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Ep.11 『妖精のいたずら』って何よ

 結果からいうとベケットさんの薬はクロだった。

 誰かが私が作った薬に似せて、同じ瓶、同じシロップを使って麻薬を売り捌いている。

 それも、騎士団がすでに捜査に入っていて「王都に広がり始めている」とするほどの量が。

 借金返済のために始めたバイトだが、リリアンさんが言うように必要な人にとっては症状を改善するちゃんとした薬だったのに、悪意を持って汚されている。それは薬剤師としての自分のプライドを持ってしても許せないことだ。

 何かの拍子にバレて今の仕事を首になったとしても、麻薬に関しては潔白だと証明しなくてはならない。

 もう職務上の秘密とか言ってる場合ではない気がする。

 仕事を終えると私はジュリーの店を訪ねた。

 ジュリーは私の顔を見るや否や大きな体で私を隠すようにいつかの階段下の小部屋に押し込んだ。


「フィオナちゃん! 大丈夫?」


「ジュリー」


 筋肉にハグされて苦しい。

 でも、いつもの花の香りに癒される。


「今の所はなんとか大丈夫だよ」


「良かった。心配で何度職場に行こうとしたことか……」


 とりあず椅子に座ってもらう。


「ジュリー、最初から整理したいんだけど」


「えぇ」


「まず、私が薬を作り始めてジュリーに買い取って貰って春花亭に下ろしてた

 その時の瓶は業者に依頼して特注のものを使ってた、ここまでは合ってる?」


「そうよ」


「だけど、瓶の業者が同じものを横流ししてた

 それからこちらの納入が滞るようになったんだよね?」


「えぇ、売り先は吐かなかったけどね」


「あれからリリアンさんに話を聞きに行ったでしょう?

