Ep.03 出来る後輩ちゃんはとても紳士
と、いうわけでエレナさんのお店には当直以外の薬剤師室の面々が揃っている。
室長は「これで皆で楽しんできて〜」とお金だけ出して出席はしていない。お金だけ出してくれて口も出さない顔も出さない、稀に見る非常にありがたい上司である。
総勢20人ほどの会であるが、今日はノエル君は主役なのでテーブルの中央に、私は下っ端なので隅っこを陣取っている。最近何かと心臓に悪い後輩と席が離れているというだけで、今日は安心して会に参加することができるというものである。
「ノエル君ってほんと何でも気が付くし、仕事早いし、来てくれて感謝しかないわー」
「そうなんだよねぇ。雑事も嫌がらないし、率先してやってくれるから、残業も減ったしねぇ」
「自分なんか当番の仕事先にやってもらっちゃったりして、仕事無くなった日ありましたよ」
「お前、それはさすがに任せ過ぎだろー、ふざけんな」
「フィオナのサブで調剤やりながらでしょ? よくそんな時間あるよね」
わいわい言ってる先輩方の評判は上々である。
いや、初日でも思ったけど、飲み込み早いわ周りがよく見えてるわで本当に仕事出来る子なんだよな。
「もう一人でも大丈夫なんじゃない? ていうか、フィオナじゃなくて俺のサブに欲しいわ」
私もそう思いますぅ。どんどん持って行ってくれていいんですよぉ。
「それにしても、薬剤師室ってこんなに忙しいんですね、想像以上でした」
「おう、そらそうよ
専門知識ももちろん必要だが、結構な激務だってことでそれなりの報酬が出てるんだからなー」
「辞めても王立病院の薬剤師だったってだけで再就職困らないからねぇ、よっぽどのことやらかさない限り」
そうだね。よっぽどをやらかしたら人生終わりってことですよ。
「しかし、よくこんな時期に見習いで来たよな
ノエル君。通常の採用じゃないんだろ?」
それは私も気になってるのよ。
「あぁ、それは恩師がこちらにツテがありまして勉強させてもらえって一時採用という形です
先輩方は王立学院の薬学科の卒業生ですよね? 他からでも採用されることはあるんですか?」
「あー、大体そうだな
ただ、地方の学校から推薦で入ることもあるぞ」
「それは凄いですね
優秀な方でないと推薦なんて頂けないのでは?」
「俺はノエル君は十分優秀だと思うぞ?」
「いえ、僕なんかまだ基礎の調剤しか一人で出来ないですし、他の仕事もやりながら覚えないと身につかないので」
謙虚にはにかむところはきっと年下好きのお姉さんたちの庇護欲をそそりそうである。
だが、さらっと話の流れ変えた……? 気のせい……?
「それに、フィオナ先輩、優しいし教え方も丁寧だから、指導してくださるのがフィオナ先輩で良かったです」
急に全員の目が私に集中する。
うっそりと笑うノエル君は多分人の良い後輩に見えるんだろうが、私には目が笑っているように見えないのよ!
怖いからこっち見ないで! あと、ひっそり飲んでるんだからこっちに話振らないで!
「だってよ、フィオナ
いいなぁ。シゴ出来後輩俺も欲しいー!」
「可愛い美少年独り占めしやがってー!」
いや、最後のはあかんやろ。セクハラだぞ。
黙ってエールを飲み干すと、給仕の女の子を手振りで呼び寄せた。
う〜ん。グラス空きそうなのがいち、にと…… 4人か。
「エール5杯追加で」
自分のを合わせて追加で注文していると、ふっとノエル君がこっちを見た気がしたがきっと気のせいだ。
エレナさんのお店はジュリーのところの豪快な肉料理とはまた一味違う、煮込み料理と海鮮をふんだんに使った料理が味わえる。ぷりっぷりの貝を丸ごと焼いて一匙のバターとレモンを軽く絞ってこれがまた最高の組み合わせ。焼きたてをはふはふ言いながら口に放り込むと、バターの香りとじゅわっとした貝の出汁がもうたまりません。あー生きてるって感じするー。
海老をガーリックで炒め合わせたものもこれまた美味しい。これなら自分でも作れそうだな。エレナさんにレシピ聞いてみようかなぁ。
先輩方が程よくお酒が回って大騒ぎするのを尻目に、私は目の前の料理とお酒に没頭した。
飲んで食べて騒いだ後でお店の前で解散という流れになった。
先輩の何人かとノエル君は大人なお姉さんが寄り添って接客してくださるお店に繰り出すらしいが、私には縁のないところである。
王都の表通りとはいえ、時間も遅い。深酒をした酔客もちらほら見えることもあって、早めに帰ろうと踵を返した。
——————————ドン!
一瞬、安酒特有のキンとしたアルコールの匂いが鼻をついた。
何が起こったのか分からず、呆然と見上げると目の前にはニヤついたおじさまたちが3人こちらを見下ろしている。
どうやら、したたかにぶつかって尻餅をついてしまったらしい。
あー、酔ってんのかな? ちゃんと見てなかった? いや、さすがにそれはないか。
横のお店から出てきたのはこのおじさんたちだし、こっちは通りをまっすぐ歩いてただけなんだから。
「おっとぉ〜おねえさ〜ん、今のはおじさんいたかったよぉ〜」
埃をはらって立ち上がる。
「失礼しました、では」
あんまり関わり合いにならない方がよさそうなタイプである。
えてしてこういう予感は外れないものだ。最悪なことに。
「あぁ〜? 謝る時は謝る態度ってもんがあんだろうがよぉ〜」
「いやだなぁおじさん手を使う仕事なのに、今ので手折れちゃったかもしれないな〜」
はぁ? ぶつかって突き飛ばされたのはこっちの方だっつの。
大体、酔ってても手折れたらそんなヘラヘラしてられ……ダメだ。知り合いに酔っ払って暴れて朝起きたら腕の骨ポッキリ折れてましたってヤツいたわ。酒の力って怖いね。
「おねえさ〜ん、一人で飲んでたのぉ〜? おじさんたちいいお店知ってるからさぁ〜、そこでタップリお詫びしてよぉ〜」
黙っている私にしびれを切らしたのか、おじさんの手が私の肩に回される。
やだ! きもい! きもいきもいきもい!
