Ep.15 妖精のいたずら
「うふふ、男爵さま
今日は一晩楽しんでいってくださるのでしょう? 嬉しいわ」
「おう、いいとも
今日は朝まで頑張れる秘薬を持ってきたからな」
秘薬……?
「きゃぁ、こわぁい」
「そんなことを言って、もう体は喜んでおるのではないか?」
後ろから卑猥な話し声が聞こえてくる。
裏階段から全力ダッシュしたが部屋までは届かなかった。
くそ! ハイヒールめ!
不自然にならないよう廊下を壁際に沿って部屋に戻っていく風でゆっくりと歩く。
このままさっさと部屋に入ってってくれないかな……?
「でもよろしいの? 『妖精のいたずら』はアブナイお薬って聞いたわ?」
「なんの。この国で違法というだけで、合法な国もあるんだ。使い方さえちゃんとしていれば問題はない」
ちょっと待て。もうタブロイド紙で『妖精のいたずら』がルピナスだってことは報道されてるんだぞ。
違法性の認識があってこのおっさんは持ってるってことか。
つか、この店で買ったんじゃないっぽい?
どこから持ってきたの……?
このおっさん捕まえて入手先を教えてもらうべき?
どうする……?
立ち止まって思案しているうちに、部屋に入っていかれるかもしれない。
後から部屋に乱入するのは無理だろ。普通。
捕まえるなら今しかないぞ。
「おや、可愛らしいお嬢さんがいるね」
逡巡していたところを後ろからおっさんのニヤついた声がする。
廊下には私とおっさんたちしかいない。
もしかしなくてもお嬢さんって私か。
「可哀想に震えているね、可愛らしい小鳥さ、。顔を見せてごらん?」
「えぇ、いやですわ
男爵さま、今日は妾でしょう?」
一緒にいた娼婦のお姐さんが不満そうな声を出す。そりゃご尤もです。
せっかく指名を勝ち取ったのに部屋に入るまでに横取りされたんじゃ商売上がったりだもんな。
お姐さんごめんね。
とりあえず、薬だ。薬の情報が欲しい。
ゆっくりと振り返るとなるべく物欲しそうな顔をして口元に手をやる。
「お初にお目にかかります、おじさま」
私の顔を見るとおっさんの顔が目に見えて輝いた。
「おぉおおぉ! 実に可愛らしいではないか、ここでは見ない顔だね」
斜め下を見ながら恥ずかしそうに微笑む。
がっつりした化粧のおかげで長いまつ毛が視界を塞ぐ。ほとんど前が見えない。
世の女子の皆さんはよくこれで頑張ってるな。目が悪くなりそう。
「今日からの新顔なんです、お仕事も初めてで」
「……なんと! ……これは、女将のやつめ、こんな可愛らしい新顔がいるなら最初から出せばよいものを……」
「ねぇ、男爵さまぁ
今日は妾を選んでくださったのに、ひどいわ」
お姐さんがこっちをギンっと睨み据えた後、おっさんに涙目でしなだれかかるという高等テクを見せてくれている。
こういう鞘当てみたいなの現実でもしたことないけど、女子って怖いな。
「おぉ、もちろんだよ
アンナ。焼きもちかい? 可愛い人」
そういうとおっさんはアンナさんの腰をぎゅっと抱きかかえて喉をくすぐっている。
アンナさんは満足そうに目を細めたかと思うと、こちらに勝ち誇った笑みを浮かべた。
いや、女子力で勝てると思ってないですから大丈夫です。
「しかし……なぁ」
そういうとまたおっさんがこちらを眺める。
私はおっさんに見せつけるように盛った胸を強調するように腕を絞って唇に指をかけた。
おっさんのごくりと唾を飲む音が聞こえる。
と、同時にお姐さんのチッという舌打ちが聞こえた気がする。怖!
「おじさま、イケナイお薬持ってるの?」
なるべく舌足らずに聞こえるようにゆっくりと喋る。
「おぉ! あるぞ、イケナイお薬に興味があるのかい?」
「えぇ、その、お薬、凄いってきいたの」
「そうだな、夢心地になれるぞ」
おっさんの鼻の下がのびて、何を想像したのかうひひひと気持ちの悪い笑いを浮かべている。
きもっ!
