Ep.18 はぁ?逮捕ぉ?
『ベルウッドさん、申し訳ありませんが、こちらとしては麻薬密売と製造の容疑で逮捕させて頂きます』
牢屋じゃなくて談話室でよかったとか思っていた時期が私にもありました。
えぇ、絶賛今牢屋に移動しております。
冷たい石床。夏にさしかかった季節なので、そこまで底冷えすることはないから、毛布一枚でもそれほど寒さを感じることがないからまだマシとは言えるのだろうけど。牢屋です。初めて入りました。
あぁ、お父さんお母さんごめんなさい。
フィオナが安易に借金早く返して青春したいとか高望みしたばかりに。
ベルウッドの名前の最後が麻薬密売と製造とか……。
もう涙も出てこないよ……。
あれから何度も取調室に移動させられては同じ話を繰り返し繰り返し繰り返し話すという苦行をさせられている。
なんだかもう日付の感覚も分からなくなりそう。
だんだんぼーっとしてくるんだよね。
確かこういう心理状態の論文読んだことがある気がするなぁ。
だって、現実逃避でもしないとやってられないでしょうよ。
話し相手は入れ替わり立ち替わりはするけれども同じ質問ばかりをしてくる騎士様ばっかだし。
一応最初の3人くらいまでは名前と顔を覚えようとしたけど、もう諦めた。
牢屋から外の情報は一切入ってこない。
あの後一緒に護送されたはずのノエル君がどうなったかも、職場も、ジュリーの行方も、何も教えてはもらえない。
とにかく、『妖精のいたずら』に関わった経緯は? とか。
知らんっちゅーの。
こっちが聞きたいわ。
牢屋にいると時間が余計に長く感じる。
ぼんやりと高窓から差し込む光を眺める。
あーほこりがきらきら反射して綺麗だなぁ。
『化粧した先輩、綺麗です』
あんなふうに男の人に言われたことってなかったな……。
あんまりお化粧とか調剤の邪魔になるからって気にしたことなかったけど、休暇の時くらい口紅とかだけでもすれば何か私の人生変わってたんだろうか?
借金あってもいいよとか言う大人な男性と、あたたかい家庭を築いたりして、子供も作って、そのうち孫もできたりとか。
なんかそういう人生考えたことなかったな。
そういう人生も歩いてみたかったなぁ……。
—————————
『あぁ、フィオナさん。探したよ!』
『ママ! パパと一緒にとっても眺めのいい場所見つけたの! こっちこっち!』
え? なぁに?
『湖の横にね、お花畑があるの! い〜っぱいお花があったよ!』
そうなの? どんなお花かな?
『黄色い花びらがね、うわ〜っとレースみたいにまん丸なの』
あぁ、それはお薬にもなるお花かもしれないわね。
一緒に見に行ってみましょうか。
『フィオナさんが遅いから、もう荷物も全部広げちゃったよ』
それはごめんなさい。
迷ったわけじゃないんだけど、なんだか懐かしくて……。
故郷に戻るのは久しぶりなの。
家で働いてくれていたばあやと手紙や薬草を送ってもらったりはしていたけど、学院に入ってからはずっとこの風景を見るのが怖くて。
多分、お父様とお母様と過ごした温かい思い出を思い返すのが辛かったのかもしれないわ。
ここは幸せだった思い出だけにしておきたかったから。
『今は僕も娘もいるよ。君を、もっともっと幸せにしたい』
あら、今でも十分幸せだわ。
『足りないよ。もう二人くらいは子供作ってもらわなくちゃ』
ちょっと! 子供の前でやめてちょうだい。
『あ〜パパずる〜い! 私もママと仲良しする〜!』
『そうだ! パパとママは仲良しだ! ようし、デザートのワッフルは早い者勝ちだぞ! 競争だ!』
『いちごのワッフルは私のなの〜!』
故郷の丘にさわやかな風が吹く。
女の子の明るい笑い声とどこかで見た金色の髪。
自分の栗色の髪色とは違う女の子、でも面影は自分の小さい頃とそっくりで……
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なんか夢を見ていた気がする。
故郷の黄色い花畑の……。
黄色い花か……。
アジルスの花。故郷の伝統ハーブの名前。
『妖精の小瓶』の材料。
………………。
何か引っ掛かる。
なんだろう? 『小瓶』と『いたずら』の決定的な違いで何か見落としている気がする。
