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Ep.02 出来る後輩ちゃんはよく出会う

 品行方正、善良な薬剤師たる私にも人様に言えないことがある。

 でも一つだけ言わせて貰うなら、借金を早く返したい、ただそれだけなのだ。

 別に人様にご迷惑をおかけして……ないと思うけど、早くこの借金地獄から抜け出してまっとうな人生を送りたいと思うことの何がいけないのか?

 ちょっと、そうちょっとだけ、人様に言えないバイトを受けているだけである。


「こんにちは。ジュリー」


 そのバイト先はここ、裏通りにある一軒の酒場である。

 ここのお店は女性一人で入っても、たちの悪い酔っぱらいに絡まれることがない安心安全な酒場として有名である。

 まぁ、女性が夜に一人歩きするのはいくら治安のいい王都とは言えそう安全とは言い難いのだが、表から一本入ったところにあるこの酒場あたりはまだ夜でも明るく、騎士団の詰め所も近いこともあって比較的安全なエリアであることは間違いない。

 そして、この店の店主ジュリーことジュリアンが目を光らせているからこそ、客も安心して美味しいお酒と料理を楽しむことができるのだ。


「あらぁ〜フィオナちゃんじゃなぁい〜! いらっしゃぁい〜!」


 可愛らしいセリフと両手を合わせてくねらせている腰つきは可愛いと表現したいところだが、残念ながら声は甲高い裏声でそして体はガッチガチの筋肉で今日もたくましい。そう、たくましいのだ。ジュリーは本名ジュリアンという生物学上は男性に所属する、しかしこの店ではジュリーという酒場の女将さんである。

 ちなみに「ジュリアン」と呼ぶとドスの効いた声で「あ”ぁ”?」と返事されるのでやめておいた方がいい。

 詳しくは知らないが引退した元騎士だという噂もある。一度、この店で酔っ払った挙句に暴れだした猛者がいたらしいが、激昂したジュリーによって文字通り「通りに放り投げられた」そうだ。そして、色男がめっぽう好きだ。その猛者の中でも一番顔の良かった可哀想な青年は、


「うふっ、ちょっと失礼っ♪」


 と、ジュリーに抱え上げられ2階に消えていったという。それ以降その男をこの界隈で見たものはいない。


「あれ? 納品はまだ先じゃないのぉ?」


「いや、そうなんだけど、仕事じゃなくて食事させてほしいなって」


 まだ夕方になりかけの店内には人もまばらだ。

 この店名物の串焼きの肉がお客が来るのをいまかいまかとじゅうじゅうと油を滴らせて焼ける匂いがする。


「飲み物なんにする? エール?」


「いや、今日は一人だし果実水で」


「はぁい」


 ジュリーはうきうきと厨房に入っていった。





 あの時もこのカウンターで一人で管をまいていた。

 就職はできたものの、返済には何年もかかる。

 こんな借金持ちじゃ結婚もできないだろうし、このまま一生職場と家を往復してお金を返して一生を終えるのかと思ったら、なんだかもうどうでもよくなったのだ。このまま誰かにひっかかりでもして、もっと酷い目に遭いたい気分だった。

