傍迷惑な忠誠心《ヘレス side》
「全員、打首にする」
慈悲や情けなど微塵も持ち合わせていない私は、腰に差してある剣へ手を掛けた。
その瞬間、別邸統括侍女が床に頭を擦り付ける。
「お、お待ちください……!私達は本当にお嬢様の指示に従っただけで……!これまで、ちゃんとお世話してきました!なので、どうか命だけは……」
「命乞いをする前に、その呼び方を改めろ。レイチェル・プロテア・ラニットは既に私の妻だ。他所の娘では、ない」
『“奥様”と呼べ』と主張し、私は相手の言い分が破綻していることを指摘した。
だって、もし本当に妻の指示を忠実に聞くようなやつならそんな呼び方はしないため。
『見下しているのは、確実だな』と思案し、私はトントンと指先で剣の柄を叩く。
それだけで、相手は竦み上がった。
「た、大変申し訳ございません!確かに私達はおじょ……奥様の世話を怠っておりました!でも、これはラニット公爵家の名に泥を塗ったフィオーレ伯爵家へ怒りを覚えるあまり、したことで……!」
『行き過ぎた忠誠心によるもの』ということを強調し、別邸統括侍女はひたすら陳謝。
他の者達もそれに続き、頭を垂れた。
「ほう?では、これもラニット公爵家の名に泥を塗ったフィオーレ伯爵家へ怒りを覚えるあまりしたことなのか?」
私は例の申請書類をヒラヒラと揺らして、使用人達に突きつける。
ハッとしたように息を呑む彼らの前で、私は一歩前へ出た。
「先に言っておくが、『奥様の書いたもの』という言い分は通らないぞ。この書類を持ってきたのが、貴様らである以上な」
長話は好きじゃないのでしっかり退路を塞ぐと、ロルフがそれに加勢する。
「身の回りの世話はしないのに、予算引き上げの申請書類の提出だけきちんとこなすなんて不自然ですからね。それに、本当にラニット公爵家のことを思うならその書類の提出こそ止めるべきでしょうし」
「「「っ……」」」
別邸担当の使用人達はぐうの音も出ないようで、黙り込んだ。
焦りと不安を露わにしながら震える彼らの前で、私は申請書類をロルフへ渡す。
と同時に、剣の鞘から少しだけ刀身を出した。
「つまり、貴様らの忠誠心とは私の命令を無視して公爵夫人を虐げ、我が家の金を使い込むことなんだな?」
先程より数段低い声で問い、私はスッと目を細める。
「悪いが、私はそんな傍迷惑な忠誠心求めていない」
『不要だ』と宣言し、私は鞘から完全に剣を出した。
すると、別邸統括侍女が恐怖のあまり涙を流す。
「お、お許し……お許しください……今後はきちんと働きますし、お金だって返しますから……」
頭を抱え込む形で蹲り、別邸統括侍女は後ずさった。
剣を抜いたからかすっかり怯え切っている彼女を前に、私は自身の顎を撫でる。
「貴様らのような不穏分子をわざわざ、生かす理由がない。むしろ、見せしめとして殺した方がずっと有益だ。きっと新しく揃えた駒達は貴様らの末路を聞いて、誠心誠意レイチェル・プロテア・ラニットに仕えるだろうからな」
『人の振り見て我が振り直せ』という異国の諺を提示し、私は彼女の横へゆっくりと足を運んだ。
「新人教育の礎となれるんだ、これ以上名誉な死はないだろう。ラニット公爵家に忠誠を誓う貴様らなら、尚更」
『意義のある死であることを喜べ』と言い、私は別邸統括侍女の方へ向き直る。
手に持った剣を構えながら。
「さあ、その命を私に差し出せ。無論、拒否権はない」
淡々とした口調で死刑宣告を行い、私は剣を振り上げた。
その瞬間、ハッと息を呑む音と小さな悲鳴が木霊する。
誰もがもう決定は覆らないことを悟る中、一人の女が
「────お待ちください」
制止の声を上げた。
と同時に、私は身動きを止める。
「レイチェル・プロテア・ラニット、何のつもりだ?まさか、こいつらを庇うのか?」
声の主である妻に視線を向け、私は『お人好しにもほどがあるだろう』と呆れた。
なんせ、あちらは悪意を持って妻に接していたのだから。
その上、彼女の名前を使って散財までしている。
助ける価値があるとは、思えない。
温室育ちの娘だから、『世の中には、矯正出来ない悪人が居る』という事実を知らないのか?
人間話せば分かり合える、と本気で信じているアホじゃないよな?
『私の一番嫌いなタイプなんだが』と考えつつ、一先ず相手の反応を窺う。
別邸担当の使用人達も、じっと妻の様子を見守った。
祈るような……縋るような目を向けながら。
この場に張り詰めたような思い空気が流れる中、妻は小首を傾げる。
「いえ────彼らを庇う気はありません。どうぞ、お好きにしてください」
心底どうでもいいといった態度で、妻は使用人達の期待を裏切った。
サッと血の気が引いていく彼らを前に、妻は近くの棚に手を置く。
「ただ、ここで処刑するのはやめていただきたいだけです。私は人の死んだ部屋で生活出来るほど、神経が太くないので」
『あと、単純に人が死ぬところを見たくありません』と語り、妻は場所を変えるよう要請した。
と同時に、私は少しばかり目を細める。
面白い女だ、と思って。
自分の部屋を他人の血で汚されたくない気持ちは分かるが、この場面でそれを主張出来るやつはそうそう居ない。
私が相手なら、尚更。
『肝の据わった女だな』と感じつつ、私は剣を握り直した。
もう一度、振り上げるために。
「そうか。なら────本邸に行け」
「はい?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見つめ、妻は戸惑いを露わにする。
動揺のあまり目が点になる彼女の前で、私は剣を大きく振りかぶった。
「今日から、そこが貴様の家だ」
『よって、場所の変更はしない』と告げ、私は視界の端に金髪を捉える。
「おい、連れていけ」
妻を本邸まで案内するよう命じると、ロルフは困惑気味にこちらを見つめた。
『本当にいいのか?』とでも言うように。
なので小さく頷いてやれば、彼はようやく妻の方へ向き直る。
「奥様、こちらです」
そう言って出口へ促すロルフに、妻はおずおずと首を縦に振った。
かと思えば、おもむろに歩き出す。なんだか釈然としない様子で。
『一体、何がどうなっているの?』と思い悩みながらこの場を後にする彼女の前で、私は
「では、仕切り直しと行くか」
と、何の躊躇いもなく剣を振り下ろした。




