兄弟の絆《フェリクス side》
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────シャノン皇太子殿下に連れられるままラニット公爵家を後にした僕は、皇城の牢屋へ閉じ込められた。
と言っても、貴族仕様なので物凄く快適だが。
高級ホテルの一室と見間違えてしまうほどに。
でも、このような待遇を受けられるのは判決が下るまで。
今回の罪状からして、身分剥奪や労役は確実のため。
最悪、死刑だって有り得る。
備え付けのソファに腰を下ろしつつ、僕は強く手を握り締める。
このまま死ぬのは、あまりにも虚しくて。
『結局何も成せなかったどころか、お門違いのことをしていたのだから』と思い返し、嘆息した。
「だけど、身の程知らずの僕には似合いの末路かもしれないね……」
────と、呟いた数週間後。
ついに裁判が終わり、僕は終身刑を下された。
それも、身分剥奪や労役は一切なしという条件で。
破格にも、ほどがある……いや、普通の貴族同士のいざこざならこれくらいが妥当だけど、相手はラニット公爵家。
もっと重い罰を下されても、おかしくない。というか、それが普通。
『一体、何がどうなって……?』と混乱しながら、僕はすっかり住み慣れた牢屋を眺める。
まだここに居る事実を通し、本当に終身刑だけで終わったことを実感して。
『もしや、デニス皇子殿下が裏から手を回してくれたんだろうか』と思案する中、不意に金髪を目にした。
「────やあ、令息」
そう言って、檻越しにこちらを見下ろすのはシャノン皇太子殿下だった。
いつものようにニッコリ笑う彼は、スッと手を上げる。
すると、護衛達が一礼して少し離れた場所へ移動した。
「裁判、お疲れ様。終始毅然とした態度で、良かったよ」
『一人で心細かっただろうに』と言い、シャノン皇太子殿下は労をねぎらう。
と同時に、スッと目を細めた。
「そのおかげか、判決も比較的良心的だったし」
「……それだけで、あの判決はないと思います」
つい反論を口走る僕に対し、シャノン皇太子殿下は少しばかり目を剥く。
が、直ぐに元へ戻った。
「そうだね。君の言う通りだよ」
何か知っているのか、はたまたシャノン皇太子殿下が手を回した張本人なのか、同意する。
何の躊躇いもなく。
「シャノン皇太子殿下は何かご存知なのですか?」
この違和感のある判決をなかなか受け止められず、僕は思い切って質問を投げ掛けた。
おもむろに席を立ってあちらへ向き直る僕に対し、シャノン皇太子殿下は小さく肩を竦める。
「さあ、どうだろうね」
「はぐらかすおつもりですか?」
「クライアントに口止めされているんだよ」
暗に『一枚噛んでいる』と言ってのけ、シャノン皇太子殿下は苦笑を漏らした。
恐らく、これが今の彼に出来る精一杯の答えなのだろう。
クライアントの存在を匂わせたことから、多分シャノン皇太子殿下は協力者という立ち位置。
僕の刑を軽くしようと画策した人間では、ない。
ただ、シャノン皇太子殿下を動かせる人物なんて限られているから……自ずと候補は絞れる。
脳裏に銀髪赤眼の美丈夫を思い浮かべ、僕は額に手を当てる。
釈然としない気持ちを抱えながら。
「シャノン皇太子殿下、そのクライアントとは────兄さんのことですか?」
正直、心情的には有り得ないと思うものの……状況的にはそれが一番妥当なので、確認を取った。
が、シャノン皇太子殿下は
「そうかもしれないね」
と、曖昧に笑って誤魔化すだけ。
でも……だからこそ、クライアントは兄だと確信を持てた。
間違っているなら、即座に否定する筈のため。
「兄さんはどうして、僕のことを……」
お世辞にも良かったと言えない兄弟仲や自分の仕出かした罪を思い返し、僕は困惑する。
血も繋がっていない以上、こちらを助ける義理などないだろうから。
『もしかして、何かメリットでも?』と思案していると、シャノン皇太子殿下が自身の唇に人差し指を当てる。
「多分、君が────ラニット公爵の弟だからだよ」
ウィンクしてそう答えるシャノン皇太子殿下に、僕は大きく瞳を揺らした。
思わぬ意見に衝撃を受けてしまって。
「えっ?たった、それだけで?」
「ああ」
「僕は実の弟でもないのに?」
血縁関係がないことを指摘すると、シャノン皇太子殿下はおもむろに自身の顎を撫でた。
「恐らく、公爵にとって血が繋がっているかどうかはあんまり重要じゃなかったんだよ。大事なのは、君と過ごした時間や思い出。あとは戸籍かな?一応、書類上は君達兄弟だから」
「いや、それは表面的なもので……」
「表面的でも、何でも────公爵にとって、君は弟という存在なんだよ。少なくとも、彼はそう判断したから君を守り、助け、受け入れた」
『この結果が、何より公爵の気持ちを物語っている』と述べ、シャノン皇太子殿下は真っ直ぐこちらを見据える。
どこか凛とした表情を浮かべながら。
思わず怯んでしまう僕を前に、彼は不意に目元を和らげた。
「まあ、あくまでラニット公爵がクライアントならの話だけどね」
『本当のところは分からないよ』と言い、シャノン皇太子殿下はとぼける。
────と、ここで離れた場所に居た護衛が
「そろそろお時間です、シャノン皇太子殿下」
と、声を掛けた。
ゆっくりとこちらへ向かってくる護衛達を前に、シャノン皇太子殿下は少しばかり目を剥く。
「おっと、もう時間切れみたいだね」
『残念』と肩を竦め、シャノン皇太子殿下は後ろで手を組んだ。
「では、失礼するよ。雑談に付き合ってくれて、ありがとう」
ふわりと柔らかく微笑んで小さく手を振り、シャノン皇太子殿下は踵を返す。
あっという間に遠ざかっていく足音を前に、僕は天井を見上げた。
シャノン皇太子殿下の話は正直、信じられない……けど、もしそうなら────
「────いい弟になろう、これからは」
『この恩に報いるためにも』と考え、僕は表情を引き締める。
と同時に、自身の手のひらを見つめた。
もちろん、今更仲良し兄弟ごっこが出来るとは思っていない。
過去の失態を取り返せるとも。
だけど、今の僕に出来る最大の償いはそれしかないから。
強く手を握り締め、僕は今後のことに目を向ける。
これまでの行いを反省しながら。
『許される日はきっと来ないだろうけど、それでも変わろう』と心に決め、僕は顔を上げた。