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Ep.17 先輩、バイトはいけませんね

「栄養剤…………故郷の伝統薬よ! 私が作ってたのは婦人科用の薬!」


 ノエル君の端正な顔が足の指を含んでいるという異常な光景に頭がパンクする。

 やだ! 指を舌で転がすのやめて!


「同じシロップは使ってたけど、ルピナスなんて知らない! ほんとよ!」


「本当に?」


「『妖精の小瓶』って春花亭って娼館にしか下ろしてないし、『いたずら』は無関係!」


「それを証言できる人は?」


「ジュリーよ、酒場の。そこで一括取引だったわ」


 ぴたりとノエル君が止まる。

 私はもう涙でぐちゃぐちゃだし、あばれて色んなところがはだけてるしでもうわけがわからない。

 すっと私の足を下ろしたかと思うと、ドレスの裾をなおしてくれた。


「先輩、バイトはいけませんね。国家薬剤師は無許可の副業は禁止ですよ」


 もう肩で息をすることしかできない。

 止まってくれたのだと、分かったはいいんだけど……。


「?」


 ノエル君を見上げる。

 さっきまでの怖い雰囲気が一掃されている。

 人ってこんなに一瞬で変わるもんなの……?


「ノエル君……さっきの飲んだんじゃ……?」


「あぁ、薬ですか? 飲んでませんよ?」


「は……?」


「蓋は開けましたけど、瓶の口を押さえてたので飲んでません」


「え……?」


「おそらくルピナス入りですからね。証拠品として押収? かな?」


「あ、試験紙持ってる」


 作ってもらった胸の谷間からごそごそと試験紙を取り出す。


「フィオナ先輩……なんてところに入れてるんです……」


 ノエル君がさすがに呆れた顔をして谷間を見る。

 呆れた顔してるからって、谷間ガン見して許されると思うなよ。


「いや、持って歩けるところなくて。思いつかなかった」


 ノエル君がポケットから取り出したピンクの小瓶の蓋をあけ、試験紙に蓋についた薬液をつける。


(青だ…………)


『妖精のいたずら』は押さえたけど、この後どうしよう?

 本当に無策で飛び込んだな、私。


「あぁ、この後騎士団がここに踏み込みますから、その時に保護してもらいましょう。連絡もしてあります」


 用意周到だな! さすが仕事の出来る後輩!




 ノエル君に向こうを向いててもらって着替えを済ませ、ぐちゃぐちゃになった化粧を落とす。

 ちらっと鏡で確認したが、耳の後ろにしっかりキスマークついてた……。

 どさくさに紛れて何しやがるんだ……。

 自白させるにしてもあんなやり方ってある?

 だんだん腹立ってきたぞ。


『ぐちゃぐちゃに泣かせてやりたいと思ってたんですよね』


 くそ……。どこまで本気なのかわからん……。

 絶対あんな男とは付き合わない! 絶対にだ!

