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Ep.01 できる後輩ちゃんは距離が近い

 そもそもの始まりからご説明したい。

 私、フィオナ・ベルウッドは品行方正な、そう、品行方正をモットーとする善良な王立病院所属の薬剤師である。

 王立学院の薬学科を卒業後、高額な報酬に惹かれて王立病院への配属を勝ち取った。そりゃぁもう死ぬ気で勉強した。

 なぜならうちの実家がド貧乏だからである。う〜ん。この場合もうド貧乏だったって言った方がいいの?

 ささやかながら領地もあった地方貴族の我が家は、母は元々虚弱な体質で私を産んでからほぼ寝たきりになり高額な薬が欠かせない体になった。そして、特に商才があったわけでもない父だけれど母を深く深く愛していたがために、母が亡くなるまでずっと薬を買い続けたのだ。で、母が亡くなると後を追うようにあっさり亡くなった。優しい父と優しい母に愛情いっぱいに育ててもらったことには感謝している。

 ただ、両親が亡くなった後に私に残されたのは屋敷も領地も売り払ってなお払いきれなくなった借金と、かつて貴族だったというベルウッドの名前だけ。王立学院の多額の授業料も払っていくのは難しいから辞めようと考えたこともあったが、研究室の恩師が返済不要の奨学金制度に推薦してくれ、なんとか卒業できた。おかげで薬剤師の国家資格も取れ、つつましく借金を返しながら生活しているというわけである。

 自分がもう少し早く生まれていて、薬剤師として一人前になっていたなら……。

 父が母のためにと買い続けた薬が本当に必要なものだったのか確かめられたなら……。

 たら、れば、を追求するとキリがない。

 どっちにしろ、現在進行形で借金はあるわけだし、父も母もすでに亡く頼れるのは自分だけ。

 わずかにいたはずの親戚はいつの間にか蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまったのもしょうがないことなのだ。

 で、現在の私はといえば高額な報酬のほとんどを借金返済へと費やし、花の20代をおしゃれをする事もなく、職場と家の往復で日々を費やしている。別に悔しくなんかない。


 そんな時である。

 変わり者の多い王立病院薬剤師室にあって「薬マニアのマッドサイエンティスト」との噂もあるオリヴァー・ドレイク室長がヨレヨレの白衣にずれた丸メガネといういつもの出立ちで現れた。いつもは室長室にこもっていて、いるともいないとも知れないぐらいなのに、部屋を出てくるとは珍しい。ドレイク室長は良いところのお坊ちゃんだという噂もあるが、まぁ、ヨレヨレなのは本人のズボラな体質だとしてもくすんだ金髪は綺麗にすけばそれなりに見られそうではあるし、メガネの奥の顔立ちもどこか整っているように見えはする。ただ、お坊ちゃんかも? と思ってみればそう見えないこともないという程度で、ヨレヨレメガネなのは変わらない。

 その室長は時期はずれの新人を連れてきた。


「ノエル・グレンジャーです。よろしくお願いします」


 サラサラと風に揺れて音が聞こえそうな白金の髪は短めに切り揃えられ、少し垂れた目元は年齢より若い印象を受ける。明るい空を思わせる青色の瞳は柔和な表情とあいまって春の妖精のようだ。そして、女の子みたいだなと思ったのだ。

 何がって顔が綺麗すぎた。

 親しみやすいはずなのに近寄りがたい気がする。

 こういう人種とは本能で関わってはいけないと警鐘が鳴ってしまうのよ。悲しいかな。


「ええぇっと、グレンジャー君にはしばらく見習いとして入ってもらおうかなって、なったんだけど

 フィオナさん、お願いできます?」


「え……? 私ですか……? 先輩方じゃなく……?」


 室長がぼさぼさの頭をかき混ぜてさらにぼさぼさにしながら


「君もそろそろ新人の指導とか……覚えた方がいいって……そんな感じ?」


 よくわからない理由を付け足す。


「はぁ、わかりました」


 じゃ、よろしくよろしくと呟きながら室長は自分の部屋に戻っていく。

 残された新人君の目がこちらを見る。

 う〜ん。新人の指導とかしたことないんだけどな。

 面倒だが、上司命令であればやむを得ない。


「えーっと、グレンジャー君で合ってる? フィオナ・ベルウッドです、よろしく」


 すっと歩み寄ったかと思うと手を差し出される。

 思わず後退りしかけた足を気合いで止める。

 後輩相手に何してるんだ? 私。


「ノエル・グレンジャーです

 よければノエル、と呼んでください」


 手を取って握手を交わした。見た目によらずちゃんと男の子の手をしてるんだなぁと、なんとなく思う。


「じゃぁ、ノエル君、私のことはフィオナでもベルウッドでも好きに呼んで」


「フィオナ先輩ですね

 これからよろしくお願いします」


 そうにっこり笑ったノエル君は、男の園には放り込んではいけない類の美少年に見えた。




 まぁ、別に新人が来たからといって王立病院附属の薬局である。

 仕事は毎日右から左に流れていくわけで、もっぱらのお仕事は病院からの処方箋に従った調薬を片っ端からこなしていくことなわけだ。

 最初は仕事の流れから覚えてもらうために、ノエル君にはしばらく横で見てて貰うことにした。処方箋をもらい、過去の記録と照らし合わせ薬の増減があれば医師に確認し、薬を調合、軟膏は練って瓶詰めにしたり、飲み薬は一回分ごとの薬包にしたり、最後に処方箋と合わせて他の薬剤師とダブルチェックをした上で患者さんに薬の説明をする。

