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空を舞う文字

作者: ウォーカー

 新しい生活が始まる春。

ある女子生徒が、中学校での新学期を迎えた。

その女子生徒は成績も平凡な、よくいる生徒の一人で、

ペンの持ち方がちょっと下手っぴ。

そして自宅には、白紙のノートが何冊も置いてある。

それにはちょっとした事情があった。


 今春、その女子生徒は中学校で進級を果たした。

しかし通い慣れた学校は変わることもなく、退屈な毎日。

今日もその女子生徒は、学校の授業中、気怠そうに窓の外を見ていた。

窓の外、青い空の下では、他のクラスの生徒達が体育の授業をしている。

そんなことをぼーっと見ながら、器用に黒板の板書をノートに書き写していく。

すると、妙なことに気が付いた。

板書を書き写したはずのノートの内容が、でたらめになっている。

文字の並び方が変わったり、行がずれたりしていた。

「あれっ?私、板書を写し間違えたかな?」

消しゴムで消そうにも、1ページ丸々消すのは面倒だと、

その女子生徒はノートの新しいページに板書を書き写した。

今度は文字を書くのに失敗することもなく、無事に授業を終えた。


 退屈な授業の数々を終えて、放課後。

特に部活動にも参加していないその女子生徒は、

一人早々と帰宅することにした。

教科書とノートが詰まった鞄を担いで家路につく。

その女子生徒の家は学校からさほど遠くなく、

まもなくして自宅に帰宅した。

帰宅して鞄を広げ、今日の授業で使ったノートを見て、

その女子生徒は愕然とした。

またしても、ノートに書いた文字がバラバラになってしまっている。

「あれっ!?またノートが滅茶苦茶になってる。

 どうして?書き間違えた?」

そんなはずがないことは、その女子生徒にもわかりきっている。

1ページだけならまだしも、1日分のノートを書き間違えるわけがない。

一体全体何が起こったのか。

すると、ノートに散らばっていた文字が、するすると動き始めた。

ノートに書かれた文字が起き上がり、空中を舞い上がる。

そして中空に言葉を描き始めた。

「驚かせてごめんなさい。」

「わたしたちは、あなたが書いた字です。」

文字たちが順を変え位置を変え形を変え、言葉を書いている。

そんな様子に、その女子生徒は泡を食ったように驚いてみせた。

「なっ、何!?文字が動いて言葉を話してる!?

 どんな魔法なの?それともいたずら?」

しかし、文字の方は至って冷静に答えた。

「いたずらではありません。でも魔法には近いかも知れません。

 あなたのペンの持ち方、字の書き方は特別で、

 意思を持った文字を稀に書くことができるようです。

 それは生き物のように考え、空間を動き回ることができます。

 あなたはわたしたちの生みの親と言ってもいいでしょう。」

「わたしが親!?うーん。」

その女子生徒は泡を吹いて倒れてしまった。


 子供じみた夢を見ていたような気がする。

まるで妖精のように、文字が空を飛び回っている。

その女子生徒が目を覚ますと、夢はまだ続いていたように思えた。

「だいじょうぶですか?」

目の前には文字が浮かんでいて、心配そうにこちらを伺っていた。

「やっぱり夢じゃない!」

腰を抜かして逃げようとするその女子生徒を、文字たちが必死に引き止めた。

「待ってください!」

「わたしたちはあやしいものじゃありません。」

「十分あやしいよ!」

その女子生徒は悲鳴を上げんばかり。

文字たちはぴょんぴょんと跳ねて、懸命にその女子生徒を制した。

「わたしたちは悪いことはしません!」

「ただ、あなたにお願いがあるだけです。」

「おっ、お願いって何?」

どうにか気を静めて、その女子生徒は文字たちを話をする。

腰はみっともなく抜けたままだ。

文字はそれを笑うでもなく言葉を作る。

「わたしたちは、あなたのおかげで生き物のように意思を持ち、

 こうして動き回ることができるようになりました。」

「そしてわたしたちは、広い世界があることをしりました。」

「その世界に、わたしたちは旅に出たいと思うのです。」

「文字が旅に出るの?」

「そうです。そうして旅をして世界を知って、またここに帰ってきます。」

「そんなことをしたら、私の授業のノートが失くなっちゃうじゃない!」

「・・・駄目ですか?」

「うーん。」

その女子生徒は考える。

まさか、自分が書いた文字が生き物のようになってしまうとは。

今でもまだ半信半疑だが、しかし実際に文字達は目の前をうろうろしている。

ぴょんぴょんと跳ねて窓の外を眺めたり、

部屋の中のものを興味深そうに見ている。

その様子はまるで小さな子供のようで、

意図せず生みの親となったその女子生徒に母性を感じさせた。

「自由にさせてあげたいのはやまやまなんだけど、

 学校の授業のノートが失くなっちゃうのは困るんだよね。

 他のノートに字を書いちゃ駄目?」

「そうしたら、上手くいっても他の字が生まれるだけです。

 わたしたちはわたしたち、代えはありません。」

「じゃあ、これからも、わたしが書いたノートの文字は、

 動き出してノートから出てきちゃうってこと?」

「条件は不明ですが、その可能性は大いにあります。」

「それは困ったなぁ。」

その女子生徒は腕を組んで考え込んだ。

学校のノートが失くなってしまうのは困る。

かといって、意思を持った文字達を、ノートに縛り付けたくはない。

広い世界を前に縛り付けられる辛さは、授業中に味わって知っているから。

そしてその女子生徒は、ぽんと手を打った。

「そうだ、こういうのはどう?

 あなた達文字がノートから出ていくのは、先延ばしにできない?

