がゆっくりと歪んだ後、そこには青年が立っていた。
鱗に似た、明るい緑色の肌をした青年が――。
【※1】シウィトル……ナワトル語でトルコ石を指す。古代メソアメリカでは装飾品の材料だった。




