Ep.12 僕たち、付き合いませんか?
ノエル君に連れられて中庭の木陰に入る。
春のさわやかな風が感じられて気持ちいい。
このまま昼寝したら気持ちいいだろうな、という陽気である。
もうすぐ夏が来るんだなぁと散り始めている花に季節の移り変わりを感じる。
「で、話って何かな?」
いつまでも話を切り出さないノエル君に私の方から声をかけた。
「フィオナ先輩……こないだも言いかけたんですけど……」
こないだ? えーと、ベケットさんの薬の分析してた日かな?
ていうか、ノエル君は思わせぶりな発言が多すぎてどれがどれだか分からない。
多分合ってると思う。
「えーと、検査室で分析してた日の?」
「はい、あの……先輩……」
隠し事してませんか? とか?
麻薬売ってますよね? とか?
さぁ来い。平常心!
「フィオナ先輩のことが好きです」
………………。
ちょっと幻聴が聞こえたかもしれない。
幻聴だよね? 今の。
あれ? 隠し事の話は?
あれ? 麻薬の件じゃなくて?
「えっと……?」
「僕たち、付き合いませんか?」
………………。
再び固まる。
えっと、そんな話だったっけ?
どういうこと?
「ごめん、ちょっと意味がよく分からない」
「先輩のことが女性として好きです
お付き合いさせて頂きたいと」
「言葉の意味は理解できるんだけど、よくわからないかなって」
ノエル君は私の返答に苦笑いを浮かべた。
「先輩に男性として意識して欲しいと思って僕も色々頑張ったんですけど、なかなか伝わらないみたいでしたから直接交際を申し込む方がいいかなって」
「あー…………?」
あれ? 今までのって付き合いたいですみたいな話ってどっかにあったっけ?
私の記憶にないだけ?
いや、そんなことはない。
ありえないくらいなストーカーっぽい感じとか見張られてる感はあったけど、あれって付き合いたいってことになる?
え? 怖くない?
いや、無理無理無理。
こんな美少年と付き合うとかないないない。
いや、そんなことよりも落ち着け私。
大体、今麻薬だなんだっていっぱいいっぱいなのに、構ってる余裕ないでしょ!
「いや、ごめんなさい
気持ちはありがたいんだけど……」
「やっぱり年下はダメですか?」
しょんぼり斜め下を見るのをやめろ!
「う〜ん、年下だからってことじゃないんだけど、今はお付き合いとか考えてないっていうか」
「じゃぁ、まだチャンスはあると思っていいですか?」
「いや、だからね」
「お付き合いを考えられるようになってからでもいいです」
聞けよ! 人の話を!
「ずっと先輩の気持ちが変わるまで待てますよ」
いや、待たなくていいんだよ。
ごめんなさいってもう言ってるじゃん!
「お〜い、フィオナさーん、グレンジャー君ー、上あがってきて〜」
と、上の階の窓から室長の間延びした声が聞こえた。
まさに天の助け!
乗るしかない! このビッグウェーブに!
「あ、室長が呼んでるね、行こ」
うやむやにできることはうやむやにしたい。
そして、今は何も聞かなかったことにしておきたい。
上への階段を急いで上がるのにノエル君の顔は見なかった。
「あー、きたきた
二人とも、扉の鍵は閉めてね」
室長の机の上には実験道具がずらりと並んでいる。
「試薬ができたんだ」
室長はこともなげにさらっと言う。
はや!
さすが薬のマッドサイエンティスト。もう仕上げたの!
私が驚きの表情を浮かべているのを見てとったのか室長がふふっと笑う。
「僕だってそんなに早く完成させられるわけないよ
前に流行してた時から捜索現場で使える試薬の案は色々作ってたんだ
前回は捜査が打ち切りになっちゃってお蔵入りしたけれど、その時のレポートとか残ってたからね」
結果を殴り書きしたレポートをこちらに寄こす。
ざっと目を走らせると薬の化学式の羅列だけが大半を占めている。
確かにこのレポートをそのままよこされたのでは騎士団も閉口するだろう。
「二人にはこの試薬の検証と報告書、試薬を染み込ませた試験紙を作って実証実験をお願いしたいんだ」
「承知しました」
「試験紙だけど、大量に必要になる可能性があるから量産してくれる?」
「大量にって……」
ちょっと待って。そんなに広がっているってこと?
