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腹違いの弟

「いえ、私はここに残ります」


 貴婦人達と休憩……もとい、雑談なんて一番避けたいシチュエーションのため、私は突っぱねる。

と同時に、この場の空気が凍った。

かと思えば、提案者の女性が口を開く。


「ですが、ビジネスの話など夫人には分からないのでは?」


「ええ、確かに分かりません」


「なら……」


「でも、私は旦那様の傍を片時も離れたくないのです」


 ────パーティーで上手く立ち回れる自信が、ないから。


 とは言わずに、真っ直ぐ彼女の目を見つめ返す。

『お願いだから、これ以上食い下がらないで』と祈りながら。

言い合いになって悪目立ちする可能性を危惧する私の前で、彼女はまた何か言おうとした。

が、それよりも早く夫が口を開く。


「私の妻に意見するとは、何様のつもりだ」


 『公爵夫人という肩書きは飾りじゃないぞ』と脅し、夫は赤い瞳に苛立ちを滲ませた。

その途端、提案者の女性は竦み上がる。

他の者達も若干表情を強ばらせて、縮こまった。


「も、申し訳ありません……単なるアドバイスのつもりだったんですが、少し言い方が悪かったようです」


 『以後気をつけます』と述べ、提案者の女性は頭を下げた。

かと思えば、他の者達を引き連れてこの場から離れる。

早々と離脱していった彼女を前に、夫はスッと目を細めた。


「私の妻に対してアドバイス、か。あの女は随分と偉そうだな」


「すみません。帰ったら、よく言い聞かせておきます」


 あの女性の伴侶と思しき男性が、慌てて夫の前へ躍り出る。

まるで、視界を遮るかのように。

恐らく、妻の姿を隠して少しでも怒りを鎮める算段だろう。

目につくと、嫌でも苛立ちが募るから。


「悪気はなかったと思うので、どうかお許しを」


「それは私の決めることじゃない」


 夫はこちらに視線を向け、『どうしたいか、言ってみろ』と促した。

と同時に、周囲の者達がハッと息を呑む。

夫婦仲がそれほど悪くないことに、気づいたのだろう。

もし、冷め切った関係ならわざわざ()の意向を確認しようとは思わない筈だから。


「ふ、夫人。この度は……」


 動揺と困惑の入り交じった様子で謝罪を始める男性に、私はどう答えようか迷う。

正直、怒りとか不満とかは感じていないので。

だからと言って簡単に許してしまったら、侮られる可能性もある。

なので、


「その謝罪は旦那様を笑わせられれば、受け入れます」


 ちょっとした意地悪をすることにした。

『これなら、許すかどうかの判断は旦那様に委ねられるし』と思案しつつ、私は口元に手を当てる。

と同時に、男性が自身の目頭を押さえて俯いた。


「……ハイ」


 消え入りそうな声で返事し、男性はしばらく悶々とする。

が、意を決したように顔を上げ、夫へ視線を向けた。

かと思えば、『やっぱり、無理です……』という言葉を残してこの場から立ち去る。


「……レイチェル・プロテア・ラニット、貴様なかなか惨い条件を出したな」


 夫は小さくなっていく男性の背中を見ながら、そう呟いた。

どこか呆れたような素振りを見せる彼の前で、私はパチパチと瞬きを繰り返す。


「ダメでしたか?」


「いや、そんなことはない。ただ、あの条件では『一生許さない』と言っているようなものだろうと思っただけだ」


「えっ?旦那様って、そんなに笑わないんですか?」


 毎日顔を合わせる中であまり笑わない人なのは知っていたものの、一生笑顔を見せないレベルだとは思わず動揺する。

『旦那様の表情筋、凍っているのでは?』と真剣に悩む私を前に、彼は一つ息を吐いた。


「笑う時は笑う。だが、あいつの影響で笑顔を見せることはないだろう」


 『だから、一生許されることはない』と主張し、夫は視線を前に戻す。

と同時に、ビジネスの話へ戻った。

何事もなかったかのように振る舞う彼の前で、私は暇を持て余す。

なので、会場内に飾られた花の種類や意味を思い浮かべていると────不意にくすんだ銀髪を目にした。


「久しぶり、兄さん」


 そう言って、軽く手を挙げるのは筋肉質な男性。

人の良さそうな笑みを浮かべ、こちらに向き合う彼はうんと目を細めた。

爽やかな好青年という風貌の彼に、夫は訝しむような視線を向ける。


「何故、貴様がここに居る?」


「僕も招待されたからだよ」


 何食わぬ顔でそう答える男性に対し、夫は眉を顰めた。

かと思えば、ふと天井を見上げる。


「……今回のパーティーの主催者は第二皇子だったか。余計なことを」


「はははっ。相変わらず、酷い言いようだなぁ」


 『どれだけ、僕に会いたくなかったの?』と苦笑し、男性は小さく肩を竦めた。


「まあ、僕は慣れているからいいけどさ。でも────最近知り合ったばかりの奥さんは、そんな発言を聞いたら驚いちゃうんじゃない?」


 『卒倒するかも』なんて冗談交じりに言い、男性はチラリとこちらに目を向ける。

と同時に、


「ねっ?」


 と、同意を求めてきた。

が、私はどう反応すればいいのか分からず黙り込む。

『確かに驚きはしたけど……主に貴方に』と思案していると、彼が口元へ手を当てる。


「おっと、少し馴れ馴れしかったかな?ごめん、ごめん。君のことはもう家族(・・)として認識していたから、配慮が足りなかったよ」


 『一応、初対面ということを忘れていた』と零し、男性は姿勢を正す。

どこか、畏まった態度を取りながら。


「まずは、自己紹介からだよね。僕は兄さんの腹違いの弟(・・・・・)フェリクス・イミタシオン・ラニット。よろしくね?」


 『腹違い』という部分をやけに強調する義弟に、私は少しばかり表情を硬くした。

旦那様が私生児(・・・)であることをわざわざ指摘するなんて悪趣味ね、と思いながら。


 正妻の子供である自分を差し置いて、妾の子供である旦那様が家督を継いだのが余程気に食わないようね。

気持ちは分からなくもないけど、既に結論の出た話をネチネチ言うのはどうかと思うわ。


 世間に疎い私ですら知っているラニット公爵家内部の騒動を思い返し、嘆息する。

なんだか面倒なことになりそうだな、と思って。

『出来ることなら、あまり関わりたくない人物ね』と考えつつ、私は相手の目を見つめ返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします。私はレイチェル・プロテア・ラニットです」


 一先ず挨拶を返して無難に対応すると、義弟はニコニコと笑う。

ややピンク寄りの赤い瞳に、愉悦を滲ませて。


「君みたいな子が、家族になってくれて嬉しいよ。仲良くしようね。そうだ、良かったら今度一緒に……」


「却下だ。他を当たれ」


 そう言って、私を庇うように一歩前へ出たのは他の誰でもない夫だった。

どことなく威圧感を放つ彼は、冷めた目で義弟を見下ろす。


「貴様のくだらない野心(・・)に、私の妻を巻き込むな」

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