Ep.19 スキャンダルは突然に
取調室から戻されてまた牢屋です。
あれから日が暮れたのか牢屋の中は蝋燭の薄明かりだけが灯され、高窓からはひんやりとした空気が流れ込んでくる。
薄い毛布にくるまってさっきのベケットさんの言葉についてもう一度考えた。
『王太子殿下のスキャンダル』
う〜ん。確かに王太子様が関わっていたかどうかは問題じゃない、クリーンなイメージだった王太子様にはこのスキャンダルが出ただけでも相当なイメージダウンなはずだ。王太子様にしてみれば、真犯人とする人物を逮捕して潔白を証明したとしても陰謀論みたいなのが付き纏うに違いない。本当に関わっていてもいなくても麻薬事件については人々の記憶に残る。
そう考えると最初から実によく仕組まれている。
王太子様以外の後継者はいない……。
王太子妃様はまだご懐妊なさっていないはず……。
王太子妃様か……。
王太子妃様といえば、ご成婚されたのが3年前。
ご婚約がその1年前だから4年前でしょ?
あれ? ルピナスが一斉摘発されたのも4年前じゃなかった?
これって何か繋がってたりする?
王太子妃様は候補が何人かいらして、最有力とされていたのは違う方だった。
幼い時からご交流があってご実家も縁戚になるのだと一大派閥を作ろうとなさっていたけど、選ばれたのが違う方だったために頓挫したのじゃなかったっけか……。
王太子夫妻のイメージダウンから王太子妃様を挿げ替えるってあるだろうか?
いや、ないな。
王太子妃様がご懐妊できなくなるとか、ご病気とか亡くなられるとかでもない限り。
じゃぁ、選ばれなかった怨恨とか?
ずっと婚約間近だと言われていた人から突然君じゃない人と婚約するんでって言われたら辛いよね。
結婚詐欺みたいな? でも婚約間近って言ってたのが候補の方だけだったとしたら?
だって王太子様自身は婚約については正式に発表されるまで何も発信はされていない。
まぁ、私ごとき一市民は新聞とかからしか情報源なんてないんだけど。
ただまぁ、ここまで考えるとスキャンダルを仕掛けそうな人物、というだけだな。
う〜ん。この辺はさすがに貴族様の論理はよくわからないからなぁ。
とにかく、この末端薬剤師に何をさせたかったのだろうか。
今は姿を隠しているっていうジュリーも元貴族で元騎士って……。
今は普通の居酒屋の女将なのに、騎士が怪我とかで引退してってのは分かるけどよりによって居酒屋?
確かにあの筋肉と荒事に慣れてる感じは元騎士と言われても頷けるけど、男子の園にあんな肉食獣を放って大丈夫だったんだろうか?
いや、問題はそこじゃない。
ジュリーが王太子様や貴族と繋がりがあったのかどうか、今牢屋にいる私に知る術はない。
多分、この件が解決するまでジュリーは出てこないだろう。
で、室長だ。
室長は
「そんなに長くはかからない」
と言ってた。なんであの時点でそんなことがわかるの?
私が逮捕されたから?
ん〜。分からないことだらけだな!
最初から考えよう。
私が薬を作り始めた時点でもう巻き込まれてたんだから、ここを開始地点にするから訳がわからなくなるんだ。
まず、真犯人を妖精さんとする。
妖精さんはルピナスをいっぱい作って売り捌いた。これが5年以上前。
この時、莫大な利益が出たはずだ。
一斉に摘発されたのが4年前。
ここと王太子妃様とのご婚約が成立がまず一緒でしょ?