 しばらく待つと、どたどたと人の暴れる音と喧騒が聞こえてきた。

 私たちの部屋にも騎士が踏み込んできたが、ノエル君と私を見とめるとさっと他の部屋に駆けていく。


「捕縛が済んでから出ましょう。危ないですから」


 それほど大きくない娼館だったからか、ほどなく取り押さえ終わったようだ。

 さっき薬を見せびらかしていた男爵も逮捕されたようだ。

 ノエル君が奪い取った薬は証拠品として提出した。

 あんなきもいおっさんはこってり絞られるといいんだ。

 私とノエル君は別々の馬車に乗せられて騎士団の本部に護送された。




 騎士から一人で事情聴取を受ける。

 いつかノエル君は騎士と親しげに話してた。それに今回も……。

 そのノエル君に吐かされたのだ。ここで下手に嘘をつくのはもう得策ではない。

 私は事の最初からを洗いざらい吐いた。

 親が莫大な借金を残して死んだこと、家屋敷を売り払っても一生かかっても払えるかどうかの借金があったこと。

 奨学金を使ってなんとか国家薬師になって就職したこと。

 それでも借金の返済は苦しかったこと。

 そんな時にジュリーからバイトを持ちかけられたこと。

 春花亭に『妖精の小瓶』という名前で故郷の伝統薬をシロップに溶かしたものを売っていたこと。

 一人で仕事の合間に作っていたためたくさんは作っていなかったこと。

 瓶の業者が『妖精のいたずら』と同じ小瓶をこちらに売りつけていたこと。

 業者はすでに逃亡したこと……。

 一応話せることはみんな話したつもりだ。

 これで、表の仕事も首かな……。

 一応牢屋じゃなくてちゃんとした談話室だが、事情の裏どりが取れるまで待ってほしいということで留め置かれている。

 窓からはもう朝日が差し込んでいる。

 娼館に突入したのが夜半だったから、もうそんなの時間がたっていたのか……。

 ノックの音がしたので「はい」と返事をすると、ベケットさんが現れた。


「おはようございます、ベルウッドさん。この度はご協力に感謝します」


「いえ、私の方こそそちらの捜査をかき回してしまったのではないかと……申し訳ありません」


 二人で応接セットの対面に腰掛ける。


「それで、私の方からも少しお話を伺いたいのです。よろしいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「酒場のジュリアン、通称ジュリーですが薬はそこだけに下ろしていたというのは間違いありませんか?」


「はい、ジュリーが買い取ってその後春花亭だけに下ろしていたと聞いています」


「それを確認したことは?」


「確認、ですか? ジュリーと春花亭のリリアンさんから春花亭だけで、他には春花亭の娼婦仲間から譲ることはあったと……」


「本当に間違いないですか?」


 ん? どういうこと?


「『妖精の小瓶』の命名はジュリアンだそうですね。『妖精のいたずら』もジュリアンが扱っていたということはありませんか?」


「な———————!」


「ジュリアンはあなたが困窮しているのを知っていた。あなたを薬の製作者として巻き込もうとしていたということはありませんか?」


 なんていうことを言うんだ! ジュリーは学院時代から私の友達で、私のことを案じてくれる大事な大事な親友なのに!


「ジュリーに限ってそんなことありません!」


 思わず立ち上がってしまう。


「友人としてご信頼なさっているのはわかりますが、現在ジュリアンは行方不明です。貴方も捜査線上に上がっていたのに、です。逃げたととられてもおかしくないのでは?」


 だめだ。ベケットさんは完全に疑ってかかっている。


「あなたも、です。あなたは国家薬剤師だ。ルピナスの製法も知っていますね?」


「それは……知識としては知っていますが……」


「両方、貴方が作っていたのではありませんか?」


「はい?」


 いや、自白したらもしかしたらそうなるかも?って気はしてた。

 気はしていたけども、現実にそれが襲いかかってくると目の前が真っ暗になる。


「私は先ほどの騎士さんにお話したのが全てです! ルピナスの製造も密売も関与していません!」


「では、ジュリアンが元貴族で退役騎士だというのは?」


「……元騎士だという噂は聞いたことがありますが、あまりジュリーは過去のことを話しませんので……」


「そういえば、ベルウッドさんも元貴族でいらっしゃる。王太子派の末端だったそうですが」


「そんなこと言ったら、この国の貴族はほとんど王太子派じゃないですか!」


「中立の方々もいらっしゃいますよ」


「それに私は貴族と言っても名ばかりで、王都に繋がりなんてありません」


「借金先は王妃様のご実家が経営している銀行ではありませんか?」


「ですから! 王妃様のご実家の銀行ってこの国の最大手じゃないですか! 誰でも取引あるでしょうよ!」


 あかん。何言ってもだめなやつだこれ。

 ベケットさんはため息をついた。

 いやいや、ため息つきたいのこっちの方だってば。


「ベルウッドさん、申し訳ありませんが、こちらとしては麻薬密売と製造の容疑で逮捕させて頂きます」


 えぇぇえぇええ! ちょっと待ってよぉ!

 

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次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。

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