Ep.04 出来る後輩ちゃんは謎が多い
歓迎会の夜から落ち着いて考えてみた。
時期外れの新人、本人によればツテを使った一時採用だって話だったけど、王立病院の薬剤師室と言えば難関就職先である。学院の薬学科を出ていてそれなりに優秀な成績を納めていないとそもそもここに就職できないのに、ツテだけで一時的にとはいえ入れるものなのだろうか?
それに、自意識過剰なのかもしれないけれど、なんか距離が近い気がするし、教育係だから一緒にいるってだけじゃない。常に見られている気がする。調薬を教える時に真剣に見られるのは分かるんだけど、話しながら笑っている時でさえ目が笑っていないように見えるのだ。
(私だけなのかな……?)
う〜ん。こうやって周りの先輩方と接してるのを見てもごく普通に見えるんだけどなぁ。
なんとはなしにノエル君を横からじっと見てしまって目があう。
「フィオナ先輩?」
「あ……ごめん、なんでもない
あ、やっぱりちょっと休憩してくるね」
「はい、いってらっしゃい」
なんとなく気まずくなって、そのまま休憩室にきてしまった。
何してんだろう? 私。
ノエル君は本当に教えがいがあって、覚えも早くて、何でも気が付いて、見習いって言っても周りに頼りにされていて、仕事もそつなくこなすし、もう教えることも難しい調剤以外はほとんどなくて……。
でも、なんだろう。
何か引っ掛かってるんだよなぁ……。
ずっと見られてるてだけじゃなくて……何が気になるんだろう?
顔がいいから? いや、まぁ綺麗すぎるくらい整った顔ではあるけど、そこじゃない気がする。
垂れた目元で幼くみえがちだけど、声はしっかり声変わりした優しい低音で、手を引いて歩いてくれた時の手は私より骨ばっていて大きかった。薬を扱う時の指先は長くて、爪の形が綺麗だなって……。
(背に庇ってくれた時も、あぁ、男の子じゃなくて男の人なんだって……)
勝手に薄いと思っていた胸板がそこそこ鍛えられていて、とられた腕も……
やだ、何考えてるの私。
そういうところじゃなくて、見たままの子じゃない気がするって話だったじゃないの。
ぼんやりと風に揺れる木々を眺める。
休憩室の中庭に面した窓は開け放たれ、春の暖かな風と一緒に花々の香りが鼻をくすぐる。
なんか、こうして時が止まったような感覚になること、しばらくなかったなぁ。
「あぁフィオナ先輩、こちらにいらしたんですか」
急に声をかけられて思わず体が跳ねてしまう。
「ノエル君? あ、何か用だった?」
私がびっくりしたのがおかしかったのか、ノエル君がくすくすと笑う。
「驚かせてすみません
手持ちの仕事が終わったので、僕も休憩行ってこいって
お茶入れましょうか?」
「そうなんだ。お茶なら私が……」
「いえ、頂き物のクッキーがあるので一緒に僕がご用意しますよ、座っててください」
そういえば、ノエル君はお茶を入れるのも手際がいい。そして、美味しい。
「ノエル君ってお茶入れるのも上手いよね」
思ったままが口からこぼれてしまう。
「あぁ、祖母に仕込まれたんですよ
手作りおやつ目当てに祖母の家をよく訪ねてたんですけど、食べたきゃお茶は自分で入れなさいって言われまして」
「へぇお祖母さんが、入れ方も教わったの?」
「最初は飲めたもんじゃありませんでしたよ
こればっかりは練習じゃないでしょうか?」
「ノエル君って最初からなんでもそつなくこなしそうなのにね」
「僕、そんなに器用じゃありませんよ
はい、どうぞ」
そう言って紅茶の入ったカップを二つ席に置くと、ノエル君は私の隣に腰掛けた。
「いただきます」
早速ふんわりと香りたつカップに口をつける。
「おいしい……」
にっこり笑ったノエル君もお茶を口に含む。
こうしているとただの優しくて頼もしくて可愛い後輩なんだけどな。
また別の日、薬剤師室で仕事をしていた時のこと。
「あれ? ノエル君って外出してます?」
最近は自分だけじゃなく他の先輩方の手伝いをすることも多かったので、みっちり一緒についてて貰ってというのが減ってきてはいた。
「あぁ、ノエルならここの伝票まとめてくれたんで、そのまま事務に出しに行って貰ってるよ」
「あ、そうなんですね」
「なんか予定あったのか?」
「いえ、予定というわけではないんですが、珍しい調剤依頼きたので見てもらった方がいいかなと思って、急ぎじゃないので後に回します」
「おう。帰ってきたら伝えるわ」
「よろしくお願いします」
やりかけだった処方箋を持って自席に戻る。
そう、最初こそ私にずっと張り付いていたけれど、最近は先輩の依頼もやってもらっている。が、何かの拍子にふっといなくなっていることがある。そして、気が付いたらいつのまにか薬剤師室にいる。
新手の心霊現象みたいな言い方だが、それ以外になんて言っていいのか分からないのだ。
あんまり細かく詮索するのもどうなんだろう、と考えていた時だった。
珍しくその日は難しい調剤が重なって私と先輩数名で残業になった。
しかも過去の調薬原簿に誤りがあるんじゃないかって話になって、医師のカルテの過去分を倉庫から引っ張り出すハメになり、病院内をあちこち移動していた時だ。
室長の部屋から神妙な顔のノエル君が出てくるのが階段の上から見えた。
そこまでなら、まぁあんな上司でも上司らしく「薬剤師室の仕事はやってみてどう?」みたいは話してるのかもなぁ、で終わるんだけど、ノエル君の後ろから騎士が続き、ノエル君と親しげに二言三言交わして去っていく。
(騎士団に知り合いいるの……?)
