第二プラン《フェリクス side》
◇◆◇◆
────義姉との再会から、早一ヶ月。
今のところ、特に音沙汰はない。
まだ決断を渋っているだけなら別にいいが、もし残留を選んだのなら少々面倒なことになる。
こちらの目的を果たすためには、何としてでも二人を離婚させないといけないから。
『このままじゃ、兄さんを当主の座から引き摺り下ろすことが出来ない』と悩む僕は、唇を引き結ぶ。
どうする?もう一度、接触するか?でも、そのためには殿下の協力が……。
などと考えていると、部屋の扉をノックされた。
「────フェリクス様、第二皇子殿下がお見えです」
扉越しに聞こえてくる使用人の声に、僕はピクッと反応を示す。
と同時に、顔を上げた。
「お通しして」
『ちょうどいいところに来てくれた』と思いつつ、僕は連れてくるよう指示。
すると、間もなくして赤髪碧眼の男性が姿を現した。
「久方ぶりだな、フェリクス」
長い赤髪をしゃなりと揺らして中に入るデニス皇子殿下は、近くのソファへ腰を下ろす。
『ご無沙汰しております』と返事する僕を前に、彼は両腕を組んだ。
「ラニット公爵夫人の件はどうなった?」
挨拶もそこそこに早速本題へ入り、デニス皇子殿下はじっとこちらを見つめる。
どことなく圧を感じる視線に、僕は内心苦笑を漏らした。
『かなり長い付き合いだけど、この目だけはどうしても慣れないな』と思って。
「残念ながら、進展はありません」
成否も分からない状況であることを告げると、デニス皇子殿下は一瞬無言になる。
が、すぐ気を取り直したかのように顔を上げた。
「そうか。ならば────第二プランに移行しよう」
「!」
ハッと小さく息を呑み、僕は思わず表情を硬くする。
というのも、第二プランの内容が────端的に言うと、脅迫だから。
極力手荒な真似をしたくないこちらとしては、取りたくない手段だ。
『まあ、第三プランの暗殺に比べればまだマシだけど……』と悩みつつ、僕は手を上げる。
「待ってください。あちらの出方を窺ってから、今後の方針を立てるべきでは?」
『あまりにも性急すぎる』と反発する僕に対し、デニス皇子殿下は厳しい目を向けた。
「それだと、遅すぎる」
『後手に回るだけだ』と言い、デニス皇子殿下は顎に手を当てる。
と同時に、天井を見上げた。
「私達には、もう時間がない。フェリクスも、それは分かっているだろう?」
……ええ、もちろん。
僕の宿敵である兄さんは着実に地盤を固め、デニス皇子殿下の政敵である────シャノン皇太子殿下は即位間近なのだから。
僕ら弟が兄の地位を奪い取るチャンスは、今しかない。
「完全に手出し出来ない状態となる前に、行動しなければ。多少強引な手を使ってでも。フェリクスの敗北は私の敗北にも繋がるのだから」
『お前だけの問題じゃない』と告げ、デニス皇子殿下は青い瞳に僅かな焦りを滲ませる。
まず僕を当主にしないと、何も始まらないからだろう。
ラニット公爵家という後ろ盾を得られないことには、シャノン皇太子殿下と張り合えないため。
ほぼ勝敗が決したような皇位継承権争いで、形勢逆転を狙うなど夢のまた夢。
だからこそ、デニス皇子殿下はこれまでさんざん僕に協力してくれた。
『互いの野望を叶えるための協力は、惜しまないこと』という約束を忠実に守って。
「第一、あちらの出方を窺ったとして心情や思惑を正確に把握出来るとは限らない。上手に欺かれたり、胸の内を隠されたりする可能性がある」
『そんなリスクを背負ってまで、やる必要があるのか』と問うデニス皇子殿下に、僕は何も言えなかった。
まさにその通りだな、と思ったから。
義姉さんの性格からして、こちらを欺くことはないだろうけど……胸の内を隠すくらいは、やりそうだ。
控えめで大人しいものの、決して弱い女性なんかじゃない義姉に、僕は内心溜め息を漏らす。
『本当に兄さんには、勿体ない人だよ』と思案しつつ、前髪を掻き上げた。
「────分かりました。第二プランへ移行しましょう」
ようやく腹を括った僕は、第一プランの懐柔を諦める。
と同時に、僅かだが残っていた良心を捨て去った。