Ep.24 出来る後輩ちゃん再び
私は麻薬密売・製造の容疑を解かれ、晴れて王立病院薬剤師室に復帰した。
真犯人である王太子妃になりたかったお家の人とその一味が軒並み摘発されたからである。王太子殿下のお名前で、4年前のルピナス事件からの繋がりも解明され、王太子妃候補選定のために買収されていたお家の人もそれぞれ捕まったらしい。
そして、私の薬の原料だったアジルスの花だが、室長の分析によって新たな事実が判明した。
酒に混ぜると色が消えるだけではない。アジルスの溶液をルピナスに混ぜると化学反応が起こるらしく、薄茶の沈殿物を残してルピナスの麻薬成分が消えてしまうのだ。私が家で使っていた鍋や濾過器はアジルスの溶液が染み付いていて、自宅でルピナスの製造はしていないと証明された。
室長はこの研究をさらに進めて、ルピナス中毒に苦しむ人たちのための特効薬作りに邁進するらしい。
アジルスの栽培も研究機関と共同で挑戦してみるんだって。
王都で故郷の花を見ることが出来る日が来るかもしれないと思うとわくわくするね。
そして、私が作った『妖精の小瓶』は女性のための薬として特許をもらえることになった。
もっと私の中では大ニュースもある。
あまり大きな声では言えないけれど。
今回の慰労金として、王太子殿下が私の借金を全て肩代わりしてくださった。
ポケットマネーで。
私が一生かかると思ってた金額、ポケットマネーで払えちゃうんだね……怖。
だからと言ってはなんだけど、『妖精の小瓶』は「王太子妃様のお名前で特許料を困っている女性や子供達のための基金にして下さい」ってお手紙を書いたところ。
後、王太子妃様のご懐妊が発表された。
もう安定期に入ってるんだって。
そりゃ奥様とお腹の子供のためなら、末端薬剤師なんか囮でも尻尾にでもしちゃうよね。
慰労金で借金チャラにしてもらってるから何も言えないんだけど。
まぁ、いいんだよ。みんなハッピーなんだし。
王立病院の薬局で処方箋を片手に薬を作って、患者さんに届ける、いつもの日常が帰ってきた。
いつもの日常だけど変わったこともある。
室長室から全然出てこなかった室長、いや王弟殿下か……。
その室長の部屋で毎日お茶をするようになったことだ。
最初はアジルスについて聞きたいって話だったはずなのに、毎日にこにこと他愛ないおしゃべりをしながらお茶をしている。
一応、休憩時間というカウントでいいの? これ?
上司から誘われたら断れないよね?
あと、ヨレヨレだったのがヨレヨレじゃなくなった気がする。
ぼさぼさだった頭もだんだん毛艶がよくなっている気がするし。
メガネはまだちょっと曲がってる? かな?
その日も午後の暖かな風が吹く窓辺で室長とお茶を楽しんでいたのだが、扉を荒々しくノックする音がした。
ウダツの上がらない見た目の室長とは言え、王立病院のそこそこ偉い部類なのにこんなノックしてくる客とは珍しい。
と、室長があからさまにため息をついた。
「どうぞ〜」
「叔父上、失礼する」
な……! 王太子様……!
本物だー!