騎士団と室長……はよく分析依頼がきたりするから分かる。でもそこにノエル君……?
しかも、元からの知り合いみたいに親密だった。
これはなんなんだろう。
時期外れの新人……。
なんでか分からないけれど新人教育を押し付けられた私……。
ぐるぐると思考が回る。
『先輩、甘い匂いが……』
ノエル君の言葉が蘇る。
ジュリーの甘い誘い……自宅にみっしり詰まったハーブとシロップ……シロップの甘い香り……いつも甘味を持ってくる後輩……
こないだノエル君は家に入ろうとしてなかった?
あれ?
もしかして、私のバイト疑われてたりするんじゃ……?
常に張り付いていたノエル君、じっと観察するノエル君、何か思わせぶりな態度も多くて心臓に悪いなこの子って……。
あれ?
全部繋がったりしない?
「フィオナ先輩」
ぐるぐる考えていた当人に声をかけられて文字通り飛び上がった。
「うわぁぁぁあ!」
驚いた私が面白かったのかくすくすと笑う。
「驚かせてすみません、資料お持ちしますよ」
そう言って手に持っていた資料の束をひょいと持っていかれる。
「あぁあ、そんなに重くないのに」
「いいんですよ、これ提出したら今日は上がりですか?」
薄暗くなった病院内の廊下を歩く。
「うん、それで終わり……かな……」
「なら、先輩ご自宅までお送りします」
いや、それはだめなんだってば。
「こないだみたいに遅いわけじゃないから大丈夫だよ、ほら酔ってもないし」
はぁっと、あからさまなため息をつかれる。
「こないだも絡まれたばかりでしょう? 遅い時間に女性の一人歩きは危ないです
僕が間に合わなかったら先輩がどうなってたかと思うと……
僕が心配なんです、送らせてください」
「えぇぇ……」
「先輩がダメって言ってもついていきますよ」
「拒否権最初からないじゃん……」
にっこり笑ったノエル君は花の妖精のようだった。
調剤室の後片付けを終え、私とノエル君は家路についた。
王都のこの時間はこれからお酒を飲みに繰り出す人たちと、それを迎える飲食店の食欲をそそる匂いで満ち溢れている。
日が翳ってくるとともにひんやりした風が吹き抜ける。
なんとなく、昼間の疑念と室長室から出てきた時のノエル君を思い出して、ごった返す人並みを言葉少なにそぞろ歩いた。
「……先輩、フィオナ先輩」
「え? 何? ごめん、考え事してて……」
「先輩、何か悩み事ですか?」
「え? ……え? ないよ、悩み事」
勤めて明るく答える。
「でも……今日先輩、なんだかずっと上の空でしたよ」
「そ……そうかな? どうだろう? 自分ではあんまり……」
「僕じゃ頼りないと思われるかもしれません
でも、よかったら……相談に乗りますよ?」
え? そんな真剣な感じ?
「やだな、悩みとかないって! ちょっとぼーっとはしてたかもしれないけど、その疲れとかじゃないかな? 多分」
「それです
最近、先輩隈できてるの気づいてます?」
くそぅ。薄化粧で誤魔化してるのに、そういうことをずばりと指摘するのどうかと思うのよ。
「あー、夜はちゃんと寝てるんだけどね……年かなーあははー」
お肌ぴちぴちの美少年に言われたら乾いた笑いしか出てこないだろ。
「の……ノエル君も、仕事だいぶ慣れたかな?」
無理やり話題を転換する。
「えぇ、フィオナ先輩のおかげです
新しい調剤も覚えられましたし」
「いやいや、ノエル君自身の努力でしょうよ」
「そんなことありません!
フィオナ先輩の調薬は、常に基本に忠実で真剣に患者さんに向き合っていらして、この薬で治してあげたいっていう気持ちを感じます
指導も僕の習熟度をしっかり見てて下さっていて、たくさん褒めて下さって自信をつけて成長させようして下さるし
指導してくださるのがフィオナ先輩で良かったです」
うっ……そう真正面から褒められるとつらい。後ろ暗いところが多いだけに。
「ま……まぁ、私もそうやって先輩方から教えてもらってただけだよー」
「それでも、僕はフィオナ先輩がいいです」
「それに、最近は他の先輩のお手伝いも多いでしょ? 調剤一緒にやろうと思った時いなかったし、院内あちこちさせられてるんじゃない?」
「あぁ、それは失礼しました
丁度事務の方に行ってまして」
「いやいや、そんなに急ぎじゃなかったから、また一緒にやろう」
家の前にたどり着いて隣のノエル君を見上げる。
「今日は送ってくれてありがとう、家そこだからもう大丈夫だよ」
「フィオナ先輩、僕、もっと先輩に頼っていただけるようになりたいです」
ノエル君の目は真剣だ。
「今でも十分頼らせて貰ってるよ
ほら、今日も送ってもらっちゃったし」
「こんなのじゃまだ足りないんですけどね」
不満そうな顔はパブリックスクールの男の子みたいだ。そういう顔もするんだな。
「おやすみなさい、先輩」
踵を返そうとしたノエル君をふと呼び止める。
「ノエル君、騎士団に知り合いとかいるの?」
「いえ、騎士団に知り合いはいませんよ」
さらりとつかれた嘘に「おやすみ」とだけ返して扉を閉めた。
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