 リリアンさんは春花亭は私の薬しかないって言ってた

 そこはリリアンさんから薬を貰って確かめたから間違いないの

 でも、今までリリアンさんに薬を分けてもらってた娼婦仲間は別で買えるようになったからいらないって言われたっていうのよ」


「なんですって? 私はフィオナちゃんの薬は春花亭にしか下ろしてないわ!」


「そう、瓶の横流しのあたりでジュリーも偽物が出回っていることに気づいてた

 でもね、ジュリー、考えてみて

 私たちの薬は春花亭の女の子たちに一月に行き渡る分くらいしか作ってなかったのよ

 今月瓶が納入されなかった分を横流ししたからってこんなに王都に行き渡るわけがないと思わない?」


「どういうこと……?」


「ジュリー、あの瓶のデザイン、向こうから提示されなかった?」


「え? えぇ……、こんな感じはどうですか? って」


「業者が元々あの瓶のデザインを下ろしていた先があって、意図的にこちらに流していたとしたらどう?」


「最初からこちらを巻き込むつもりだったっていうの……? やられたわ……」


 ジュリーがおもむろに頭を抱える。


「私からも話があるの

 その業者なんだけど、行方をくらましたのよ

 あの後もう一度行ったらもぬけの殻だったわ」


 あちゃー。これはもう確信犯だなぁ。


「あとね、ジュリー

 大事な話で本当は守秘義務があることなんだけど、偽物を騎士団が無許可の娼館から押収していて中身はルピナスだった

 私の薬と同じシロップで全く同じ瓶、無味無臭だから私の薬と見分けがつかない、詰んだわ」


「ルピナス」の単語にジュリーの顔色が変わる。


「よりによってあれってルピナスだったの……」


「どうかしたの?」


「偽物の方をこちらでも追ってたの

『妖精のいたずら』って名前で出回ってて、ふざけた名前よね」


 いや、貴方がつけた『妖精の小瓶』も大概です。


「その『いたずら』の方、無許可の娼館で押さえたって言ってたわね

 裏社会とつながりのある娼館何軒かでオプションとして取り扱っているって情報は仕入れたわ

 後、貴族の同士のいかがわしいパーティーで使われてるって話もね」


「やっぱりそれなりの数流通してるんだね」


「そうね、さっきのフィオナちゃんが言った通りかもしれないわ

 娼館のオプションの方は小瓶で出回っているけれど、貴族のパーティーの方は原液をまとめて売買しているのかもしれないわ

 どうせワインに混ぜて飲むんだろうから、いちいち小瓶だと扱いづらいし」


「裏社会に貴族かぁ……」


 あんまりな内容に天を仰いでしまう。


「娼館の方も客が飲むのは自業自得でも、飲まされた女の子は中毒まっしぐらね……」


 どんな麻薬も中毒から脱するのは難しい。ルピナスも同じだ。


「それにしてもジュリー、貴族のパーティーの情報なんかよく手に入ったね」


「知り合いの高級娼婦の女の子がね、客の貴族に誘われたパーティーでワインを飲んだらおかしくなったって言うの

 場数を踏んでるあの子がワインの一杯二杯程度でおかしくなるわけないのに、よ

 途中から記憶がないって言ってたわ

 相当メチャクチャにされたらしいけど詳しくは言わないわ」


 あー。うん。詳しくは聞かない。

 一応、女の子だしね。


「ねぇ、フィオナちゃん、そろそろ私たちだけでは限界だと思うわ

 誰か信頼できる人に相談できないの? 私はいいけど、フィオナちゃんに何かがあったらと思うと心配なのよ」


「こうも状況証拠を沢山揃えられちゃうと潔白だって証明するのも難しいよ

 首覚悟で自首したら麻薬も何もかも私のせいってことになりそう……」


「困ったわね……」


 小部屋の中に沈黙が流れる。

 と、小部屋をトトントンと小気味良くノックする音が聞こえた。

 何かの符牒だったのだろう。


「ごめんなさい、フィオナちゃん。外せない客がきたわ」


「あ、ごめん

 開店前の忙しい時間に、相談の件はちょっと考えさせて」


「分かった、何かあったらすぐ知らせてちょうだい」


 もう一度ぎゅっとハグして部屋を出た。

 お店はこれから夕食時間ということもあって混み始めている。

 部屋を出たジュリーに目だけで挨拶をして家路についた。




『妖精のいたずら』かぁ。

 瓶の業者はすでに行方をくらましている。

 ということは、もう瓶で流通させる気がないんだろうか?

 それとも、あらかた稼いでまた売り抜ける気なんだろうか?

 でも、せっかく出回って中毒者が出るまで売らないと益が出ないんじゃないの? こういうのって。

 確か麻薬の常套手段は最初は安価に大量に供給しておいて、離れられなくしてからがっつり稼ぐんじゃなかったっけ?

 休憩室で朝昼食用に買ってきたサンドイッチをもそもそと齧りながら外を眺める。

 外はうららかな春の日差しにやわらかな風が吹いている。

 カーテンの間から花びらの桃色がはらりはらりと揺れて落ちる。

 今はベケットさんの依頼で試薬の製作に取り掛かっている。

 これができれば、リリアンさんのところの薬にルピナスが入っていないことは証明できるだろうが、麻薬と無関係ですという証明はジュリーの証言しかない。『妖精の小瓶』と『妖精のいたずら』が別物だと証明できたとしてもその先は……?

 だめだな。今は何も思い浮かばないや。

 食べかけのサンドイッチを降ろしてお茶を一口飲む。


「はぁ…………」


 もうやだ。なんなの。

 借金地獄から抜け出して青春を取り戻そうとしただけなのに。

 なんか想像以上の厄介ごとに巻き込まれてるし。

 私呪われてる? ねぇ、前世になんか悪いことでもした?

 サンドイッチを紙袋に戻すと机に突っ伏した。


「………………」


 でもさ。故郷の伝統薬はちゃんとリリアンさんに自信持てって言われたのよ。

 仕事だって毎日色々不測の事態はあるけど頑張ってる。

 お父さん、お母さん、私頑張ってるよねぇ?

 薬剤師の仕事には自信持ってやってるのよ。

 患者さんにだっていつもありがとうって。

 それが、こんなところで終われる?

 なんか自分の知らないところで利用されるだけ利用されてポイとかなくない?

 可愛くて胸の大きい女友達への足がかりのためだけに付き合おうって言ってきたあのバカ男と同じことされて許せる?

 国家薬師のプライドとして、麻薬を売り捌いてのうのうと生きてる奴許せないでしょ?


(よし!)


 頭の中でバカ男の股間を蹴り飛ばすところを想像する。

 スッキリした。

 がばっと起き上がってお茶を一気飲みする。

 食事は……後で食べよう。

 とりあえず目の前の仕事に集中だ。


「あ、フィオナ先輩、まだ休憩中ですか?」


 と、ノエル君が休憩室の入り口にいた。


「あぁ、今食事終わったから戻るよ

 何か用だった?」


「あの……仕事じゃないんですが……少しお時間いただけませんか?」


 いつもにこにこしているノエル君がいつになく真剣な表情だ。

 今までの思わせぶりな色々もあって何を言われるのか恐ろしい。


「ちょっと場所を変えてもいいですか?」


 そう言って休憩室の中を目線で指す。

 周りには昼食を取る薬剤師や医師、事務員などがばらばらに座っている。

 ここじゃできない話ってこと? 余計に怖いんですけど!

 

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次話は翌日 AM9:00 予約投稿です。

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