Ep.20 先輩、私が尋問担当します
見慣れない黒の騎士服。
王都の騎士の制服は濃紺だ。黒の制服なんて見たことがない。
王族の警護を担当している近衛騎士は見たことがないが制服は白だったはずだ。
よく似た別人ってことある?
え? こんな似た人双子とかでもないとありえなくない?
「ノエル君……だよね?」
一応確認のために聞いてみる。
「フィオナ先輩、いや、フィオナ・ベルウッド
私が尋問を担当します。ノエル・グレンジャーです」
直立不動でその人は言った。
「は・・・?」
サラサラと音がしそうな金髪は短めに切り揃えられていて、いつもの柔和な雰囲気はなりを顰め青い瞳が冷たくこちらを見据えている。
調剤室で、検査室で、資料庫で、給湯室で、
居酒屋で、ごったがえす王都の帰り道で、娼館で、
優しかったり怖かったりしたどんな表情とも違う。
(だれ……これ……?)
こんな顔だった?
いたずらっぽく私を囲い込んで追い詰めてきた時だってこんな冷たい目じゃなかった。
娼館で色っぽく詰ってきた時だって、こんな恐ろしいなんてこと……。
「私は王太子殿下直属の騎士隊に所属しています
尋問には正確に、嘘偽りなく述べるように」
王太子殿下の……?
いや、そこじゃない。騎士隊って所属って……!
「騙してたの……?」
「任務ですので」
「な……!」
絶句する私を氷の視線が射抜く。
「では、尋問を始めます」
「ちょっと待って! 室長は! 室長は知ってたの?」
「そちらからの質問は認めません、尋問を……」
「認めないって! どういうことなの! ちゃんと説明を……!」
すっと足音もなく私の後ろに回ったノエル君は私の襟首を掴むと椅子の背に押し付けた。
乱暴な動きに椅子が悲鳴を上げる。
「尋問を始めます。」
「く……ぅ……」
首が苦しい。
「貴方が作っていたという『妖精の小瓶』について製造法を」
手が離れて行ってようやく息を吸い込む。
白い手袋がはめられた長い指先に綺麗な爪は見えなかった。
「『妖精の小瓶』って言っても元は故郷の伝統薬だわ」
「続けてください」
後ろから声だけが聞こえる。
「私の故郷にある湖の側にアジルスという花の群生地がある。国内では多分そこだけよ。アジルスの花を乾燥させて砕いたものから煮出した溶液を煮詰めて濾過したのが原液。故郷ではこれを一匙飲むのが主流だったけど、とても苦くて飲みにくいの。だから、王都で市販されているシロップで薄めて瓶詰めして春花亭に下ろしてた。これが『妖精の小瓶』よ。」
「効能は?」
「主に血行促進、冷え性や浮腫の改善、月経不順を治療する女性のための薬」
「それだけ、ですか?」
「それ以上も以下もないわ。逆に血圧上昇することで末端に血が回らなくなるルピナスとは真逆よ」
「貴方は……ルピナスの製法もご存知ですね?」
「それは薬剤師としての知識を聞いているの? それとも大量生産法?」
やけっぱちになって吐き捨てたのがいけなかったのか、肩を両手で押さえられまた椅子の背に押し付けられる。
「大人しくしていた方が身のためです」
指先がいつかのキスマークのあたりをなぞる。
「それとも、もっと厳しい尋問にしますか?」
耳元に吐息がかかる。
いつかの夜、わけもわからず自白させられたことを思い出す。
ここであれをやろうっていうの……!
恐ろしさで固まったその時、バタバタと言う音とともに乱暴に扉が開けられた。
「な……グレンジャー……? その制服は! 殿下の騎士隊か!」
入ってきたのはベケットさんだった。
髪を振り乱し、相当慌てていた様子が見て取れる。
(助かった! ベケットさん!)
すっとノエル君が身を起こす気配がした。驚いた様子はない。
「取り押さえろ」
え?
ノエル君の冷たい声が響く。
と、黒い騎士服の騎士が数人入ってきたかと思うとベケットさんを両側から取り押さえた。
「ベケットさん! なんで!」
「くそっ! 罠か!」
ベケットさんが抵抗しようと暴れるが、あっというまに後ろ手に手錠をかけられた。
「どういう……ことなの……?」
「内通者ですよ。捜査情報をタブロイド紙に流した張本人です」
え……? だって、私の無罪を信じてるって……?