「前回は貧困層を中心にばら撒かれていたんだけどね
騎士団の話によると、今回はもっと厄介なところにまかれてるみたいなんだ」
確か、無許可の娼館、それから確か貴族のパーティー……。
この薬を売り捌いている奴らは一体何をしたいのだろう。
瓶の業者はもういない。
娼館にある方は今の在庫分だけのはずだ。
じゃ、本命は貴族の方ってこと?
いや、早合点はよくない。私を巻き込むために瓶が用意されただけで、『妖精のいたずら』はもう出回っている。
押さえられたので瓶を変えましたって言えば、そのまま同じ薬の販売自体は可能だろう。
実際に使われている娼館で、今どんな瓶で中身がベケットさんの押収したものと同じかどうか確かめるしかないけど……。
「フィオナさん?」
「あぁ、すみません、量産するんでしたね」
自分の考えに入りかけた私は意識を目の前の室長に戻す。
「そそ、1週間くらいである程度の数は仕上げて欲しいかな」
くぅ……また自分の力量で推し量って期限を切るのを辞めて頂きたい……。
「分かりました、善処します」
じゃぁよろしくよろしく〜とひらひらと手を振る室長を置いて室長室を出た。
早速検査室に移動して作業に取り掛かる。
「ノエル君はこの難解な室長のレポート清書して報告書の体裁にしてくれる? 私は試薬の検証から始めるよ」
「分かりました」
さっきの何某かはお互いなかったことにして目の前の仕事に集中だ。
試薬は無色透明、ただしルピナスの溶液と混合すると水色に変化する。
試験紙にしてもこれならきっと分かりやすいだろう。
試薬の薬液を室長のレポート通りに作成して結果を観察。
検査室には私が実験道具を動かす音とノエル君がペンを走らせる音だけが響く。
私はそのまま薬の量産に没頭することになり、世間の動向に注視しなかったことを後になって悔やむことになるとは、この時気づかなかった。
王都のタブロイド紙がその衝撃的なニュースを伝えたのは、私がようやく試験紙をある程度そろえた1週間後のことである。
『王太子派を蝕む闇! ルピナスの乱痴気騒ぎに関与か!』
そのタブロイド紙は飛ばし記事でも有名だが、有名人のゴシップをすっぱ抜くことでも有名だ。
そこに王太子がルピナス密売に関与しているのではないかという記事が出たのだ。
新聞を売り捌く売店には人だかりが出来、口々に
「王太子様が?」
「まさか?」
と人々が囁いている。
慌ててタブロイド紙を一部買って目を通して絶句した。
(——————————!)
以前から『妖精のいたずら』という名前の麻薬が貴族の秘密パーティーでの乱痴気騒ぎに使われているという噂はあった。これは私もジュリーから聞いたことがある。
今の王都で最大派閥の王太子派の重鎮が『妖精のいたずら』の売買をしており、王太子自身もそれに関与しているのではないかという正気な人間なら「また飛ばし記事か」で流されるだろう内容だが、現実問題として『妖精のいたずら』は蔓延しはじめている。
そして『妖精のいたずら』はルピナスである。
『妖精のいたずら』が実はルピナスであることはまだ騎士団の捜査関係者しか知らない事実のはずだ。
正確には捜査関係者と私から伝わったジュリーくらい?
この事実がこの飛ばし記事を笑って済ませることができない問題へと変えていた。
なぜなら、この記事には売買先として王太子派のほとんどが記載されたリストも掲載されていたからだ。
(これってさらにまずいことになっているんじゃ……?)
なんか借金返済と青春を取り戻す話が王太子のスキャンダルになっちゃってる……?
ちょっとこれは……。
どうしよう?
知らないところで利用されるのは許せないと思ってたけど、これってもうどうしたらいいの?
出勤する途上で手にしたタブロイド紙を手に私は途方にくれた。
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次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。




