春の祝賀会
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────皇室主催のパーティーに向けて、準備すること数週間。
あっという間に本番当日を迎えた。
礼儀作法は問題ないけど、流行の方はちょっと心配ね。
一応、トレンドは押さえてある程度だから。
『話について行けない』という事態はないにしろ、きちんとした受け答えが出来るかと聞かれると正直微妙。
『貴婦人達の輪にちゃんと馴染めるか』と思案し、私は一つ息を吐く。
ハッキリ言って、上手くやれる自信がないため。
もちろん、最善は尽くすが……。
こうなったら、いっそ────旦那様にピッタリくっついておこうかしら?
そしたら、あまり話さずに済みそうだし。
『横でニコニコ笑っていれば、何とかなりそう』と考え、私はスッと目を細める。
他力本願なんて情けないことこの上ないが、何かやらかすよりマシだろうと思って。
『今日一日、私は旦那様の腰巾着よ』と言い聞かせる中、ベロニカが手を止めた。
かと思えば、ヘアブラシをドレッサーの上に置く。
「さあ、出来ましたよ、奥様」
鏡越しにこちらを見つめ、ベロニカはニッコリ微笑んだ。
『大変お綺麗です』と述べる彼女の前で、私は自身の姿を確認する。
「別人みたいね」
化粧のおかげで綺麗になった顔やハーフアップにされたピンク髪を見て、私は瞠目した。
まさか、ここまで変わるとは思ってなかったので。
ドレスの雰囲気に合わせてくれたおかげか、全然浮いてないし。
むしろ、マッチしているように見える。
ピンクの花で彩られたドレスを見下ろし、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
正直、完成品が届いた当初は『可愛すぎて、自分には似合わない』と思っていたため。
きちんと着こなせている事実に、かなりの衝撃を受けた。
『これなら、旦那様の隣に立っても見劣りしなさそう』と思案していると、部屋の扉をノックされる。
「そろそろ、行くぞ」
扉越しに聞こえてくる男性の声に、私はすかさず返事した。
と同時に、立ち上がって部屋の扉を開ける。
すると、そこには────白の正装に身を包む夫の姿があった。
髪型は普段と変わらないものの、黒の髪飾りを身につけてある。
また、黒の革手袋を装着していた。
一応着飾ってはいるけど、必要最低限という印象ね。
それでも、いつもより綺麗に見えるのだからルックスの良さは脅威だわ。
などと思いつつ、私は赤い瞳をじっと見つめ返す。
「お待たせしました」
「ああ」
言葉少なに応じる夫は、真顔でこちらに手を差し伸べる。
恐らく、『エスコートする』という意思表示だろう。
相変わらず口下手な彼を前に、私はそっと手を重ねた。
すると、直ぐに本邸の外まで連れて行かれ、馬車へ乗り込む。
特に会話もなく、流れる景色を眺めること一時間────皇室主催のパーティーの会場へ到着した。
「凄い……」
正門から玄関に掛けて咲き乱れる花々を見て、私は思わず感嘆の息を漏らす。
春の訪れを感じさせるようね、と考えながら。
『春の祝賀会たる所以は、これか』と実感する中、私は夫と共に馬車を降りた。
と同時に、目の前の建物へ足を踏み入れる。
あら、中にもたくさん花が飾ってあるわね。
『いい香り』と思いつつ、私は夫に手を引かれるまま廊下を突き進んだ。
────と、ここで夫が足を止める。
その先には、固く閉ざされた観音開きの扉が。
「中に通せ」
両脇に居る衛兵のうちの一人へ招待状を渡し、夫は前を見据えた。
すると、招待状の中身を確認した衛兵が大きく目を剥く。
「ら、ラニット公爵……!?ぁ、いえ……すみません!取り乱しました!直ぐに扉をお開けします!」
慌てた様子で取り繕い、衛兵は観音開きの扉へ手を掛けた。
かと思えば、コホンッと一回咳払いしてドアノブを引く。
「ヘレス・ノーチェ・ラニット公爵と、レイチェル・プロテア・ラニット公爵夫人のご入場です!」
その言葉を合図に、私と夫は扉の向こうへ踏み込んだ。
と同時に、とんでもない注目を浴びる。
どこか、こちらを探るような……品定めするような視線を前に、私達は歩を進めた。
「気にするな。あいつらが見ているのは、私だ」
『貴様じゃない』と言い切り、夫は中央よりやや離れた場所で足を止める。
すると、何組かの夫婦や親子が近寄ってきた。
「ご無沙汰しております、ラニット公爵」
「夫人も、ご機嫌麗しゅう」
「新婚生活はいかがですか?」
「もし、何か悩みがあれば気軽に相談してくださいね」
にこやかに話し掛けてくる彼らは、愛想良く振る舞った。
なので、一見いい人そうに感じる。
でも、私は知っている。ただ、夫婦仲を見定めているだけだと。
普通はそんなことしないのだけど、私達の結婚はかなり特殊だから。
主に『駆け落ちした姉の代わりに嫁ぐことになった』という点が。
しかも、結婚式は中止になってしまったので。
『その後、どうなっているのか』と興味を持つのも、仕方ない。
ラニット公爵家のことなら、尚更。
『付け入る隙があるなら、利用したいのかも』と考え、私は内心溜め息を零す。
夫に限ってないとは思うが、第二夫人や愛人を作られると面倒だな、と感じて。
『絶対、私の肩身が狭くなる』と確信する中、夫は眉間に皺を寄せた。
「貴様ら、そんな無駄話をするために私のところへ来たのか?」
不機嫌そうに顔を顰め、夫はどこか物々しい雰囲気を放つ。
基本、合理主義なので雑談する暇があるなら別のことに時間を割きたいのだろう。
「い、いえ、そういう訳では……」
「あれは本題に入る前の社交辞令と言いますか……」
慌てて取り繕う彼らに対し、夫は一つ息を吐いた。
かと思えば、こう言う。
「私にそういった話は不要だ。さっさと本題へ入れ」
「は、はい。実は以前、お話した事業の件について相談がありまして……」
「私は店舗経営の件で、ちょっと……」
次々とビジネスの話を持ち掛ける男性陣は、夫に意見を仰ぐ。
その間、女性陣はニコニコ笑って隣に立っているだけ。
多分、かなり退屈だと思う。
専門用語ばかりで理解が追いつかない分、余計に。
「あの、あちらでちょっと休憩しませんか?」
ついに我慢の限界へ到達したのか、一人の女性が『私達は私達で話しましょう』と提案した。
すると、他の者達は二つ返事で了承する。
『ずっと立ちっぱなしでは、辛いものね』なんて言い合う彼女達を他所に、私は片手を挙げた。
「いえ、私はここに残ります」