Ep.10 まぁそういう使い方だよね
次の日、私とノエル君は再びオリヴァー・ドレイク室長に呼ばれた。
室長室には見たことのない騎士服の男性もいる。
短く刈り上げた黒髪に濃い焦茶の瞳、ぴっちりとこての当てられたトラウザーズの折り目は触ったら手が切れそうだ。
「あぁ、扉閉めたら一応鍵もかけてくれる?」
一方でうちの室長はと言えばいつものぼさぼさヨレヨレメガネなのは変わらないが、目がいつも以上に真剣だ。
「まずは紹介するね。こちらは騎士団のユリウス・ベケットさん。今回のルピナス密売事件の捜査を担当されているよ」
おぉっと、捜査担当のご本人とは……。
「よろしくお願いします。薬剤師のベルウッドです」
握手をして挨拶をした後、応接セットに腰掛けた。
「そちらは報告書に名前があったグレンジャー君かな? よろしく」
「僕は見習いで、ベルウッドさんのお手伝いをしただけなので……」
ノエル君は神妙に目礼だけを返す。
「いや、実にわかりやすい報告書で助かったよ
ドレイク室長に頼むと毎回専門用語に注釈が一切ないから、結局直接聞きに来るハメになってたからね
報告書も毎回作り直さなきゃならなくて……」
「うるさいな、そんなに言うなら自分で分析したまえよ」
子供のように口を尖らせる室長にベケットさんは苦笑いをする。
「彼らも忙しいんだ、早く本題に入りたまえ」
「あぁ、申し訳ない
先日の証拠品を分析してくれた君たちにこれを分析して欲しくてね」
そういってベケットさんは鞄から油紙で出来た小袋を取り出した。
そして、袋からピンク色のガラスの小瓶をテーブルにことりと置いた。
(————————!)
見覚えがありすぎる……。
そういや、昨日どさくさでポケットに突っ込んだ小瓶そのまんまだな……。
「騎士団の捜査で押収した品でね。中身が昨日提出してくれた報告書と同じものかどうかを分析してほしい」
手にとって瓶の蓋をあけ、匂いを嗅いでみる。
やっぱりだ。シロップの匂いしかしない。
中身を出しても昨日自宅で見たのと同じ薄い黄金色をしているに違いない。
蓋をしてテーブルに小瓶を戻す。
「おそらくだが、この瓶詰めされた状態で流通されているんじゃないかと思ってね」
まぁ、ルピナスを液体で流通させるならそうだろう。
濃度の高い粉末状にした方が効率がいいように思えるが、安価でさばきたいなら得策ではない。
後、直接溶液を飲む使い方の方が多いことから、シロップならいつでも飲める。
見咎められたとしても、無味無臭のルピナスが混ざっていると知らなければただのシロップと見た目も匂いも変わらない。
「で、一応この薬について話をしておきたいんだけど……」
ちらりとベケットさんの視線がこちらを向く。
「あぁ、そういった配慮は不要ですので大丈夫です
ある程度は知識として知っていますので」
はぁ、とベケットさんは一息つくと続けた。
「君たちが特定してくれたルピナスだが、国では禁止薬物に指定されている
使用は勿論、所持していただけでも違法だ
これは、ルピナス自体が強い依存性があって深刻な健康被害をもたらすから、というのもあるが、この売却益が裏社会の資金源になるからだ
数年前、猛威を奮って以来騎士団でも一斉に摘発したが、結局逮捕できたのは末端の販売組織だけ
金・人・物の流れ全てを追いかけたが肝心の所でぷつりと手がかりが途絶えた挙句、あれだけ大量に出回っていたルピナスがそれ以降一切出てこなくなった
上手く逃げたもんだと思うよ……と、捜査担当の私が言うことじゃなかったな……」
ベケットさんは椅子に座り直すとさらに続けた。
「で、今回の押収品の話なんだが、無許可の娼館から押収されたものでね
オプション品として売られていた
自分で飲んで性欲を増進させ……そのなんだ……持続力を高めるって言えばいいか?