 薬は使い方次第で毒になってしまう事もある。

 飲み合わせや用法容量の説明は一番肝心な部分だ。


「お大事になさってくださいね」


 関節炎でいつも通院している馴染みのお祖母さんを見送って、横で見ていた新人君を振り返る。


「っていう大体の流れなんだけど、どうかな? 今までのところで何か質問とかあれば、他に聞きたいことでもいいけど」


 手元の帳面にメモを取っていたノエル君が顔を上げる。

 しっかりメモ取っててえらいなぁ。そういうのって大事だよねぇ。


「調剤の仕事の流れは……大体把握できました

 処方箋と、過去の記録の照会はここにある冊子だけですか?」


「えぇと、直近半年以内に来院したことがある人のはここにある冊子見てくれたらいいよ

 それより以前のご無沙汰な人の記録は隣の資料庫 に名前順に並んでる台帳があってそっちに載ってるから確認して」


「来たことがあるかどうかは……あぁ、前回の来院日は処方箋に記載してあるんですね

 ここを見ればいい、と」


 飲み込み早いなぁ。この子。

 とりあえず先ほどのお祖母さんの記録を冊子に書き足して、処理済みのサインを入れた処方箋を「済」の箱に入れる。


「市街の病院と違ってここは王族と貴族の寄付で賄ってる病院だから会計ないしね

 薬のやりとりだけしかしないから、薬価覚えなくて言い分楽だと思うんだけど、ノエル君見習いって話だけど調剤の経験はどのくらい?」


 ふっとノエル君の目が真剣になる。


「基本的な薬の調合はしたことがありますが、ここまで専門的なのはありません

 簡単なお手伝いから始めて勉強させていただくことになりそうです」


 ふむ。見習いって言ってもなんでもできそうな器用な感じするんだけどな。

 やっぱりその辺はおいおい教えていくってことなのかなぁ。

 自分が新人だった時のことなんか覚えてないからいまいちちゃんと教えられるか不安だな。


「フィオナ先輩、質問しても?」


「どうぞ?」


 次の処方箋は、と。パン屋のおばさんの軟膏か。腱鞘炎のやつだな。


「薬剤師室で処方箋の調薬以外って仕事あるんですか?」


 こないだまで栗の最盛期だったからなぁ。皮剥き頑張りすぎるとばね指になっちゃうんだよね。


「ん〜? 騎士団から分析依頼がくることもあるけど、まれかなぁ

 そういうのは大体室長がやってるからこっちには回ってこないかも」


「へぇ……じゃぁ、先輩も病院の処方薬以外は作ってないってことですね?」


 ひたとワセリンを取り出そうとしていた手が止まる。


「そりゃ、そうだよ

 国家公務員は副業禁止。他の調剤なんてしてないよ〜?」


 今……不自然じゃなかったよね……?

 こっわ。この子さらっと際どいライン突いてくるなぁ。わざと? ねぇわざとなの?

 最初の違和感はただそれだけだった。



 

 最初はほんのささいな違和感だったはずだ。

 でも、新人教育として任された以上、いやですこわいです担当外してください、とも言えず、


「フィオナ先輩、お茶にしませんか?」


「うわぁあ!」


 危ない。秤に移しかけの薬さじぶん投げるとこだった。

 もうなんていうか音もなく背後から声かけるの本当にやめて欲しい。

 しかも、仕事中の周りに配慮してくれるのは本当にありがたいんだけど、耳元で囁くのもやめてほしい。

 正直、心臓がもたない。


「お茶、ありがとう

 で、声かける時は後ろからじゃなくて前からかけてもらえる?」


 にこにこしているノエル君は見る限りまったく悪気はなさそうである。


「やだな先輩、前からって調剤机あるんだから物理的に無理ですよ」


 まぁ、それもそうなんだけどさ。


「せっかく用意してもらったから、休憩にしようかな

 ノエル君も休憩してていいよ」


「じゃぁ、僕おやつにワッフル買ってきたんで、先輩一緒に食べませんか?」


 へぇ、見た目通りの甘党なのか。

 立ち上がりかけるとそっと椅子を引いてくれる。

 気遣いがスマート過ぎやしませんかね? ていうか、最近の顔がいい子はみんなこんな感じなの?

 ノエル君がそっと体を寄せてきたかと思うと、すんと鼻から私の匂いを吸い込んでニヤリと笑った。


「先輩……なんだかとっても甘いいい香りがしますね……」


(—————————!)


 やだ! この子! こわいよ!

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次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。

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― 新着の感想 ―
「なんだかとっても甘いいい香りがしますね」からの、ドキッじゃなく、「やだ! この子! こわいよ!」なのが好きです!!!
ノエル君はやっぱり、根っからの女たらしなんだ! ここから2人のイチャイチャが始まっていくんですね! フィオナさんの過去、結構重いけど物語にも関わってきそう!
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