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案外悪くない

「それでは、これからよろしくお願いします」


 全くよろしくする気などなさそうな態度でそう言い、ロベリアは踵を返す。

他の者達もそれに続き、さっさとこの場を去っていった。


 結局、一度も私に頭を下げなかったわね。余程、甘く見られているみたい。


 一人部屋に取り残された私は、これから始まる日々に不安を抱く。

『上手くやっていけるだろうか』と悩みつつ、自身の手を見下ろした。

と同時に、まだウェディングドレス姿のままだと気づく。


 早く着替えないと、初夜が……あぁ、でも旦那様は来ないかもしれない。

結婚式すら、まともにやらなかったのだから。

とはいえ、このままという訳にも……。


 ドレッサーの上に置かれたベルを見やり、私は立ち上がった。

が、結局ソレを取りに行くことはなく……自分でクローゼットを開ける。

だって、きっと使用人を呼んでも来てくれないだろうから。

先程の態度を思い出し、私は小さく(かぶり)を振る。

そして、実家から持ってきたドレスを一つ手に取ると、ウェディングドレスに手を掛けた。


 ……やっぱり、一人で着替えるのは無理があるわね。

でも、やらなきゃ。


 『ここに味方は居ないのだから』と自分に言い聞かせ、私は何とか服を着替える。


「さすがに満身創痍ね……早く休みたい……けど、念のため起きておかないと」


 『もし、旦那様が来たら』と考え、私はベッドに腰掛けて夜明けを待つ。

間違っても寝ないよう、幾度となく自分の腕や太ももを(つね)ること数時間……ようやく朝を迎えた。

と同時に、眠った。それはもう気絶するかの如く。

これまでの過労と睡眠不足もあって、本当に限界だったため。

────なので、私が目覚めたのは丸一日経過したあとだった。


「さすがに寝過ぎたわね……でも」


 そこで一度言葉を切り、私はベッドから身を起こす。


「頭の中が、凄くスッキリしている」


 昨日までは疲労のせいか、思考が霞むような感覚を覚えていたものの、今はとても快調だった。

何とも言えない爽快感と解放感に包まれつつ、私はベッドから降りる。


「あら、体も軽いわ」


 『寝たおかげで、体調が回復したのね』と思いながら、私はクローゼットへ駆け寄った。

そこで適当にドレスを選ぶと、昨日と同じように着替える。


 さてと、早く仕事に戻らなきゃ。丸一日、眠っていたことでまたかなり書類が溜まって……


「────って、もう私はラニット公爵家の人間だから関係ないのか」


 姉の問題行動の対応に追われる両親に代わり、領地経営や屋敷の管理を行うようになって早数年……私にも、羽を休める時が来たようだ。

まあ、公爵夫人の仕事を任せられる可能性があるので、のんびり過ごすことは出来ないかもしれないが。

でも、現段階で重要な案件を押し付けられることはないだろう。

『せいぜい、書類整理くらいじゃないかしら?』と考えつつ、私はソファへ腰を下ろす。


 何もすることがない……これって、とっても────素晴らしいわね。

だって、時間に追われることも姉の問題行動に頭を悩ませることもないのだから。


 忙しなく過ぎていった実家での日々を思い返し、私は『ふふっ』と笑みを漏らした。

だって、あまりにも違いすぎて。


 昨日まではこの婚姻を少し後悔していたけど、案外悪くないかもしれない。

冷遇こそされているものの、直接的な暴力や嫌がらせはないし。

身の回りのことさえ自分で出来るようになれば、天国なのでは?


 『慣れるまで大変だろうけど、仕事より楽な筈』と思い、私は表情を和らげた。

これから始まる楽しい生活に、思いを馳せて。


「まずは料理でも練習してみようかしら?」


 『ちょうど、朝食にしようと思っていたところだし』と考え、私は席を立つ。

上機嫌で廊下へ出た私は、厨房を目指して歩き出した。

と言っても、どこにあるか知らないが。

『でも、探検みたいで楽しい』と浮かれながら、私は屋敷内を見て回る。

その際、仕事をサボっている使用人を何人か見掛けたものの……スルーした。

どうせ、何を言ったって変わらないだろうから。

『関わるだけ、時間の無駄』と捉える中、お目当ての部屋を見つける。


「人は……居ないみたいね」


 『良かった』と胸を撫で下ろし、私は厨房へ足を踏み入れた。

食材や調理道具が並べられた棚を見据え、顎に手を当てる。


 とりあえずその場の勢いで来てしまったけど、調理って具体的に何をすればいいのかしら?


 当然ながらこれまで料理したことなどない私は、コテリと首を傾げた。

が、直ぐに気持ちを切り替える。


「まあ、百聞は一見に如かずよね」


 『煮るなり焼くなりすれば、衛生面は問題ないでしょう』と考え、私は適当に食材を手に取った。

と同時に、火をつける。

『さすがにこのまま焼いたら、火傷するか』と思い、フォークを突き刺した。

あとは、取っ手部分を掴んで火で炙るだけ。


「ところで、これ何分くらい火を通せばいいの?」


 早くも焦げてきた食材を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

『一旦、味見してみようかな』と思案しつつ、火を止めた。

そして、食材を齧る。


「……苦い」


 やはり焼き過ぎたのか、炭の味しかしなかった。

『頑張れば、一応食べられるけど……』と苦悩し、口元を押さえる。


「ここから……ここからよ。失敗は成功までの過程と言うじゃない。つまり、私はまだ成長出来る」


 自分でもよく分からない言い分を口走り、私は炭味の食材を平らげた。

『お昼では、必ず美味しい料理を作ってみせる!』と闘志を燃やして。


「さあ、次はお風呂よ」


 ────と、意気込んだはいいものの……案の定、失敗だらけだった。

というか、転倒しすぎて成否を考える余地などなかった。

他の家事も、そう。

洗濯では目に泡が入って散々だったし、掃除ではバケツの水を零して大変だった。

でも────


「────凄く楽しかったな」


 『初めてのことばかりで新鮮だった』というのもあるが、自分中心で生活出来るのが何より幸せだった。

ここへ嫁ぐ前はそんなの許されなかったから、余計に。

『自分のペースで過ごせることが、これほど素晴らしいとは』と感心しつつ、私は目を瞑る。

と同時に、程よい疲労感と充実感に身を委ね、眠りについた。


 ────それからというもの、私は自分の思うままに暮らした。

もちろん楽ではなかったものの、数ヶ月も経てば生活サイクルというものが出来上がる。

家事にだんだん慣れてきたこともあり、最近は裁縫や読書に時間を費やせた。

『ずっと、このままでもいいかもしれない』なんて思いながら、私はのんびり昼寝する。

そんな時、


「────レイチェル・プロテア・ラニット、貴様に話がある」


 夫のヘレス・ノーチェ・ラニットが、ノックもなしに部屋へ現れた。

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