Ep.13 妖精さんは誰か?
王太子殿下は翌日の全国紙で疑惑を公式に否定した。
王太子様自身ルピナスの撲滅に向けて陣頭指揮を取っている立場で、ルピナスを使用したパーティーなどには関与していないこと。また、売買に関与したとされるリストも捏造であることをご自身の言葉で発表された。今回の『妖精のいたずら』の名前で流行しているルピナスに対しては王太子様自ら騎士団に捜査を厳命されたと言う。
この国の王太子は確か24歳。もうご結婚もされていて、王妃と王太子妃の仲も良好だ。文武両道、すずやかな目元が印象的な好男子で押しも押されぬ後継者として有名である。王太子派と言っても一番爵位が高いのは王妃様のご実家で、それ以外の派閥はほぼないはずなのだが王太子派とは一体何なのか。権力闘争とかでよくある第二王子とのなんとか〜もありえない。第二王子がそもそもこの国にはいらっしゃらないからだ。逆に言うと、今の王太子様以外の後継者はいないわけだ。
一方のタブロイド紙はというと徹底抗戦の構えだ。信頼できる筋からの情報として、貴族のパーティーで行われている乱痴気騒ぎの詳報などを掲載し続けている。
王太子様なんか会ったことないし、遠目から実物を見たことすらない。
雲の上過ぎて全然実感も湧かないんだけど。
もう、知らないところでやってくれないかなぁ。
このまま麻薬も王太子様も私関係ないですぅとかになってくれないかなぁ。
ならないんだろうなぁ。
あと、気になるのはノエル君だ。
物言いたげな視線を時々寄越しはするものの、試薬作りで忙しいのもあってあれから何も言ってこない、
不気味だ。
試薬を浸して乾かした濾紙をひたすら小さく切る作業に没頭する。
こう言う時に頭空っぽにして進められる作業はいいよね。
しかし、王太子派かぁ。
この一連のスキャンダルで得をするのは一体誰なんだろう?
まぁ、ないとは思うけどこのタブロイド紙の方が正しかったと仮定する。
王太子様、王妃様のご実家が逮捕なりなんなりされて廃嫡になるとするでしょ? 王太子様にはまだお子様がいらっしゃらないから後継者は誰になるんだろうか。王様には弟殿下がいらっしゃったはずだけど、確か大分前に継承権の放棄をなさったと聞いたことがある。だったら、後継者誰もいなくない? 王様は確かまだ50代だからぎりぎり新しい王妃様を迎えてお世継ぎ作ってもらう?
いや〜そんな深慮遠謀ってあるかなぁ。
頑張ってもらうったって限度あるよね。それこそ精力剤必要とか、いらんお世話か。
王太子様への継承が盤石すぎて誰も考えてないのかな? そんなわけないない。
王太子様と王弟殿下以外の継承権とかもう私じゃわかんないよ。
じゃぁ、王妃様のご実家が標的とか? 権力を削ぐみたいなのよく物語とかであるでしょうよ。
だったら、王太子様の関与を仄めかす必要なくないか?
これもないな。
(う〜ん、わからん)
『妖精のいたずら』を同じ瓶で流通させておいて、ジュリーに薬を販売させていたことからして、最初からこちらを巻き込む気だったのは確かだ。ジュリーを密売人、私を製作者として騎士団に逮捕させるとするでしょ?
でも、もちろん私は潔白を主張するし、ジュリーだって証言はしてくれるはず。
薬の流通時期も被ってるし、見た目で違いを立証できないからなぁ。
作ってたのは違うものですって主張したところで信じてもらえるかどうか・・・。
ただ、私にもジュリーにも貴族へのツテはない。
どうやっても我々と王太子様は繋がりようがないはずなのだ。
これを仕掛けた妖精さんはここをどう繋げる気だったんだろう?
後もう一つ。
タブロイド紙は「ルピナス」の名前を出している。
どこからこの情報が漏れたのか?
騎士団だって我々の報告書でやっと断定したのに、騎士団の中で情報漏洩があったのか?
それとも……。
騎士団以外だと薬物特定したのは私と室長、それからノエル君の3人だ。
私はジュリー以外に話していない。ジュリーから漏れた? まさか。
手元の濾紙を切り終えて、休憩にするべく検査室から一度調剤室の自席に戻る。
と、机の上に手紙が置かれていた。
花柄の封筒の裏には「ジュリー」とだけ書かれている。
(ジュリーに何かあったの?)