瓶とシロップだけじゃない。
ルピナスでもない。
アジルスの花だけの…………
だめだ、まとまらない。
「ベルウッド、出ろ」
騎士様から声がかかる。
また、取り調べか〜うんざりなんだけどな〜。
取調室に入ると、そこにはベケットさんがいた。
「お久しぶりです。ベルウッドさん」
「こんにちは。ベケットさん」
ぐったりしているが挨拶だけはきちんと返す。
そういえば容疑者に格上げされたはずなのに、ベルウッドにさん付けしてくれるのってベケットさんだけだな。
「それで、いかがですか?」
「いかがですかも何も……やっていない事まで自白は出来ません。何度もお話している通り、私が作ったのは春花亭の婦人病の薬だけです。人の健康を害するような薬は身命にかけて作ってません」
「我々も人を疑うのが仕事です。犯罪者は基本的に正直には話してくれませんので、ご容赦ください」
そう言うとベケットさんは後ろに控えていた騎士を手を振って退室させた。
「ベルウッドさん、あなたが非常に危ない立場にいらっしゃるのは理解されていますか?」
「えぇ、麻薬密売と製造の容疑者ですね」
「それだけではありません」
それ以外にも追加されたの?
今度は何?
「タブロイド紙に出た記事を覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、王太子様のスキャンダルがうんぬんって」
「貴方がもし麻薬密売製造を行っていたとして」
「いや、やってませんけどね」
「いや、すみません。少しだけ私の話を聞いてもらえますか? ここには私しかいませんので」
反射で話の腰を折ってしまった。
ごめんなさい。
「もし麻薬密売を行っていたとして、王太子殿下が関与していたとします。王太子殿下からは貴方が逮捕されて芋蔓式に自分のところまで被害が及ぶのは避けたい。とすると、貴方の身が危険です」
もう話の腰は折りません。黙ってますよ。
「一方、麻薬密売をやっていない。真犯人は別にいるとします。真犯人はこのスキャンダルを使って王太子の失脚またはイメージダウンを狙っている、そうすると貴方に罪を被せて喋る前に消したいはずだ。わかりますか?」
あ…………。どっちに転んでも私って危険が危ない?
え? 殺されるかもしれなかったってこと?
ちょっと待って。
室長とノエル君は私が危ないって何で知ってたの?
あれ? ベケットさんももしかして最初から知ってた?
「すみません。一つお伺いしたいのですが」
「なんでしょう?」
「室長は私のバイト、ご存じだったんでしょうか?」
ベケットさんは一度斜め下を見て一度沈黙すると私を見直した。
「はい」
「そうですか……一人相撲だったんですね……」
「そうではありません、ベルウッドさん本人から相談して欲しいというご意向だったようです」
ジュリーの、誰か信頼できる人に相談できないのかというアドバイスを真面目に聞いていたらこんな事にはなってないんだろうか?
「ベルウッドさんには取り調べで辛い状況かとは思いますが、これも何もかもご自身の命を守るための措置とご理解頂きたい」
「そんなに私って危ないんですか?」
「えぇ、私自身はベルウッドさんの無罪を信じています。ただ、状況証拠が揃い過ぎている。最初からハメられたのではないでしょうか?」
「やっぱりそうなんですね、自分でも無罪の立証は難しいだろうとは……」
「貴方は聞いていた通り聡明な方だ。捜査の現状を詳しくお伝えすることは出来ませんが、全力で解明にあたっています。もう少し辛抱して頂けますか?」
「わかりました」
「それからもう一つ。捜査情報がタブロイド紙に抜かれた件です。あの時点でルピナスの名前を知っていたのは犯人と我々捜査関係者、そして王立病院で解析してくださった御三方だけです」
「えぇ、そうですね。それは私も気になっていました」
「内通者がいる可能性があります。顔見知りだったとしても十分に気をつけてください」
それは……ベケットさんは誰を疑っているのだろう……?
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