(第一話)魔獣狩りの少年
『人間よ。我らが恵みを求むるならば心の臓を捧げよ――』
それは今から遠い昔、誰もが存在を知らなかった大陸での物語である。
ある小さな村に、テパティリストリという少年が住んでいた。彼は今日も、父チャアクと共に隣町の市場へ行っていた。
「おばさん、トウモロコシ10本ください」
「あいよ。いつもありがとうね、テパくん」
「今日はお父様に特別なタマリ【※1】を作るの!この後肉とか野菜も買うんだ!」
「あらいい子ねぇ。買いすぎて落とさないようにね」
テパは腕いっぱいにトウモロコシを抱え、次の店に向かう。後に続くチャアクは、おばさんに軽く会釈した。
時刻は昼を過ぎ、市場には暑さが増す。それさえも何のそのと言わんばかりに、テパは次々に店を訪れた。店主たちは彼のあどけなさと屈託のない笑顔に元気づけられ、買った物に加えて布や糸をくれたりもした。
「お父様!これで全部揃いました!」
「お疲れ。じゃあ帰るか」
帰宅した頃には太陽が西の空へ傾きかけていた。
テパは帰宅してすぐにトウモロコシを鍋に入れ、砕いた貝殻を溶いた水を加えて火にかける。暫くして火から下ろし、清水で濯いで外皮を丁寧に取る。トウモロコシが乾いたらすり潰し、これに脂を混ぜて生地を作った。
「次は肉と野菜、っと」
テパは市場で買った七面鳥を絞め、野菜を切って焼く。火が通ったそれらを生地に混ぜ、トウモロコシの殻に包んでできあがり。
「お父様、できあがりました!」
テパは複数作ったタマリの一つを、得意げにチャアクに渡す。二人は殻を開け、熱々の中身を食べた。
「美味しい。今まで食べたタマリの中で、一番美味しいよ」
「今日は肉も野菜も、いっちばん高くて美味しそうなのを集めましたから」
「テパ。食べ終わったら機織りの続きをしてくれ」
「はい!」
何気ない日常が、少しの工夫で特別なものになった。満足してタマリを食べ終えたテパは、片づけを手早く済ませて機織りを始める。
日が暮れる。機を織るカタカタという音が、夜の静寂に響く。
「テパ、お休み。ティルマ【※2】ができるの、楽しみにしてるよ」
チャアクは眠りに就いた。その隣で、テパは黙々と機を織っていた。
「あともう少しで完成だ。お父様の新しいティルマ――」
(ガシャガシャガシャ……)
「!?」
テパはびっくりして作業を中断した。遠くで、何かが崩れ落ちる音が響いた。しかも、すぐに終わるかと思いきや、ずっと続いている。そして……音が段々近くに聞こえてきている!
「テパ!」
チャアクも凄まじい轟音に気づき、目を覚ました。そしてテパの手を引こうとした瞬間――。
(バリバリバリ!!!)
屋根が割れ、柱が砕けた。遠くで聞こえた恐ろしいものと同じ音がした。
テパの眼前には、太陽と見紛う黄色い目を爛々と光らせる、巨大な蜥蜴の姿をした怪物がいた。それがテパを襲おうとした瞬間――。
「テパ!!!」
「!?」
村の外れの森で、ある少年が聞き耳を立てる。
「また現れたか、魔獣め……」
少年は木々を飛び越え、闇夜を駆け抜ける。一面の暗い森の中で、彼の目だけが青緑色の光を放っていた。
【※1】タマリ…古代メソアメリカの料理の一種。肉や魚、野菜などをトウモロコシの生地と合わせ、殻ないし大きな葉に包んで蒸したもの。日本の粽に近い。タマル、タマレスなどともいう。
【※2】ティルマ…古代メソアメリカのマント。長方形の布を肩の辺りで結んで留める。主に男性が着用していた。