慌てて立ち上がる。
色々ご配慮頂いたが、いつも使いの方でご本人と会うのは初めてだ。
なんなら絵姿しか見たことがない。
「叔父の職場のノックの仕方よ。どうにかなんないの?」
「軽いノックだと返事してくださらないでしょう?」
飄々としているところは叔父様と似ていらっしゃるのですね……。
「帰れよ。せっかくフィオナさんとお茶してるんだから」
「あぁ、ベルウッド、この度は心労をかけたな」
「いえ、格段のご配慮を頂きありがとうございました」
一応末端貴族のご令嬢だった頃を思い出してカーテシーをする。
「よく言うよ。体のいい囮にしたくせに」
「叔父上、ベルウッドにちょっかいをかけているというのは事実のようですね」
「は? 失礼な、僕は臣籍降下もして、継承権も放棄してるんだぞ。恋愛は自由だろ。大体どこからそんな話が出るんだ?」
カミル殿下と室長の目が扉の入り口に向かう。
そこには直立不動で控えるノエル君がいた。
あれ? いたの? 気づかなかった……。
「ベルウッド、上司からの誘いは業務の延長と捉えて断れなかったって言っていいんだぞ。セクハラの相談窓口を紹介するか?」
「事実無根だ! 帰れ! カミル!」
「あぁ、すぐに帰ります。この後も予定が詰まっていますので。後、ルピナス事件の報告書を薬学知識のあるグレンジャーに担当させますので置いていきますね。よろしくお願いします」
はぁ? と室長が素っ頓狂な声を上げる。
「そいつじゃないのを連れてこい! 持って帰れ!」
「いえ、ノエルは事件の顛末を把握していますし、潜入のためにそれなりの時間をかけて育成した人材ですから。あと、ベルウッドとも面識があって意思疎通も問題ない。適任です。では」
カミル殿下はきた時と同じ嵐のように去っていった。
重苦しい沈黙の中、室長と私、それと扉の前のノエル君が残され、ぱたんと扉が閉まる。
あー。どうしよう、これ。
その時、時計が休憩時間の終わりを告げる、ぽんと軽い音を立てた。
「あ、休憩終わりなので調剤室戻りますね。茶器は私が」
ぱぱっとトレイにお茶セットを乗せると私は室長室から逃げた。
給湯室で茶器を洗い終えて手をふいた瞬間、しゃぼんの香りがした。
ノエル君が給湯室の入り口に立っている。
「フィオナ先輩……」
なんでそんなに君が泣きそうなの?
あんなにぐちゃぐちゃに泣かされたのは私の方なのに。
「フィオナ先輩、ずっと謝りたくて」
あざと可愛い後輩でもない、冷たい顔の騎士でもない、
等身大の男の人がいた。
こんなに男の人が可愛いと思えたことってあるだろうか。
私の言葉を震えて待っている。
長い指先が逡巡して、でも降ろされて。
「ねぇ、ノエル君」
「はい」
「最初から」
ぱっと私の顔を見る。
眩しいなぁ。
「任務とか関係ない、最初からやりなおそう」
「先輩は……、それでいいんですか?」
「うん」
「もっと……もっと怒ってくれていいんです。騙したし、酷いこともしました」
ノエル君の顔が泣き笑いみたいになる。
「怒られたい?」
黙って頷くノエル君を私はぎゅっと抱きしめた。
背中をぽんぽんと叩く。
「もう怒ってないよ。だから……」
近づくと頭ひとつ上にあるノエル君を見上げる。
「やりなおして、それでまた好きって思ってくれたら、また告白してくれる?」
「そんなの……、何回だって、何回やりなおしたって先輩のことが好きです……!」
ノエル君にぎゅっっと抱きしめられた。
今までで一番ドキドキして、一番幸せ!
そうして、時期はずれの新人改めルピナス事件の報告書を纏める調査員として正式にノエル君が配属された。
先輩方は、
「なんだよ、いい体してると思ったら騎士だったのかよ」とか、
「王太子殿下の直属とか超エリートじゃん! 滅びろ!」とか、
「後から来て職場の花を掻っ攫って行くとかちくしょうめぇ!」とか、
叫んでいたけどこれは歓迎しているって意味合いで取っていいのかな。
私とノエル君は報告書の件で意見交換したり、帰りは送ってもらったり、ジュリーのお店で一緒にご飯を食べたりしている。
あぁ、そうだ。
私と一緒にジュリーのお店に行ったら、ノエル君ぶん殴られるところだった。
避けて間一髪だったけど。
ジュリーが居酒屋の女将の格好のまんま騎士の本気の動きするから怖いのなんのって。
ジュリーの強さにも舌を巻いたけど、ノエル君が本当に騎士なんだなってちょっと格好いいなって思ったのは秘密。
それ以外はジュリーも元気にお店をやっている。
これから、何もかもがまた始まっていく。
私の身近な人たちも、雲の上だと思っていた人たちも、私が薬で繋がった全ての人の幸せが続きますように!
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次話で最終話になります。 AM0:00 予約投稿です。




