建国記念パーティー
「もちろん、険しい道のりになることは理解しているわ。でも、挑戦したい。それで、今度こそちゃんと誰かを救いたいの」
『人任せにするんじゃなくて』と話し、姉は少しばかり身を乗り出した。
どこか期待するような……縋るような目を向けてくる彼女の前で、私は口を開く。
「そうですか」
正直そこまで覚悟が決まっているなら、特に言うことはないため、私は相槌を打つに留めた。
『それに嫁いだ身の私が、どうこう言う話じゃないし』と考えていると、姉が小首を傾げる。
「……えっ?それだけ?」
「はい」
「さ、賛成とか反対とかないの?」
「ありません」
淡々とした口調で切り返す私に対し、姉はパチパチと瞬きを繰り返した。
かと思えば、少しばかり表情を曇らせる。
「そ、そう……」
こちらの返答に思うところがあるのか、姉は微妙な反応を示した。
途端に無口となる彼女の前で、私は頭を捻る。
いつものお姉様らしくないな、と思って。
「ごめんなさい。少し他人行儀すぎましたか?」
思い当たる節と言えばそれしかないので、私は『別に突き放した訳じゃないんです』と弁解した。
が、姉の表情は晴れない。
どこか思い詰めた様子で俯き、ゆらゆらと瞳を揺らした。
「ううん、違うの……そうじゃなくて……ただ、勝手にショックを受けているだけ」
どんどん声が小さくなっていく姉は、不安そうな素振りを見せる。
いつになく気弱な姿を晒す彼女に、私は目を白黒させた。
「ショック、ですか?じゃあ、やっぱり他人行儀な態度が……」
「いや、それは本当に関係ないわ」
「では、一体何故?」
さっぱり意味が分からなくて言及すると、姉は表情を強ばらせる。
「それは……」
どこか気まずそうに視線を逸らし、姉は押し黙った。
が、『このままじゃいけない』と思ったのか意を決したように顔を上げる。
「凄く身勝手で、情けない話なんだけど」
そう前置きしてから、姉はゆっくりと語り出した。
胸の内に隠した不安と本心を。
「────私、レイチェルに背中を押してもらいたかったの……当主となることを、肯定してほしかった。正直、自分の決断に自信が持てなかったから……」
緑の瞳に“迷い”を滲ませ、姉は自身の首裏へ手を回す。
「ほら、私って間違った正義を掲げて色々仕出かしたでしょう?それに人を見る目もないし……」
先日終身刑になった駆け落ち相手について言っているのか、姉は複雑な表情を浮かべた。
と同時に、小さく肩を落とす。
すっかり意気消沈している様子の彼女を前に、私はスッと目を細めた。
なるほど、度重なる失敗により自信喪失してしまったのね。
だから、『自分の決断は間違っていない』という保証が欲しいんだわ。
何かを選択するという行為にかなり抵抗感を持ってしまっている姉に、私は嘆息する。
これは私にも責任があるわね、と考えて。
彼女の正義を壊したのは、自分だから。
とはいえ、適当なことは言えない。姉が当主となることを目指しているなら、尚更。
「お姉様の話は分かりました。でも、やはり『そうですか』としか言えません。その決断が正しいかどうかは、私にも分からないので。ただ、一つ言えることがあるとすれば────」
そこで一度言葉を切り、私は真っ直ぐ前を見据えた。
「────当主となる選択を英断とするか、愚断とするかは今後の貴方次第です」
向かい側に居る姉を手で示し、私は姿勢を正す。
「だから、『間違いじゃなかった』と思えるような結果にしてください、お姉様」
『今するべきなのは悩むことじゃなくて、努力することだ』と告げ、私は穏やかに微笑む。
すると、姉は大きく息を呑んで目を見開いた。
緑の瞳に、僅かな光を宿しながら。
「……そっか、そうよね」
納得したように何度も頷き、姉は少しばかり表情を和らげる。
と同時に、席を立った。
「ありがとう、レイチェル。おかげで、迷いが吹き飛んだわ。私、自分の決断を後悔しないようにこれから頑張る」
グッと手を握り締め、姉は晴れやかな笑顔を見せる。
先程まで不安がっていたのが、嘘のように。
お姉様はこうじゃないと、ね。
まあ、話を聞かずに暴走されるのは困るけど。
でも、今のお姉様ならきっと大丈夫。そんな気がするわ。
不思議と肩の荷が降りたような感覚を覚えつつ、私は頬を緩めた。
と同時に、姉がこちらへ手を差し伸べる。
「長話に付き合わせて、悪かったわね。そろそろ、会場へ戻りましょう」
『パーティーの開始時刻まで、もう五分もないわ』と述べる姉に、私は小さく頷いた。
そして、彼女の手を取って立ち上がると、控え室を後にする。
『確か、こっちだったわね』と来た道を思い出しながら、会場へ戻った。
すると、直ぐに夫や両親と合流する。
どうやら、出入り口付近で私達のことを待っていたらしい。
「では、また後ほど」
「ああ」
父と夫は手短に挨拶を済ませ、それぞれ移動していく。
なので、我々女性陣も各々の家族のあとについていった。
────と、ここで衛兵が声を張り上げる。
「ご来場の皆様、静粛に願います!」
途端に静まり返る会場を前に、衛兵は背筋を伸ばした。
「────アヴニール帝国の小太陽であらせられるシャノン・ルス・アヴニール皇太子殿下と、アヴニール帝国の輝く星であるデニス・ターラー・アヴニール第二皇子殿下のご入場です!」
その言葉を合図に、観音開きの扉は開け放たれた。
と同時に、金髪翠眼の男性と赤髪碧眼の男性が姿を現す。
煌びやかな衣装に身を包む二人は、お辞儀する私達を尻目に歩き出した。
奥にある玉座を目指して。
場所が謁見の間だからか、春の祝賀会のときよりずっと緊張するわね。
などと考えていると、前を通り過ぎていった二つの足音が止んだ。
「楽にしてくれて、構わないよ」
聞き覚えのある優しい声に促され、私達は顔を上げる。
すると、玉座の前に立つシャノン皇太子殿下の姿が目に入った。
「アヴニール帝国を支える英雄達よ、今日は集まってくれてありがとう。共に国の誕生を祝えること、嬉しく思うよ。無事にまた一つ年を重ねられたのも、君達のおかげだ。こうやって、来年も一緒に歴史を紡いでいこう」
帝国の安寧を守り続けていきたい意向を示し、シャノン皇太子殿下は穏やかに微笑む。
会場に居る貴族達の顔を順番に眺めながら。
「それでは、心行くまでパーティーを楽しんでくれたまえ」