そういう使い方をするか、娼婦に飲ませて感度を高めて乱れさせるのに使うって……女性に説明するのは難しいな……」
恥ずかしそうにベケットさんが頭をかく。
「要するにセックスドラッグとして使われていた、と」
適当にまとめて話を促す。
ベケットさんが「せ……せっく」と呆然と呟いている。真面目な人なんだな。そういう感性大事だよ。
「ルピナスの効能には性欲増進効果もありますから、男性でも女性でも効果はあります
そういう使い方もあるでしょうね
以前も娼館で使われていたと聞きますが?」
「そ……そうなんだ
で、こいつにルピナスが入っているかどうかを確認してもらいたい」
「わかりました、承ります」
ピンクの小瓶を入っていた油紙の紙袋に戻す。
「で、もう一つ
これは室長にも依頼したいんだが……」
ベケットさんは黙って聞いていた室長に顔を向けた。
「現場でルピナスが入っているかどうかをすぐ判別できる試薬か試験紙の製作をお願いしたい」
「なるほど、それはこちらでもやってみよう」
室長が真剣な表情で頷く。
「すでに王都には広がり始めている
今回こそは大元まで根絶したい
騎士団としても急いで対処したいのでご協力をお願いする、では」
ベケットさんは室長、それから私たちに挨拶すると足早に帰っていった。
「う〜ん、なんか面倒なことになりそうだな〜
フィオナさんとグレンジャー君は分析を先に頼むよ〜
試薬の方は僕の方で進めてるのがあるから、分析終わったら手伝ってもらうかな〜?」
「わかりました、今回も検査室使いますね」
「うん〜、あと、わかってるとは思うけど極秘で〜」
「承知しました」
小袋を持ってノエル君と部屋を出た。
ルピナスの方が転がり込んできてくれたはいいけれど、違いの立証の難しさを改めて実感した。
一度調剤室に戻って自分の名前のところに「検査室」と書いた後昨日まで籠っていた検査室に戻った。
まぁ、何が入っているか分からない状態で検査するのと、特定の物質があるのかないのかを検査するのでは後者の方が圧倒的に早い。今回は試薬を作る方が時間がかかるだろう。
(まぁ、室長はもう進めているって話だけれども……)
いつから進めていたのかを聞く方が恐ろしい。
ルピナスの沸点は分かっているから、蒸留法で特定できるだろう。
ノエル君に蒸留法の検査器具の準備をお願いして、自分はピンクの小瓶を取り出す。
フラスコにあけるとやはり昨日見たのと同じ薄い黄金色の液体が出てきた。
同じ色、同じシロップの匂い。
だが、昨日ノエル君が帰った後に検査したリリアンさんの薬はシロだった。
そして、今日のベケットさんの押収品は……
薬液をセットしてしばらく待つ。
「蒸留法と言えば……昨日フィオナ先輩のご自宅でもやってらっしゃいましたね」
(———————!)
体が飛び上がるかと思った。気合いで抑えたけど。
いちいち思い出さなくていいのよ!
「ノエル君、蒸留法は基本でしょ……?」
「そうでした
でも、こうしてみるとただのシロップですね
昨日のワッフルにかけたかったなぁ」
ぐぅ……やっぱりこの子わざとだよね?
「の……ノエル君は娼館でこういうおクスリ試したことは?」
あ、とんちんかんなこと言った。
焦るとろくなことがない。しかも言ったからには引っ込みもつかない。
すっと頬を赤らめて斜め下を見るノエル君。
やだ、私今のセクハラじゃない?
「僕、まだ若いのでそういうのはまだ必要ないっていうか……」
いや、真剣に答えなくていいんですよ。
むしろ、「先輩セクハラですよ」くらい言ってほしい。
「でも、先輩が乱れてるところは見てみたいな……」
検査室の窓の外にはさわやかな春の風が吹いているのだろう。
検査中だから窓閉めてあるけど。
今の発言はスルーしていいだろうか?
セクハラにセクハラ返ししてくるとか高等技術だよね。
この気まずい空気、どうしたらいいわけ? ねぇ?
「あ、もういいかな」
蒸留して集めたルピナスと思われる溶液を冷ます。
いい感じに冷えたところで、分析器にかけておく。
結果が出るまでしばらく待つ間に検査器具を洗う。
隣でノエル君も一緒になって検査器具を片付けているが無言である。
「フィオナ先輩……」
「な……何かな?」
「その……僕、先輩のこと……」
器具を乾燥台にセットしおえて水道を止める。
検査室に重苦しい沈黙が流れる。
どうしよう。これ。
口を開きかけた時、分析器が検査終了を告げるちんという軽い音が響いた。
「あ、できたね
先に報告行こうか」
さっと検査結果の波グラフが書かれた紙と検査にかけていた溶液を取る。
物言いたげなノエル君の視線を振り切って私は検査室を出た。
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