それ以降王都にはルピナスは出回ってなかった。
4年前摘発された時は元締めまでは辿り着けなかったって話だったから、お金も薬もまだ妖精さんの手元には残ったはずだ。
末端の販売組織は逮捕されたけど、ここから先は辿れなかったといってお蔵入り。
この後王太子様がご成婚された。
で、今回までは動きなしだ。
まず妖精さんは小瓶に詰めた『いたずら』を作る。
そして借金に困っていた私がバイトするのをどこかで聞きつけてジュリーに瓶だけを下ろす。
で、私が『小瓶』の方を売り始めたタイミングで『いたずら』を売り捌く。
同時期に流通していれば、自然素人の私が捜査関係者の目に止まりやすい。
そう。妖精さんの目的だよ。
ルピナスを売ることじゃなくて、今回のスキャンダルを演出することが目的だったとしたらどうだろうか?
このタブロイド紙に出たことが何かの結果だったとしたら?
元々妖精さんのところには以前持っていた在庫もあるわけだから元手もいらない。
以前売り抜けた時と同じ尻尾切り要員だけを用意して、タブロイド紙に情報を流す……?
ちょっと待ってよ。でも、これだと私が薬を作り始めるのをどうやって知ったのか? ってならない?
それにベケットさんの言ってた内通者がどこにいたのかっていうのも説明つかない。
いや、説明つかないことにしたいだけ?
命の危険があるという私は一体誰を信用して、誰を疑えばいいのだろう?
次の日は一日中取り調べが無かった。
ここに入れられてから初めてかもしれない。
そして、ベケットさんもあれから姿を見ていない。
牢屋の遠くに立哨の騎士さんがいるだけだ。
娼館から出ていきなり逮捕されて、怒涛の展開過ぎて今までの疲れもあって1日寝たり起きたりを繰り返す。
今日はあの暖かな夢も見なかった。
ベケットさんは私の命を守るためにここにいて欲しいと言っていたけど、いつまでこの状態が続くのだろうか?
まぁ、仕事はもう間違いなく副業がバレた時点で首になっているだろうからいいんだけど。
これってルピナスの製造・密売容疑が晴れて出られたとして、私どうやって生活していったらいいんだろう? 王立病院の高給にバイトも追加してやっと生活してたのに、容疑が晴れて薬剤師として雇ってもらったとして毎月の借金返済には足りない。
ダブルワークする? それとも接待する系のお仕事か、こないだみたいに娼館に身売りするか……。
どれもやだな〜。
やっぱり薬作ってるのが好きだったんだなぁ。私。
こういう時って無心に軟膏練りたいよなぁ。
室長やノエル君、それに先輩たちはどうしてるかな?
心配させちゃってるんだろうな……。
それにジュリーも。
私に巻き込んで逃亡までさせて。
『いつも思っている』って書いてくれた手紙を思い出す。
あの便箋の花の香りを思う。筋肉だけど、お花とフリフリ好きだったんだよね。
元気にしてるといいな。
あー。もしかしたら、ここで保護してもらってずっとタダでご飯食べさせてもらえてる方が良かったりする?
いや、ダメだ。フィオナ! 弱気になるな!
それってやってもない罪を認めるのと一緒でしょ。
妖精さんの思う壺だよ。
畜生、妖精さんめ。
会ったら絶対一回は殴り飛ばしてやるんだから。
夜になり毛布にくるまってうつらうつらとしていた深夜過ぎ、
「ベルウッド、出ろ」
と、騎士様に起こされた。
こんな時間に取り調べとは珍しい。
ていうか、騎士様も夜遅いんだから仕事してないで寝ようよ。体に悪いよ。
仕事熱心なのは国民としてありがたいんだけどさ。
いつもの取調室に移動すると椅子に座らされる。
いつもは移動が終わったら外してくれる手錠を今日は後手につけたままだ。
「?」
騎士様は私を残すと部屋から出ていった。
なんだろう? これ、嫌な予感がする。
私このままここにいて大丈夫なの?
でも手錠されたままだよ?
逃げた方がいい? いや、出たら騎士様いるし一緒か。
逡巡しているうちに、扉が静かに開いて閉じた。
中に入ってきたのは見慣れない黒い騎士服に身を包んだノエル君だった……。
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