Ep.21 妖精の小瓶
ノエル君は私たちの対面に腰掛けた。
ちなみに室長はまだ私を抱き抱えている。
ノエル君の目が私の腰を支える室長の手を冷たく見ているが、室長は手を離す気はないようだ。
「まず、王太子殿下ですが……。」
ノエル君が口を開く。
「殿下の元に王都によく似た2種類の薬が出回っていると情報が入ったのが、私が薬剤師室に入る1月前です。」
そんな前からなの……!
「片方はいかがわしい貴族のパーティー、無許可の娼館を中心に取引があるようでした。そしてもう一方は春花亭の周辺です。ジュリアンは元騎士なのはご存知ですね?」
私は黙って頷いた。これはベケットさんからも聞いた話だ。
「ジュリアンは私の先輩にあたります。殿下の騎士隊を引退した後、表向きは怪我のため、本来は殿下の市井の情報源として居酒屋を経営しながら今も殿下の元で働いています。現在はセーフハウスにいますが、今回の件で内通者の炙り出しに成功したのでまもなく店に戻るでしょう」
なななななんだってー!
ジュリーが直接王太子様と繋がってるとか、そんな話ある?
「殿下は4年前のルピナスの一斉摘発の時からずっと機会を伺っていらっしゃいました。ジュリアンは殿下を裏切るようであれば死を選ぶでしょう。ですから、ジュリアンはシロなのは間違いありません。貴族のパーティーの様子からしてルピナスかそれに類する麻薬が再び出回っている可能性、ジュリアンと貴方が利用されているのではないかと考えられたのです。ジュリアンと貴方は騎士団の捜査線上にも早い段階で上がっていました。そこで私が貴方の護衛を兼ねて薬剤師室に派遣されたのです。」
え? ずっと見張られてる気がしたのってそのせいなの?
「ただ、前回肝心なところで証拠が途絶えたり、捜索の情報を事前に察知されているとしか思えない状況になり、内通者を疑いましたが特定には至りませんでした」
「グレンジャー君、僕は護衛したいとしか聞いてないよ。まさか内通者を炙り出すための囮にフィオナさんを使うなんて、知ってたら許可してない」
私の腰を抱く室長の手に力が入る。
ノエル君の視線の温度がさらに下がったような気がする。
私までゴミ虫を見るような目で見られている気がするからやめて欲しい。
「あの……ベケットさんはなんで……?」
「ベケットの家は王太子妃候補だった方の家に買収されていたのですが、その資金を元手に事業を始めようとして失敗したようです。買収された以上の借金を抱えて脅されていたと自供しています。個人の見解を言えば、これも最初からハメられていたのではないかと思いますが。今日貴方を夜中に取調室に一人にするよう指示したのもベケットです。貴方に書かせる用の遺書の原案も押収しました。脅して遺書を書かせて自殺に見せかけて殺す算段だったのでしょう。王立病院の薬剤師である貴方に多額の借金があることは、以前ベルウッド家が家屋敷を手放したことから目をつけていたと思われます。」
「そう……ですか……」
あの実直そうな人を食い物にするなんてなぁ。
お金で困窮するのはとても他人事とは思えない。
しかし、私が貴族籍を手放した時からいつか使う尻尾切りに目をつけられていたのか……。
「これで内通者も分かりましたし、今回は黒幕まで逃しませんから安心していただいて結構です」
「あ、でもタブロイド紙の件は?」
「あれは……申し訳ありません。守秘義務に関わることなのでお伝えできません」
まぁ、そうか。王太子様直属ってことだから色々言えないこともあるよね。
う〜ん。
「それじゃぁ、いたずらの仕掛け人はその王太子妃候補の方のお家ってことになるの?」
「そう受け取っていただいて結構です。」
ノエル君が目を伏せるのとサラサラの金色の髪が揺れる。
金色の髪……。
黄色い花畑……。
アジルスの花…………あ!
「あああああ! 思い出した!」
ノエル君も室長も驚いた顔で私を見る。
そうだ! 忘れてた!