 そんな時だ。


「フィオナちゃん。そんなに困ってるなら、お仕事、する?」


 ジュリーが甘い誘いをかけてきたのは。


「仕事……?」


「フィオナちゃん、薬剤師でしょ? スキルを活かせるお仕事あるんだけど」


 それなりに飲んでいた私はジュリーの言葉をぼんやりと聞いていた。


「だって、うち副業禁止だよ?」


 はぁっとため息をついたジュリーは私に向かって乗り出した。


「知ってるわよぉ

 でもお金に困ってて、なんとかしたいんでしょ?」


「私の青春ってなんなんだろうね……」


 ぐずぐずと涙が溢れてくる。やだなー。こういうお酒の飲み方。


「他で変なバイトに手を出されるより、うちが紹介するんだったらまだ安全だから」


「安全って美味しいの?」


 ジュリーが声を顰めて続ける。


「こないだフィオナちゃんがくれたお薬。毒薬間違えて飲んだかってくらいマズかったけどすごい効き目だったのよね

 あれ、味なんとかしたら売れると思うのよ」


 お薬と聞いてしばらく明後日の方向を見て考える。

 あぁ、故郷のハーブを使った伝統薬か……。

 あれは、血行を促進させることで婦人病とか冷え性にも効果があるんだよね。

 ただ、故郷のハーブっていうのが曲者で味は激烈に不味いのが難点だ。

 まぁ、市販の樹液から取れるシロップと合わせて溶かせばまぁ飲みやすくはなるけれども……。

 う〜んと考え込む私にジェシーが囁く。


「ね? うちに入れてもらえればその後さばくのはこっちでやるから

 支払いも納品の時に全額一括で払うわ」


「そうはいうけど、そんなに需要あるかなぁ?」


「あるわよぉ、うちそういうところにツテあるから」


「でも、バイトは……」


「秘密はちゃんと守るわ、約束する」


「いやぁ、そうは言ってもさぁ……」


 ふんすとジュリーの逞しい顔が近づく。


「煮え切らないわね、借金返したいの? 返したくないの? 青春諦めんの?」


「いや、早く返したいよ

 そりゃできるならさっさと返したいし、青春も諦めたくない」


「なら腹括りなさい、決まりね。」



 

 そういうわけで、私の人様に言えない仕事はスタートした。

 自宅でせっせと故郷のハーブを使って煮出した溶液と、市販のシロップを混ぜて甘く飲みやすくしたお薬をジュリーから指定された可愛らしい小瓶に詰める。一月で出来た分をまとめてジュリーの店に持っていって、買い取って貰うという流れだ。

 ちなみにこのお薬はジュリーのツテで王都にある娼館のお姉さんたちが使っているらしい。

 そして、売り先が売れっ子お姉さんたちということもあって、市価より若干高めで買っていただいている。こういった交渉も全てジュリー任せだったからジュリーには二度と足を向けて寝られない。

 元々婦人病に効果が高い薬なこともあって、冷え性が治ったとか肌艶が良くなったとか冬の水仕事が楽になったとか、評判は上々だと言う。そんなところに需要があるなんて知らなかった。

 おかげで自宅はベッド以外のすべての場所は副業中心になり、ハーブを乾燥させたり調薬したり、シロップの在庫や詰める瓶の在庫が積み上がってこれもまた人様にお見せできない汚部屋となってしまった。

 だが、先の見えなかった借金地獄の返済のスピードが早くなったのは事実だ。

 いつまでこの二重生活が続けられるか、にもよるけれど。

 大体、このバイトがばれたら表の仕事だって首確定なんだから、日々の行動には慎重を期さなければならない。

 ならないのだが、


「あれ? フィオナ先輩?」


 ジュリーの持ってきてくれた果実水に口をつけようとして吹き出すところだった。危ない。


「の……ノエル君?」


「フィオナ先輩もお食事ですか? ご一緒しても?」


 えぇぇ、いやですぅ。職場だけでもお腹いっぱいなのに、なんでプライベートにまで一緒にいなきゃいけないの。


「う……うん、今日はご飯作るの面倒になっちゃって、あはは……」


「先輩自炊派なんですね、いいなぁ

 先輩、いつもどんなご飯作るんですか?」


 にこにこと笑いながらちゃっかり隣に腰掛ける後輩。


「いや、いつも適当に済ませちゃうかな……、一人だし……」


 そこにジュリーが串焼き肉にパンを添えたプレートを持ってきた。


「あら? いらっしゃ……」


「先輩、果実水ですか? じゃぁ、僕も同じの貰おうかな。」


 あれ? いい男には目がないジュリーがノエル君には反応しない。

 なんだろう。中性的な美少年は好みじゃないんだろうか?

