Ep.16 出来る後輩ちゃんは色っぽい
「先輩……良かった……間に合った。」
引っ張り込まれた娼館の部屋の中で、ノエル君は私を壁に押し付け耳元でこらえるように囁いた。
いや、本当に間一髪でした。私も今のは怖かったんですが、今のこの状況はどういうことなんでしょうか?
ノエル君の熱い吐息が耳元をくすぐる。それからさわやかなシャボンの香りに安心する。するんだけど。
「の……ノエル君! なんでここに? ていうか、大丈夫?」
サラサラの金髪が首筋に当たってくすぐったい。
ノエル君は熱い吐息をこぼしながら、私の首元に顔を埋めてじっと動かないままだ。
さっきのノエル君はノエル君じゃないみたいだった。
喋り方もおっさんと対峙した時も、
「ノエル君? あぁああああなた、どっから湧いてきたの?」
焦ってとんちんかんなことを聞いてしまう。
今聞くべきはそんなことではない。
「先輩が危ないと思って飛び出してきたのに、ひどくないですか?」
なんだか吐息がさっきより早くなってない? 気のせい?
いや、それよりも、よ。
「ノエル君、ありがとう
とってもとっても助かったんだけど、ちょっと離れてもらえないかな?」
「いやです、先輩のことが好きって言いましたよ、僕」
今! それ言うの! なかったことになったんじゃなかったの?
だから、あの、近い! 近い近い近い!
なんとか離して貰えないかと肩を叩くがぺしぺしと軽い音がするだけでびくともしない。
なんとなく察してはいたけど、結構いい体してるんだよな、この子。
と、ノエル君はすぅっと私の首元で息を吸い込んだ。
「先輩の……甘い香り……すご……」
に……匂い……嗅ぐな! 変態だー!
「ちょ……ちょっと! 匂いかがないで! 何すんの!」
「……僕、なんだか……体が……熱くて……」
私を抱きしめるノエル君の手にぎゅっと力が入る。
は? ちょ……ちょっと待って。
アブナイお薬!
飲み干してた!
いや、それ飲む必要あった? ねぇ、なかったんじゃないかな?
なんで飲んじゃうの!
いや、所持も使用もダメなやつだよ!
「の……ノエル君……、アレ、全部のんじゃったの……?」
ノエル君の目がさっきより潤んでトロンとしている。
あー! あかんー!
これー! ダメなやつー!
「先輩が好きです……こんな密室で二人きりだし……
僕、今日この部屋借りてるんですよね」
えっと……どういう意味かな?
頭にハテナがいっぱい浮かぶ。
「あ、先輩はこういうお店使うことないですもんね
お店のお姉さん達と一緒に入るのが普通ですけど、こうやってお部屋だけを借りて非日常を楽しむこともできるんですよ……」
「いや、私は特に非日常は間に合ってるんで! 品行方正なんで! ……だから離してって! ていうか、部屋借りてるって何よ! やだ! 答えなくていい! 聞きたくない!」
「うふふ、先輩、化粧した先輩すっごく綺麗ですよ
かーわいぃなぁー」
言葉で応酬する間もぎゅうぎゅうに抱きしめられて全然抜け出せない。
「それに、このオクスリ、いつもの先輩の甘い匂いと似てる気がして……」
(す……鋭い!)
思わず抵抗していた手をピタリと止めてしまう。
そういうことをする部屋の明かりは仄暗く、いつもは突き抜ける空みたいなノエル君の瞳が昏い色に揺れている。
反論しようとして開きかけた口を思わず閉じてしまう。
「美味しそうだなって……」
赤い舌がゆっくりとノエル君の唇を濡らす。
可愛いはずの後輩から目をそらすことができない。
(誰……? これ……?)
「先輩……いつもこんな香りさせて……誰と楽しんでるんです……?」
え? そっち?
相変わらずだけど、人の! 話を! 聞けよ!
「想像だけで妬けちゃうな……、僕と……いいでしょう……?」
「だだだだだだから! そんな非日常は送ってないです! 薬も! こんなやばいの、飲んだことないですっ!」
ノエル君の唇が耳元をかすめる。
さっきのおっさんに触られた時とは違う感覚が背筋を抜ける。
「やばくないヤツなら飲んだことあるんですね、詳しく聞きたいなぁっと」
(——————————!)
ひょいっと抱え上げられたはいいんだけど、これはいわゆるお姫様抱っこというやつでは?
見た目にそぐわず力持ちすぎじゃない?
こんな抱えられ方人生で初めてですよ!
目を白黒させている間にぽすんと極彩色のシーツに落とされる。
「う〜ん、こうしてみると先輩、なんて格好してるんです? えっちすぎませんか? 僕、我慢できなくなっちゃうかも……」
起きあがろうとした手は長い指に絡め取られ、そのままベッドに縫い止められる。
暴れた足元はスリットから生足がはだけて太ももまで見えそうだ。
そして、足の間にはノエル君が膝をついていて私を上から覗き込んでいる。
髪に刺してあった生花がベッドに落ち、自分でもあられもない格好してるなって自覚はありますよ!
ありますとも!
ノエル君の視線が、顔から喉元、胸を通ってはだけた足を順番に見る。
視線でなぞられている気がして、手で触れているわけでもないのにゾクゾクする。
「僕が何のために送迎してるかわかってます? 自分からこんな危ないところに飛び込むなんて、しかも、こんなえっちな格好して知らない男に晒すとか、こないだの酔っ払いに絡まれた時もそうでしたけど、先輩は危機感が足りないんです。男を寄せ付けない癖にガードが甘いんですよ。だから、僕なんかに簡単に追い詰められるんです。わかってますか? ねぇ?」
え? この子こんなにしゃべってるの初めてみたかも。
呆然としてノエル君を見る。
「それに、こんなに綺麗で……」
ノエル君の顔が近づく。
「おしおき、してもいいですよね……」
おし……おき……?
唇をすっと掠めたかと思うと耳の後ろに熱い舌を感じた。
(———————!)
そのまま痛いほど吸われたかと思うと、舌でペロリと舐め上げる。
「んぁっ!」
ちょ! 変な声出たし!
手で口を覆ってしまいたいのに両手は押さえ込まれたまま、口を塞ぐこともできない。
「ちょ……やめ……!」
うなじをつぅっと伝ったかと思うと胸元にキスをされる。
やだ! ちょっとそれは!
いや、本当に? ルピナスでおかしくなってる?
「の……ノエル君!」
胸元にキスを繰り返しながら、頭の上で私の両手をまとめたかと思うと、片手ではだけている足をなでられる。
やだ! これ! 怖いよ!
可愛いはずの後輩が怖い。
どうしたら……どうしたら止まってくれる?
涙がぽろぽろと溢れていく。
「あぁ、その顔いいですね
自分の手でぐちゃぐちゃに泣かせてやりたいって思ってたんです」
は?
涙を流しながら呆然とする。
見た目どおりじゃないってこういうこと?
耳元でふふと笑いながらもう一度キスをすると、ノエル君が体を起こした。
手を解放された隙に起きあがろうとしたところを、はだけた左足を持ち上げられてベッドに沈む。
かろうじてひっかかっていたハイヒールがころりと落ちた。
足首をつかむとノエル君はおし頂くように私の足先に口をつけた。
「やだ! 汚いから! やめて!」
「先輩に汚いところなんかありません」
そう言いながら足裏に舌を這わせたかと思うと、今度は指の間を舐め上げる。
やだ! もう!
「危なくない薬のお話、聞きましょうか?」
くすぐったさと未知の感覚にゾクゾクする。
もう本当に無理。もう限界。
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