好みの変化《クラリス side》
────これはフィオーレ伯爵家の次期当主を志してから、しばらく経った頃の出来事。
私はラニット公爵の右腕だというロルフ・ルディ・バーナードに、呼び出された。
なんでも、相談したいことがあるとかなんとか。
本当はお父様やお母様も一緒に来てほしかったらしいけど、あいにく私しか予定が空いてなかったのよね。
『二人とも、この時期は忙しいから』と考えつつ、私は指定されたレストランでロルフ様と顔を合わせる。
と同時に、彼が頭を下げた。
「クラリス嬢。本日はお忙しいなか時間を作っていただき、ありがとうございます。改めまして、公爵様の秘書官であるロルフ・ルディ・バーナードです」
「ご丁寧にどうも。フィオーレ伯爵家の長女である、クラリス・アスチルベ・フィオーレです」
一応礼儀としてこちらも名乗り、私は居住まいを正す。
少しばかり表情を引き締めながら。
「それで、ご相談というのは?」
前振りとかムードとか気にせず本題を切り出す私に対し、ロルフ様は少し目を見開いた。
かと思えば、『話が早くて、助かります』と頬を緩める。
「端的に言うと────奥様の好みを教えてほしいんです」
「好み?」
反射的に聞き返すと、ロルフ様はコクリと頷く。
「ええ。実は今、奥様の誕生日プレゼントを選んでいる真っ最中でして……でも、特にめぼしいものが見つからず。公爵様の指示で、クラリス嬢からアドバイスを貰うことにしたんです」
「はあ……」
適当に相槌を打ちつつ、私は『そういえばもうすぐだったわね、レイチェルの誕生日』と思案した。
────と、ここでロルフ様が小さく肩を落とす。
「本来であれば公爵様自ら出向くべきなんですが、いかんせん忙しくて。僕が代理に」
『こんな形で協力を仰ぐことになってしまい、すみません』と謝るロルフ様に、私は首を横に振った。
当主教育を通して、貴族の大変さは理解しているため。
「とりあえず、事情は分かりました。レイチェルのためなら、喜んで協力します」
「ありがとうございます」
ロルフ様はホッとしたように表情を和らげ、胸を撫で下ろした。
『これで公爵様に怒られずに済む』と安堵する彼の前で、私は顎に手を当てる。
「ところで、プレゼントの条件や基準などはありますか?『これはNG』とかでもいいので」
「そうですね……強いて言うなら────安眠グッズ系は極力控えたいですね」
えっ?安眠グッズ?
聞き慣れない単語が耳を掠め、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
『言われなくても、そんなの提案しないけど……』と戸惑う私を前に、ロルフ様はこう言葉を続ける。
「もう定期的に買い与えているので、目新しさが足りないというか……特別感が薄いんですよ。まあ、確実に喜ばれる品物ではあるんですが」
はっ!?喜ばれるの!?しかも、確実に!?
衝撃のあまり目を白黒させ、私は口元を押さえた。
『レイチェル……公爵家に嫁いでから、好み変わった?』と本気で困惑し、視線をさまよわせる。
「……ごめんなさい、ロルフ様。私では、ちょっとお力になれないかもしれません」
「えっ?どうしてですか?」
「私の知っている情報が、今も有効か分からないからです」
『なので、他を当たった方が……』と意見する私に、ロルフ様は少し考え込むような素振りを見せた。
かと思えば、おもむろに顔を上げる。
「では、去年まで何をプレゼントしていたのか聞いてもいいですか?」
「ええ、構いませんが」
『参考になるかどうかは分かりませんよ?』と念を押してから、私は過去の記憶を手繰り寄せた。
「確か、去年は花型のネックレスで……その前は花の刺繍が施されたハンカチ。更に前は────」
レイチェルへの歴代プレゼントを全て挙げ、私は『こんなところですかね』と話を切り上げる。
と同時に、ロルフ様が少しばかり目を剥いた。
「花関連のプレゼントが、多いんですね」
「ええ、レイチェルも私もお父様とお母様の影響を受けて花好きなので……今はどうか分かりませんけど」
なんだか自信がなくて余計な一言を付け足すと、ロルフ様はすかさずこう言う。
「いや、今もきっと好きだと思いますよ。よく庭を散歩しますし、ちょっとした小物のデザインも花系統のものを選びますから」
「そう、ですか」
『昔と変わらないものもある』という事実に、私はちょっとだけホッとした。
自分の知らない妹が居ることに、僅かな寂しさを覚えていたから。
私って、結構レイチェルに依存していたのね。
今更ながらそのことに気づき、私は内心苦笑を漏らす。
『いい加減、妹離れしないとね』と思いながら。
どことなくしんみりした空気を放つ私を前に、ロルフ様は立ち上がった。
「それでは、貴重なお話ありがとうございました。参考にさせていただきます」
────と、お礼を言われた数ヶ月後。
結局、ラニット公爵は宝石で出来た一輪のバラをプレゼントしたらしい。
レイチェルから来た手紙に、そう書かれていた。
私は無難に花のブローチをプレゼントしたのだけど、喜んでくれたみたい。
『良かった』と頬を緩めつつ、私は手紙の文面から視線を上げる。
そして、レイチェルの誕生日を改めて祝福するのだった。