 私がノートを使うのは、学校のテストが終わるまで。

 テストが終わったら、もうノートはしばらく使わないから、

 そのノートの文字達は出ていっても構わない。

 それでどう?」

その女子生徒の提案に、文字達はざわざわと集まって話し合った。

しばらくして、文字達は答えた。

「わかりました。あなたの提案に従います。

 わたしたちは、あなたが良いと言うまで、ノートに居続けます。

 もしも役目が済んだら、自由にさせてください。」

「うん。お互いに納得できてよかった。」

その女子生徒は、文字達と約束の握手をした。

文字達はその女子生徒の手よりもさらに小さくて、

握手するたくさんの文字達はむずむずと痒い感覚だった。

こうして、意思を持つ文字を作ることができるようになった女子生徒は、

必要がなくなれば文字達を自由にさせてあげるという約束をした。


 その女子生徒が文字達と約束をしてから。

まず最初の困難は、すぐにやってきた。

既にバラバラになった文字達を、元に戻さねばならない。

でも文字達は自分の元いた場所の記憶が曖昧で、

意味を持った言葉に戻すのに、ちょっとしたパズルを解かねばならなかった。

そうしてバラバラになったノートの文字達をようやく元に戻して。

次の日からはまた授業の板書を書き写した文字が追加されていった。

それらの文字達も意思を持ち始めたので、

先に書かれた先輩である文字たちが、

女子生徒との約束を説明せねばならなかった。

そうしなければ、その女子生徒のノートはまたバラバラになってしまうから。

そうしてその女子生徒の部屋には、

生きた文字が住み着いたノートが何冊も溜められていった。


 生きた文字達との付き合いは、その女子生徒の生活を変えた。

まず、文字を書く時に、注意をするようになった。

いい加減に書いた文字は、意思を持った時に歪な身体を与えられる。

その女子生徒は、できるだけきれいな字を書くように努めた。

そうして家に帰ると、新しく意思を持ち始めた文字に約束の説明。

さらには文字達と話をするようにもなった。

それは他愛もない日常の話から、

文字達が知りたがっている外の世界の話まで、その話題が尽きることはない。

今やその女子生徒にとって、意思を持つ文字達は、友人のようなものだった。

文字の方も、その女子生徒を生みの親として慕っていた。


 それから数週間の後。

その女子生徒の通う学校で定期試験が近づいてきた。

今こそノートに書かれた文字達は、自分達の出番だと張り切った。

・・・のは良いのだが。

「ちょっとそこ!読みにくいから動き回らないで!

 そっちも、元いた場所に戻りなさい!」

張り切って自分を見てもらおうとする文字達の元気は空回り。

まるで幼稚園の園児と保母さんのようだった。

そんな意志を持った文字達との勉強は、

煩わしくも楽しいもので、その女子生徒の勉強は思いの外捗っていた。


 意思を持つ文字達のおかげか、その女子生徒の定期試験は無事に終わった。

それどころか、普段よりも良い結果だった。

それは喜ばしいことなのだが、

しかし定期試験が終われば、約束を果たさねばならない。

使い終わったノートの文字達の旅立ちは、別れを意味する。

今まで話し相手になってくれていた文字達と離れるのは辛い。

文字達は元々、自分が生み出したもの。

いっそ約束など反故にして、自分のものにしてしまえば・・・。

「いけない、いけない。そんなことしちゃ駄目だよね。

 だって文字達は、やりたいことがあるんだから。」

その女子生徒にとって意思を持つ文字達は、

友達であり我が子のようなもの。

その可能性を摘み取ることなどできない。

だからその女子生徒は、約束通りに文字達を送り出すことにした。


 別れの日、いや、旅立ちの日。

文字達は嬉しそう、しかしその女子生徒は寂しそうだった。

「約束を守ってくれてありがとう。

 ではわたしたちは、これから外の世界に旅に出ます。

 でもいつか必ず、ここに戻ってきます。

 そして何を見聞きしたのか、あなたに話します。

 その時を楽しみに待っていてください。」

「・・・うん。元気でね。」

「あなたも。」

文字達は小さな手を振って、窓から大空へと旅立っていった。



 それからいくつもの季節を経て。

その女子生徒のところから、さらに多くの文字達が旅立っていった。

その度に、その女子生徒のもとには白紙のノートが残されていった。

未だ、帰ってきた文字達はいない。

その女子生徒にとっては、新しい文字達と仲良くなっては送り出す生活。

楽しくも寂しさが募る日々。

そうして学校も卒業し、新しい学校に通う頃になったある日。

空から一欠片の何かが、その女子生徒の手に舞い降りた。

ハッとその女子生徒が頭上を見上げると、空からポツポツと何かが落ちてくる。

手をかざすとそれは雨ではない、文字。

文字達が、次から次へとその女子生徒のところに戻ってきたのだった。

「ただいま帰りました!」

「おかえり!」

その女子生徒は落ちてくる文字達を集めながら家に向かう。

すると自宅には、さらに多くの文字達が帰ってきていた。

「ただいま!約束通り、帰ってきましたよ!」

「旅は楽しいものでした!すぐにでも話をしましょう!」

そうしてその女子生徒は、旧友、

あるいは送り出した子供達との再開を果たした。

旅から帰った文字達の話は興味深く、

その女子生徒はそれを記録することにより、それが高い評価を得て、

やがて学校の図書室の蔵書になるのだった。



終わり。


 本やノートに書かれた文字は、読む人に情報をくれますが、

逆に文字が自分から情報を求めて動き出す、ということを考えました。


最近は手書きの文字が減ったとは言え、まだまだ現役。

もしも文字が動き出したら混乱は大きそう。

文字にはまだもう少し、紙の上に留まってもらいたいものです。

そんなことを空想しながらこの物語を書いていました。


お読み頂きありがとうございました。


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