 ん〜。ジュリーの好みの男っていうと、なんか危険な香りのする色男が多かったような気がするから顔がいいだけじゃダメなのかなぁ?

 パンをちぎって肉汁に浸しながら口に運ぶ。

 いつ食べても美味しいなぁ。

 いつもは賑やかなジュリーがノエル君の前に果実水を置くとさっと下がっていく。

 同じ男でも嫌いなタイプなんだろうか? いや、偏見か。

 そりゃ女性から見た男性だって好みは千差万別だもんな。

 ちなみに私は過去の経験から顔のいい男は苦手だ。

 やつら「君のためだと思ったんだ」とか言って平気で嘘つくからな。

 な〜にが、君のためだ、だよ。自分の保身のためじゃん。

 思い出したらムカムカしてきた。

 あ、脱線してる。

 手を拭いて果実水を一口飲む。

 横からじっと見られていることにようやく気がついた。

 やだ、この子、人の食べるのじっと見てたの?


「その串焼き、美味しそうですね

 僕も食べてみようかな」


「の……ノエル君はこのお店よくくるの?」


 違う話題を振ってみる。


「あぁすみません、僕にもこの串焼き貰えますか?」


 奥からジュリーの「はぁい」という声が聞こえる。


「えぇと、このお店でしたっけ? 初めてです

 なんか先輩に似た人がいるな、と思って入ってみたんですけど人違いじゃなくて安心しました」


「そうなんだ

 ここ、お料理もお酒も美味しいからおすすめだよ

 職場の人たちはあんまり来ないしね」


「へぇ……、それは良い事を聞いたな

 なんで薬剤師室の人たちはあんまり来ないんですか?」


 あ、余計な事言ったかも……。


「あ、うん、ジュリーは女性には優しいけど、男性にはそのなんていうか肉食獣に品定めされてる気分になるんだって、先輩が言ってた

 薬剤師室の打ち上げとかは通り向こうのエレナさんの店でよくやってるよ

 ノエル君もそのうち誘われるんじゃないかな」


 なんとなく早口になってしまったが、大丈夫だろうか?

 ちらりとノエル君を見る。


「あぁ、歓迎会やってくれるって言ってました

 先輩ももちろん来てくれるでしょう?」


「う……うん、もちろんだよ」


 ふぅ。なんか普通に会話できてるな。今日は大丈夫みたいだ。


「それより先輩、自炊派ならご自宅でどんなお料理作るんです? 興味あるなぁ」


 食事を再開しながら適当に答える。


「ん〜? 本当にそんなすごい料理とか作らないよ、切ったり焼いたりくらいかな

 屋台モノで済ませちゃうこともあるし」


「お菓子は作らないんですか?」


「お菓子? お菓子って焼き菓子とかなら作れないことはないけど、そんなには……」


 隣にいたノエル君がすっと体を寄せる。


「だって……」


 えっと、距離近過ぎじゃない? え?


「先輩、いつも美味しそうな甘い匂いするから……」


 ああああぁあぁぁあああ!


「の……ノエル君! 酔ってる? 酔ってるよねぇ!」


 体を寄せてきた時と同じくすっと離れたノエル君は無邪気に笑う。


「ご自宅でてっきりお菓子でも作ってらっしゃるのかと思って」


 はぁ、びっくりした。やっぱりこの子怖いよ!


「あと、果実水なんで酔ってないです」


「あ……あはは、そうだよね

 お菓子はたまに……かな?」


「ぜひ今度御相伴に預かりたいです」


「け……検討します……」


 その後ぐったりと疲れ切った私はジュリーへの挨拶もそこそこに家路についた。

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次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。

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こんにちは。Xから来ました。 お仕事モノ、しかも薬師モノって背景設定難しいと思うのに違和感なく書かれていて、ワクワクしちゃいました。 ジュリーのキャラ、大好きです!強いオネェは最高ですね! ノエルくん…
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