へんな気を回して断らずに誰かに送って貰えばよかった。
アルコールとおじさん臭のまざった何ともいえない呼気を吹きかけられて吐きそうだ。
しかもねちっこい視線で人の胸周りを見て口笛吹くのも、服の下を想像してると思うと虫唾が走る。
「ちょっと! 離してください!」
「つれないこというなよぉ〜、一人で寂しく飲むよりおじさんたちとた〜のしぃことしようよぉ〜」
「そうそうおじさん、こう見えてもコッチは自信あるからなぁ〜ぎゃはは!」
自信があるとか言うヤツに限って大したことないんだよ! 枯れて腐り落ちてしまえ! ハゲ!
と、ガッチリホールドされて身動きが取れなかった体が急に軽くなったかと思うと後ろに引っ張られた。
おっさんどもとは違うさわやかなシャボンの香りが鼻をくすぐる。
「あだだだだだだ-------------------!」
私の肩に回されていた手はノエル君によって器用に捻りあげられている。
そして、一瞬でノエル君によって後ろに庇われた。
「あんだ? このガキ?」
「お前には関係ねぇんだよ! すっこんでろ!」
腕を捻り上げていたおじさんを他の二人に突き飛ばす。
「うわっ!」
「先輩、大丈夫ですか? すぐに騎士団がきます」
騎士団の言葉におじさんたちの顔色が目に見えて青ざめる。
「くそっ! いくぞ!」
そう吐き捨てるとおじさんたちは足早に去っていった。
なんとも鮮やかな悪党の去り際である。
呆然と見送ってはたと気づく。
「あ…… ありがとう、騎士団の詰め所まで行ってくれたの?」
「怪我はありませんか?」
ノエル君の真剣な目がさっと私の体に走る。
「手、すりむいてますね
あのまま返すんじゃなかったな……騎士団は、出まかせですよ」
あんな自信満々にさらっと嘘ついたってこと……? いや、この子ならやりそうではあるが。
「王都とはいえ夜に一人で帰るなんて危ないですよ。送ります。」
まぁ、一人でも大丈夫だと思っていた時期が私にもありました。申し訳ありませんでした。でも、
「ノエル君、先輩たちと二次会行ったんじゃなかったの?」
「誘われはしましたけど、先輩が一人で帰ったって聞いて追いかけてきたんです
間に合ってよかった」
いつもは柔和な表情のノエル君が少し怒っているように見える。
「あー……それはごめん」
「先輩が謝る必要はありません
あちらがぶつかってきたのもちゃんと見えてましたし、騎士団に突き出せば良かった」
「まぁ、おじさんたちも鬱憤溜まってたのかもしれないし、私も別になんともなかったから大丈夫だよ」
ふと立ち止まったノエル君が真剣な表情で振り返る。
「僕が間に合わなかったら酷い目に合ったのは先輩なんですよ、そういう問題じゃありません」
正論にぐうの音もでない。
「ごもっともです……」
しょんぼりしてまた歩き始める。
「先輩のことをそんないやらしい目で見る男とか許せません」
うん? そういうもんかな?
「大体エール6杯も飲んで、一人で帰ろうとか無理があるんです」
ちょっと待て。なんで人が飲んだお酒の量カウントしてんの???
え、飲み会の間中私見られてた?
「いや…… 6杯くらいは許容範囲っていうか……」
「足元ふわふわしてますよ」
そうかな? いや、ちゃんとまっすぐ歩けてると思うんだけど。
「僕が手を引いてるからでしょう?」
心の声読むのやめて! 怖いよ!
って、いつの間に手握ってたの? ってさっきのおじさんのくだりからずっと手引かれてた? 私。
「先輩の家、あそこでしょう? 手、消毒した方がいいです
治療だけしかしませんから、家入れて貰えますか?」
治療以外に何をするって言うんです!
って家! ダメ!
あそこは誰も! 入っちゃ! ダメなの!
「あぁぁああああああぁありがと! 送ってくれて! 手も! 自分で! ちゃんと消毒するから! 大丈夫!」
「利き手を治療するの、難しいでしょう? 包帯も片手じゃ巻けませんよ」
「いいいいぃぃぃや、包帯巻くほどじゃないから! 消毒だけなら、全然出来るよ!」
「夜に男を家に入れるのは褒められないのは分かりますが、しょうがないです
もっと僕が先輩に信用されるようにしなくちゃダメってことですね」
やだ。悲しそうに斜め下見るのあざとすぎるでしょ!
何この私がわがまま言ってるみたいな!
「ほんとに、助けてくれてありがとう
あと、ちゃんと信用もしてるから
大丈夫。気をつけて帰ってね」
「はい、おやすみなさい先輩」
ドアの前でノエル君を見送って角を曲がるのを見届けた後、ハーブとシロップの香りで充満した家の扉を開けた。
この時の私は、見送ったはずのノエル君が角からこちらを見ていたのには気づかなかった。
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