慌てて封を切って文面に目を走らせる。
筆跡はいつものジュリー本人のものだ。
手紙からはいつものジュリーの花の香りがした。
『わけあってしばらく店を閉めて隠れることにしたわ
しばらく連絡が取れなくなるけど、安全な場所にいるから心配しないで
いいこと、行動は慎重になさいね
貴方をいつでも思っているわ』
心配しないでったって、こんな手紙じゃ心配になるよ……。
巻き込んだのは私の方なのに……。
手紙を封筒に戻して机の引き出しにしまう。
しかし、困ったな。
ジュリーと相談しながら解決の糸口を探ろうと思っていたのにそれも出来なくなった。
(自力でなんとかするしかないか……)
休憩から戻ってまた検査室で試薬を濾紙に浸して乾かす作業に戻る。
1日乾燥させて、また明日はこれを細切りにする作業のループだ。
量産せよという話なので、あれからずっとこの作業を繰り返している。
手際が良くなった分生産性は上がったが、そろそろ上昇曲線も頭打ちかもしれない。
今日1日の成果をまとめてドレイク室長の部屋を訪ねようとした時、階段を降りていく騎士団のベケットさんとすれ違った。
目礼だけ交わすとベケットさんは足早に去っていく。
室長に用事だったのだろうか?
「失礼します、ベルウッドです」
室長室をノックして声をかける。
「はい」
ドアを開けて室長室に入ると、いつもは飄々としているドレイク室長が珍しく苛立っているように見えた。
「今日の分の試験紙をお持ちしました」
室長の机の上に箱に入れた試験紙を置く。
「はぁ……ごめん、八つ当たりだね」
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと……ね、大丈夫」
室長は椅子に深く沈み込むと眉間の皺を揉んだ。
「お疲れなのでは……?」
なんか薬を前に真剣な表情を見ることはあるけれど、それ以外でへらへらしていない室長を初めて見た。
「そうかもしれないな……」
ヨレヨレぼさぼさなのは変わらないが今日は丸メガネが曲がっていない。
「フィオナさん」
「はい」
「君、いつも一人で帰ってるんだっけ?」
「……日が出てるうちは一人です
遅くなる時はグレンジャー君に家まで送ってもらっています」
「そうか、彼が、ね
今日から早くても送ってもらいなさい
後、朝も迎えに来てもらって」
「え? 毎日ですか?」
「この王太子とルピナス云々が終わるまででいいよ
そんなに長くはかからないはずだから」
「……一応グレンジャー君に聞いてからでも?」
「彼は断らないよ」
………まぁ、そんな気はするけど。
こないだのアレがあってから気まずいんだけど……。
「わかりました、お願いしてみます」
「うん、それじゃ気をつけてお帰り」
「お疲れ様です、お先に失礼します」
室長室を出て階段を降りる。
解せない。
ジュリーが身を隠す必要があって、私に送迎が必要って……?
なんで室長がそこまでするんだろう?
さっきのベケットさんと何か関係があるの?
しかも、そんなに長くかからないってどういうこと?
はてなだらけで階段を降りると、そこにはノエル君の姿があった。
「お疲れ様です、フィオナ先輩」
「あぁ、ノエル君、お願いがあるんだけど……」
「今日から毎日お送りします、あと、朝もご自宅までお迎えに上がりますので」
は……? 今室長から聞いたばっかりなんですけど。なんで?
盗聴でもしてんの?
ストーカーもここまでくると怖いんだけど。
いや、ダメだ。室長に送り迎え頼めって言われたんだった。
「あ、ごめんね、なんか迷惑かけちゃうけど」
「いえ、役得ですからお気になさらず」
ノエル君は嬉しそうにニコニコと笑っている。
まぁ、室長も断らないとは言ってたけれどもよ。
上司命令ではあるし、しょうがない。
その日は帰り支度をしてノエル君と家路についた。
翌日のタブロイド紙の紙面でジュリーが身を隠さなくてはならなくなった理由が判明した。
ジュリーが薬の密売人として手配中であるとの記事と似顔絵が掲載されたのだ。
(これは……!)
しかも、薬を製造していた人間も捜索中と出ている……。
もしかしなくてもこれ私よね? 多分。
妖精さんのキャスティングで言うと。
え? 騎士団の捜査線上に私がいるってこと?
あれ? 昨日ベケットさんが来てたのってこれ?
室長の機嫌が珍しく悪かったのも、送り迎えが必要ってのも?
あれ……?
私、詰んだ?
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