「そして、牢獄で貴方を自殺に見せかけて殺そうとした容疑者でもあります」
は……?
私の身の安全のためにここにいろって……?
「な…………んで…………?」
ノエル君は私にかけられた手錠を外した。
「貴方に下手に動かれると逮捕の時に人質に取られる可能性がありました
ご協力感謝します」
ベケットさんを信じてた。
信じてたのに……。
それにノエル君も。
騙されてた……。
可愛いけれど油断ならない後輩で、ちょっとドキドキしたけどたくさん助けてくれて。
もう訳が分からない。
涙が……
涙が滑り落ちる。
呆然とする私をノエル君はそっと立たせるとそのまま談話室に連れて行った。
談話室に座らされてからどのくらい時間がたっただろう。
湯気を立てていたお茶がすっかり冷めてしまったから結構な時間がたっているのかもしれない。
部屋をノックする音がして扉が開いた。
「フィオナさん!」
「室長!」
室長は立ち上がった私をぎゅっと抱きしめてくれた。
室長……室長……ごめんなさい!
もっと早くちゃんと相談してたら、もっと色々怖気付いて溜め込まずにちゃんと言えてたら!
さっきまで止まっていた涙がまた溢れ出す。
「室長、こわか……っ。」
室長は黙って私の背をなでた。
そっと座らせると私が落ち着くまでずっと黙っていてくれた。
「フィオナさん、ごめんよ。怖かったね」
「室長が謝ることでは……私がちゃんと相談していればよかったんです……」
「いや、内通者の炙り出しに君を危険に晒すと知っていたらこんな計画了承しなかったよ」
室長が私の乱れた髪をなおしてくれる。
自分はいつもぼさぼさで気にしないのに……。
「そもそもの最初から説明しないといけないね。
フィオナさん、国家薬剤師は無許可の副業は禁止だけど、ちゃんと許可を取りさえすれば別にバイトしても構わないんだよ?」
え……? そこから……?
あれ? そうだったっけ?
「そう、『妖精の小瓶』だっけ。素晴らしい効能だ。シロップだから飲みやすいし。原料のアジルスだっけ? あれのサンプルをぜひ欲しいな」
えっと……。
「はい。自宅に乾燥させたものが一箱ありますので、お持ちします」
「あと、ジュリーに売買しているものも許可を出すから今後も続けるといい」
「はい。ありがとうございます……?」
えっと……バイトの件は分かったんだけど、私ってなんで殺されそうになったの?
「あ……ごめん。つい薬の話が先になってしまって……」
「えぇ……はい……」
「王太子のね、妃候補の子いたのは覚えてるかな?」
「あぁ、はい、婚約間近とずっと言われていた方ですね?」
「あそこのお家がね、いたずらをしかけたんだよ」
どういうこと?
「元々妃候補になるのもギリギリなお家だったんだけどね。ルピナスの売り上げで貴族を買収していたんだね。王太子が一斉摘発したところまでは良かったんだけど、あそこが怪しいってところまでは絞り込んで証拠を固められなかった。だから、王太子妃は別のお家からってなったんだよ」
はい。そこまでは大丈夫です。
「だから、全ては王太子のせいだね」
いや、ごめんなさい。
話が飛躍しすぎて訳が分からないです。
「私からご説明しますか?」
扉の前にさっきの黒い騎士服のままのノエル君がいた。
え? 今扉の開く音した?
してないよね?
「グレンジャー君、僕は怒ってるんだよ」
いつもは飄々とした室長が珍しく真面目な表情だ。私に一人で行動するなと忠告した時と同じ。
「申し訳ありませんでした」
全然申し訳なくなさそうな顔でしれっというノエル君の顔は相変わらず冷たい。
「そろそろ手をお離しになってもいいのでは? 未婚の女性ですよ」
「うちのフィオナさんに事あるごとにべたべた触りまくった君に言われたくないよ。こんな危ない目に遭わせるなんて、僕は許可した覚えはない」
「あぁぁあああの! 経緯の、ご説明をですね……」
二人の視線が私に集まる。
いや、もうちゃんと説明して欲しいんですってば。
気に入って頂けましたら、ブックマーク・評価ボタンをお願いいたします。
また、レビューも頂けたら泣いて喜びます。
次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。