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23/50

夫の帰宅

◇◆◇◆


「────という訳で、クラリス嬢の駆け落ちもラニット公爵家への訪問も全部こちらの仕組んだものだったんだ」


 姉に関する暴露を次々と行った義弟は、『これで誘拐だと信じてもらえるかな?』と問う。

こちらの反応を窺うかのようにじっと見つめてくる彼を前に、私は唇を引き結んだ。


 正直、初耳のことばかりで混乱しているけど……嘘はない、と思う。

だって、そう考えれば駆け落ち中の足取りを掴めなかったことや、実家の目を掻い潜って公爵家へ来れたことに説明がつくもの。


 これまでの疑問や違和感を振り返り、私は額に手を当てる。

姉の家出を勝手に誘拐と偽っている、という線が薄くなってきていることを感じて。

『少なくとも、フェリクス様の言い分を無視は出来ない』と思案する中、義弟はチラリと掛け時計を見た。


「さて、話を元に戻すけど」


 そう宣言してから、義弟は少しばかり身を乗り出した。


「クラリス・アスチルベ・フィオーレ伯爵令嬢を助けたいなら、ここで兄さんに離婚を言い渡してほしい」


 『もうすぐ、帰ってくる頃だろうから』と補足しつつ、義弟は椅子の肘掛けに少し寄り掛かる。


「あとは、僕の話に合わせてくれればいいよ」


 時間がないからか、それともこちらに考える隙を与えたくないのか、義弟はかなり雑な指示を出してきた。

『説明、たったのそれだけ?』と戸惑う私を前に、彼はトントンと人差し指で肘掛けを叩く。


「まあ、やりたくないならそれでも構わないけどね。一人の罪なき人間が、命を落とすだけさ」


「……やります。なので、お姉様には手を出さないでください」


 『お願いします』と言って頭を下げ、私はそっと目を伏せた。

血は争えないな、と思いながら。


 恋に生きるため駆け落ちした姉と今の私は、何も変わらない。

私情で旦那様を……周囲を振り回しているのは、一緒だから。

でも、こればかりはどうしても譲れない。

だって、お姉様は私の大切な人だもの。死なせたくない。


 いつも自分勝手だが、一生懸命で正義感の強い姉を思い浮かべ、私は胸元を握り締める。

────と、ここで勢いよく扉を開け放たれた。


「フェリクス・イミタシオン・ラニット、第二皇子の代理とはいえ、事前に何の連絡もなく訪れて居座るとはどういう了見だ」


 そう言って、応接室に足を踏み入れたのは他の誰でもない夫だった。

眉間に深い皺を刻み込む彼は、秘書のロルフを伴ってこちらへ向かってくる。

どこか物々しい雰囲気を放つ彼を前に、義弟は席を立った。


「悪かったよ、兄さん。でも、急ぎの用件だったからさ」


 『しょうがなかったんだ』と弁解する義弟に、夫は冷めた目を向ける。

白々しいな、とでも言うように。


「……まあ、いい。抗議は後できっちり、やっておく。無論、第二皇子の方にな」


 『今回は口先だけの謝罪程度じゃ、済まさない』と告げ、夫はおもむろに足を止めた。

かと思えば、こちらへ手を差し伸べる。


「レイチェルはもう部屋に戻れ。あとのことは、こっちで処理する」


 『ほら、立て』と指示する夫に、私は反射的に頷きそうになった。

が、義弟の目配せに気づいて身動きを止める。

と同時に、唇を強く噛み締めた。


 早く言わないと……今ここでハッキリと。


 『お姉様の命が懸かっているんだから』と自分に言い聞かせ、私は小さく深呼吸する。

速くなる鼓動を少しでも鎮めるために。


「あの、旦那様。お話があります」


 少し掠れた声でそう言い、私はゆっくりと顔を上げた。

いつも通りの表情を意識する私の前で、夫はおもむろに手を下ろす。


「なんだ?」


 一先ず用件を聞こうとする夫に対し、私はゆらゆらと瞳を揺らした。

この言葉を言ってしまえば、もう元の関係には戻れないことを考えて。

『こうやって、目を見て話すこともなくなるかもしれない』と思いつつ、私は席を立つ。

と同時に、深々と頭を下げた。


「────私と離婚してください」


「「!?」」


 夫とロルフは僅かに目を見開き、こちらを凝視した。

居心地悪くて身を竦める私の前で、二人は頭を捻る。


「何故だ?」


「何か気に入らないことでも、ありましたか?」


 夫もロルフも怒鳴ったり喚いたりせず、努めて冷静に対応した。

もっと荒々しい反応を予想していたこちらとしては、拍子抜けである。


 多分、二人とも『理由なく、こんなことを言う人間じゃない』と私を信じてくれているのね。

だから、まずは話し合いを持ち掛けてくれた。


 歩み寄る姿勢すら見える夫とロルフを前に、私は罪悪感を募らせる。

────と、ここで義弟が片手を挙げた。


「ちょっと、二人とも。そんなに詰め寄ったら、義姉さんが怖がるよ。いきなり離婚を言い渡されて動揺しているのは分かるけど、落ち着いて」


 私達の間に割って入り、義弟は顔だけこちらに向ける。

心配で堪らない、といった表情を浮かべながら。


「義姉さん、大丈夫?」


「は、はい……」


「本当に?手が震えているよ?やっぱり、怖いんじゃない?」


 『大丈夫じゃない』という(てい)で話を進めたいのか、義弟は半ば捲し立てるように言葉を紡いだ。

かと思えば、少し考え込む素振りを見せてからこう言う。


「良かったら、僕のところにおいでよ。兄さんも居なくて、安全だから」


 『ここに残ったら、何をされるか分からない』と主張し、義弟はじっとこちらを見つめた。

首を縦に振るよう無言で圧力を掛けてくる彼に、私はそっと眉尻を下げる。

こちらの逃げ道を徹底的に塞ぐ気だ、と悟って。


 まあ、ここに残したら旦那様やロルフと結託するかもしれないかものね。

監視するため自分の手元に置いておきたい、と思うのが当然だわ。


 反抗する隙など与えない徹底ぶりに、私は嘆息した。

夫側に事情を打ち明けて頼れたら、と思わなくはなかったから。

『完全にフェリクス様の言いなりとなるしか、なさそう』と考えつつ、私は口を開く。


「……是非お願いします」

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うわぁ、ドアマット……
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