「あの! アジルスの薬はお酒と混ぜるとお酒の色をなくす特性があるんです。これって私の薬だけにしかない特徴なんですが、無実の証明に使えませんか?」
そうだ。アジルスの花は黄色い。
爪の先に花びらを塗ると赤くなる。
なのに煮詰めた薬の原液をアルコールに入れるとなぜかお酒の色を無色透明に変えてしまう不思議な特性がある。
ルピナスは通常ワインやアルコールに溶かして飲むことが多いが、私の薬はアルコールに入れられない。
「それはいいな。試験紙がなくても見分けられるということだね?」
室長の丸メガネの奥の目が輝く。
「はい。ワインにいれると色がなくなります」
「まずは検証しなくちゃだが、黒幕がちゃんと捕まるまでフィオナさんは安全なところにいた方がいいな。しばらくうちにくるといいよ」
室長は機敏に立ち上がると私を立たせた。
「待ってください。それなら王太子殿下の騎士隊の詰め所でお預かりします」
ノエル君が慌てて立ち上がる。
「グレンジャー、君のところが一番安心できないと正直に言ったら分かってもらえるかな? 大体、騎士隊の詰め所に女性を泊まらせる気なのか?」
「貴方だから安心だというわけでもないでしょう。オリヴァー王弟殿下。いい加減手を離してください。フィオナ先輩は未婚の女性です」
「そもそもカミルがヘマをしたからだろう。4年前にちゃんとケリをつけていれば良かった話だ」
は……? 王弟殿下……?
室長が?
継承権放棄したっていう……?
カミルって王太子様のお名前では?
は……?
ちょっと理解が追いつかない……。はえ……?
「護衛だからやむを得ないと思って黙っていたが、もう黙ってないぞ。うちのフィオナさんにベタベタと。カミルのところに帰れ」
「いえ、フィオナ先輩は重要参考人です。それにカミル殿下から護衛の任を解かれたわけではありません」
なんか知らないけど室長とノエル君が睨み合っている。
これ、このまま私牢屋に戻った方がいいのかなぁ?
結局、私は王宮の中の客間に泊まらせてもらうことになった。
臣籍に降りたとは言え王弟殿下の私邸とかはさすがにご遠慮したい。
そして、室長が「ノエル君のところは絶対ダメ」ということで王宮の客間なのだが、場違い感が半端ない。
つい数時間前までは私牢屋にいたと思うんだけど……。
怒涛すぎて朝方のはずなのに眠気が全然やってこない。
窓際の椅子に腰掛けてぼんやりしていると、控えめなノックの音がした。
「はい」
返事をすると、
「ジュリーよ。入ってもいい?」
懐かしい声がして慌てて扉を開けに走る。
「ジュリー!」
扉を開けて筋肉に飛び込むように抱きついた。
暖かい花の香り!
ジュリーだ!
「ジュリー! 会いたかった!」
「フィオナちゃん……! 無事で良かった……!」
筋肉にぎゅうぎゅうに抱きしめられてるけど、苦しくないよ!
ジュリーだ! 無事で良かった!
「ごめんなさいね。一人にして。不安だったでしょう?」
「ううん。ジュリーはジュリーだもの。身を隠してるって手紙で心配してた」
「言えないことも沢山あって、フィオナちゃんを危険な目にあわせたわ。ごめんなさい」
「いいんだよ、大丈夫。ほら、無事だもの」
目尻に浮かぶ涙は振り払って笑顔を見せる。
「娼館にも飛び込んでいったんですって? 行動は慎重になさいって言ったでしょう?」
「あ……あれは……その、なんていうか、正気じゃなかったかもしれない。危なかった」
「ノエルがいたからよかったけど」
いや、そのノエル君にも散々な目に遭わされたんですけれども……。
そういえば、ノエル君の先輩だって衝撃的な事実も聞いたな。
それでジュリーの店にノエル君が来た時、ジュリーの行動に違和感があったのか。納得。
あ、でも好みのタイプだったら普通に流し目くれそうだな。
「聞いて! ジュリー、私たちの薬にしかない特徴を思い出したの! 『妖精の小瓶』だけの妖精の魔法! 私たち、ちゃんと無実が証明できるかもしれない!」
「本当?」
「それからね! 室長に副業、バイト続けていいって! この薬を素晴らしいって言ってくれたの!」
「凄いじゃない! リリアンも喜ぶわ!」
「私、薬剤師やってて良かった! 薬剤師になれて良かった!」
最後はもう涙声になった。
笑っているのに涙が止まらない。
ジュリーに抱きしめられながら泣く私に、ジュリーは「よかった。よかったわね。」と言いながら泣いていた。
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