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Ep.07 先輩、隠し事してませんか?

 熱を出して寝込んでから3日後、雷雨が嘘のようにからりとしたその日、調剤室にオリヴァー・ドレイク室長が現れた。


「やぁ、フィオナさん。熱大丈夫だった?」


 相変わらずヨレヨレで髪はボサボサ。丸メガネは微妙に曲がっている。


「おやすみをいただいてしまい、申し訳ありませんでした

 体はもう大丈夫です」


 立ち上がって礼をする。


「滅多に休まないフィオナさんだから、たまの病欠くらいなんでもないよ〜」


 言いながら室長の手にはまたひらひらと一枚の書類を揺れている。

 寝込む前に依頼された内容を思い出して嫌な予感がした。


「あ、グレンジャー君もいいかな?」


 室長は私の後ろを覗いて自席で朝の準備をしていたノエル君を呼んだ。


「はい」


 室長の前に二人で並ぶ。


「騎士団から薬の分析依頼がきていて、いい機会だから二人にも手伝ってもらおうと思って」


 珍しい。いつもは一人でやってしまうのに。

 疑問が顔に出ていたのだろう。室長が続ける。


「フィオナさんもこういう経験積んでおいた方がいいと思うんだよね〜」


「分かりました」


 室長の言に頷くしかない。


「グレンジャー君は薬物の同定初めてだと思うから、フィオナさんに指導してもらって」


「はい」


 ノエル君も真剣な面持ちで頷く。


「一応、内容は極秘だから作業は検査室の方使ってくれる? 

 で、その日の作業が終わったら報告も兼ねて証拠品はこっちで預かるよ

 他に質問はあるかな?」


「いえ、予備知識なしで検査に入った方がいいと思うので大丈夫です」


「そうだね、予断はよくない

 こっちもこっちで進めるから、成分分析が出来たところで突き合わせよう」


 室長はフラスコに入った押収品を置くと室長室に帰っていった。

 フラスコの中には紫色の液体が静かに揺れている。

 一応薬品の同定は学校でも習ってはいるけれど、実際に騎士団の依頼品を触るのは初めてだ、

 慎重にやらないと、だな。ノル君にも教えながらだし。



 

 まず初日は証拠品の主成分がアルコールであること。色素が葡萄由来のものであることが特定できた。アルコールの度数から見てワインに何かが混ぜられていると見ていいだろう。

 次の日からの作業は難航を極めた。

 色々な試薬と分析法を使って消去法で絞り込んでいく。ノエル君に指示を出しながら、自分は自分で他の分析法を試すのを繰り返す。

 まず、甘味料が加えられている。

 これは、先日室長から依頼されて調べた成分表と照らし合わせると、王都近郊の街で精製された甘味料である可能性が高い。

 ワインと甘味料、それからもう一つ。

 5日目になってようやくその成分の特定に成功した。

 それは数年前に流行し、貧困層を中心に多数の中毒者を出した麻薬ルピナスの成分と同じものだった。

 ルピナスはアルコールと相性が良く、溶液をお酒に溶かして使うことが多い。それ以外にも溶液を直接飲む。粘膜に塗布する、静脈に注射をする方法もある。効果はまず心拍が上がり、アルコールと一緒に摂取する場合はアルコールと相待って気持ちが大きくなり、多幸感が得られる。日々の辛苦に喘いでいる貧困層には夢の薬だったろう。あっという間に広がった。また、眠気や疲労感を感じなくなる効果を期待して一部の貴族にも中毒者が出たという。また、セックスドラッグとして一部の娼館も売っていた。

 ただ、多くの麻薬がそうであるように、ルピナスもまた強い依存性があった。多幸感と充足感を得るために再び使用するようになり、最後には自分でやめることもできなくなる。また、心拍と血圧が上昇する副作用から心臓発作を起こす人もいた。

 国によって禁止されるのも頷ける。

 すぐに騎士団によって末端の販売組織は一斉に摘発されたが、元締めまでは辿り着けなかったという。莫大だったはずの売上の行方も分からないままだ。

 そのルピナスを騎士団が押収している。

 そして、これに混ぜられている甘味料は私が下ろしている薬と同じものだ。

 あれ?

 これってもしかしなくても、私この麻薬密売を疑われてたりする……?



 

 平常心平常心と言い聞かせてなんとかマインドコントロールに成功し、分析結果を持って室長室を訪ねる。

 甘味料の成分を調べさせ、続いてその甘味料の入った麻薬入りワインの分析を私に依頼してきた室長の思惑とかを深読みするのは危険が危ない。これ以上考えるのはやめだ。


「室長、ベルウッドです」


 ノックをしながら問うと「はぁい」という室長の間延びした声が聞こえた。


「失礼します」


「あ、分析終わった?」


 ノエル君と室長室に入って扉を閉める。

 早速二人でまとめた分析結果を書いた報告書を室長に手渡す。


「ありがと」


 ふんふんと言いながら室長が我々の報告書に目を通す。


「いいんじゃないかな

 こっちの分析結果と一緒だね

 ワインと甘味料、それからルピナス」


 室長の曲がった丸メガネの奥の目が私を見る。

 平常心平常心。


「報告書も綺麗に纏まってていいね

 ありがとう、このまま騎士団に出せそうだから流用させてもらっても?」


「はい、問題ありません」


「グレンジャー君も連名で出してもいいかな?」


「はい」


「いやいや助かったよ

 薬の同定は好きだけど、騎士団の体裁で報告書書くの面倒なんだよね〜

 これ、報告書はグレンジャー君が?」


 報告書をとんとんとまとめながら室長がノエル君を見る。

 室長の言葉にはっとして私もノエル君を見る。


「どこの報告書もそれほど体裁は変わらないと思いますが……?」


 にっこりと笑っているノエル君の目は笑っていない。


「ま、いいや

 二人ともありがとう、仕事戻っていいよ」


 ひらひらと手を振る室長になんとも言えない気持ちになりながら部屋を出る。



 