「そのお薬、どうやったら手にはいるの? 使ってみたいわ」
「そなた自身が使いたいと! そなたの乱れる姿はさぞ可愛いかろうなぁ」
想像の中で何されてるのか考えるのが怖い。
なんかおっさんがぐふぐふ言ってる。
「ねぇ、男爵さま
こんな小娘置いておいて、早くお部屋にはいりましょうよぉ」
アンナさんの鋭い爪がおっさんの手の甲をつねる。
違う意味だろうけど、ありがとうアンナさん。
「いて! 何をする、そう急くでない」
おっさんはつねられた手をさすりながらまたこちらを見る。
「今日は私が飲んで楽しもうと思っていたのだがな
そうだ、二人とも一緒にというのはどうだ? 薬があればずっと相手しても問題ないぞ。」
いや、そういう問題じゃない。
新顔の初仕事に複数プレイを持ってこようとかどんな変態だ。
まぁ、客のご要望に色々応えるのがこういうお店だって分かってはいるけれどもよ。
薬の現物があるかだけ先に確認するか?
「アンナ姐さんのお客様だから、私はまたに……お薬ってどんなものか見てみたいの
見せてくださらない?」
おっさんは微妙に不満そうだがポケットをごそごそし始めた。
「そなた、名はなんという?」
名前か……本名はまずいから……でも偽名ってぱっと思いつかないよ。
「フィオ……です」
「フィオか、名前も可愛らしいな
こちらにきてもう一度よぅく顔を見せてごらん」
おっさんと私の間にあった一歩分の距離を詰める。
するとアンナさんを抱いていた手をするりと私の腰に回して引き寄せた。
(————————!)
全身をぞわっという寒気が走り抜けた。
腰を撫でている手が布越しなのに湿っぽくて気持ち悪い。
反射で突き飛ばしてしまいそうなのをぐっと我慢する。
やだ! きもいきもいきもい!
「一応、秘密のお薬だからね、これだよ」
そう言って目の前に差し出されたのは見覚えのあるピンクの小瓶だった。
『妖精のいたずら』! 押収品と同じ!
「こ……このお薬はどうやったら手に入るの?」
「それは……秘密だよ、欲しいのかい?」
「えぇ」
「それなら、ベッドの上でたっぷりと教えてあげるよ
おじさんと一緒に楽しんでくれるね?」
おっさんの抱擁に耐えて震え上がったその時、腕を取られたかと思うとさわやかなシャボンの香りに包まれた。
鍛えられた胸板に顔を押し付けられる。
「彼女は今日、私が指名したので、遠慮していただけますか?」
あれ? この声……ノエル君?
いつもの優しい声じゃない。
「誰だ! 無粋だな!」
突然私を攫われたおっさんの怒声が響く。
「部屋も指名料も前金で払ってるんです、困りますね」
ノエル君だよね?
頭を押し付けられて顔が見えない。
「ふん、その娘は薬でキメたいと言ってたんだぞ
若造ごときが満足させられるとでも?」
「あぁ、あなたと違って若いので、薬なんかに頼らなくても十分なのですが……」
ノエル君は私を後ろに庇うと、おっさんから薬を奪い取った。
ちょ……。
はや! いや、違う。
え? なんで蓋あけてんの?
ちょっと! 飲んだ!
飲み干しちゃったよ!
「これで満足ですか?」
そう言って金貨を一枚おっさんに放る。
「貴様! 貴重な薬に何をする!」
「あぁ、薬がないと勃たないんでしたっけ? そちらの女性もこちらで引き取りましょうか?」
「ふん! 薬なぞに頼らなくても満足させられるわ! いくぞ! アンナ!」
傍観者と化していたアンナさんを引きずるようにおっさんは部屋に消えていった。
えっと……。
何が起こってるの……?
とりあえず一難去った。
と肩で息をしている隙に、私はノエル君に違う部屋へ引っ張りこまれた。
気に入って頂けましたら、ブックマーク・評価ボタンをお願いいたします。
また、レビューも頂けたら泣いて喜びます。
次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。