 一度調剤室に戻ったあと平常心のマインドコントロールが切れそうになって給湯室に逃げ込んだ。


(危なかった……)


 あの押収品が室長に持ち込まれたのはいつだろう?

 室長はもっと早くあの証拠品の同定を始めていたはずだ。じゃなきゃ寝込む前に甘味料のリストが出来上がっていたわけはない。

 甘味料の特定も出来ていて、成分の照らし合わせのために資料を作らせたとみていい。

 ヤカンに水を入れ、火にかけながら考える。

 今どのくらい流通しているのだろう?

 流通の方法は?

 シロップに入れられていたということは液体か。

 あれ? 液体?

 なんか最近そんな話聞かなかったっけ?


『瓶の入荷を待って欲しいって。』


 ジュリーの声がよみがえる。

 あ。

 ジュリーはなんて言ってたっけ?

 瓶を横流しされているかもって話じゃなかった?

 私の薬と同じシロップを使って、私の薬と同じ瓶で流通させてる?

 これ、やばくない?

 もしかしなくてもこの瓶で薬下ろしてた私って特定されたら、ルピナスの方まで疑われるんじゃないの?

 違うって言い張ってもはいそうですかってならなくない?

 手からからんと音を立てて茶缶が滑り落ち床に転がる。


「あ」


 慌てて拾おうと屈んだ目の前をさっと大きな手が横切り茶缶を拾い上げた。


「ご……ごめんなさい」


 さらさらと短く切り揃えられた金髪が目の端を過ぎる。

 そこにはノエル君がいた。

 ひゅうひゅうと音を立てて沸騰していたヤカンを火から下ろすと、ことりと茶缶を流し台に置く。


「フィオナ先輩。大丈夫ですか? 

 顔色悪いですよ」


「え? そうかな? そんなに気分悪いわけじゃないんだけど……」


 どこかに行ってしまった平常心を慌てて呼び戻す。


「ご自分で気付いてらっしゃらないんですか?

 真っ青ですよ」


 いや、ちょっと自分の思考に度肝抜かれたっていうか。

 自分のおかれた状況のやばさの深刻具合が有頂天っていうか。


「そ……そんなに顔色悪いかな……」


 今更ながらに狭い給湯室に二人きりでいることに気づく。

 えーっと、これどうしたらいいんだろう?

 あの雷の日に抱きしめられたことをこんな時でなくてもいいのに思い出してしまう。


「フィオナ先輩……」


「な……なにかな?」


 逃げたくても入り口側にいるのはノエル君だ。

 押しのける以外に逃げ道はない。


「先輩、隠し事、してませんか?」


 やだ! 直球できたわ! この子!


「か……隠し事って何のことかな?」


 私の平常心は行方不明になってしまったようだ。


「先輩、こないだの甘味料のリスト見てから様子が変ですよ」


「え? でも甘味料って言っても王都に流通してる市販品ばかりだったよねぇ

 そんな様子が変なんてことないと思うんだけどぉ」


 語尾がおかしくなっている自覚はある。


「僕、先輩が心配なんです

 年下の男なんかじゃ先輩には物足りないかもしれないけど、力になりたいんです」


「いいいいいぃや、そんな仕事ではいつも助けてもらってるし!

 今は間に合ってるっていうか!

 あ、そうだ!

 お茶、入れて欲しいかな!」


「そういう意味じゃないって分かってて言ってます?」


 じゃぁ、どういう意味なんだよ! いや分かりたくない!

 誰か! 助けて!

 ノエル君が私の後ろの壁に手をついて体を寄せる。

 ちょっと待って! 年下の男の子に壁ドンとか!

 そういうの大好きな人はいるだろうけど、それは私じゃないのよ!

 すんと鼻から息を吸い込んだノエル君が耳元で囁く。


「先輩、ずっとこのシロップの匂いがしてましたよ

 どうしてですか?」


 あぁぁぁああああぁぁ!

 この場合、家でお菓子作ってましたぁてへ、とか通用するんだろうか?

 いや、しないよね。

 ごくりと唾を飲み込む。

 心臓がばくばくと音を立てて、冷や汗が止まらない。


「あ! ノエル! お茶入れるなら俺たちのも頼むわ〜」


 後ろから呑気な先輩の声が響く。

 ノエル君の影になって私は見えなかったようだ。


「はい、二人分でいいですか?」


 すっと離れてくれたノエル君はきっといつもの笑顔で先輩に答えているのだろう。

 はぁぁぁぁぁぁ。怖かった。

 ノエル君が茶器を取り出した隙に私は文字通り逃げ出した。

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また、レビューも頂けたら泣いて喜びます。


次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。

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