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前公爵夫妻の死の謎

「────特に理由もなく(・・・・・・・)、前公爵夫妻を……僕の両親を殺したんだから」


 テーブルに頬杖をつき、義弟は淀んだ目でこちらを見つめる。

思わず表情を硬くする私の前で、彼はおもむろに手を組んだ。


「言っておくけど、私生児ゆえに虐げられて復讐という線はないよ。父さんも母さんも、兄さんのことを可愛がっていたらしいから。そもそも、本妻ではない子供を作ろうとしたのも、ラニット公爵家の跡継ぎ問題を解決するためだったしね」


 『母さん公認で出来た子』と主張し、義弟は空を見上げる。


「あんまり大きな声では言えないけど、僕の母さんは子供の出来にくい体質でさ。一応、ストックを用意しようって話になったみたいなんだ。だから、二人とも兄さんに対して悪感情は持ってなかった。まあ、僕が生まれてからは多少邪魔に思っていたかもしれないけど」


 小さく肩を竦めてそう語り、義弟はこちらへ視線を戻した。


「でも、殺された時期は僕が生まれて間もない頃だから、復讐心を抱くようになるまで追い詰める暇なんてなかった筈だよ。何より────兄さん自身が、『前公爵夫妻には、良くしてもらった』と証言している」


 トントンと指先でテーブルを叩きつつ、義弟はベンチの背もたれに寄り掛かる。

言動の端々に複雑な感情を露わにしながら。


「そうなると、残る動機は次期当主の座(自分の存在意義)を守るための保身に絞られる。けれど、もしそうなら僕も……いや、僕こそ殺さないとおかしい。よって、導き出される結論は────特に理由はない、なんだよ」


 ややピンク寄りの赤い瞳に憤怒と憎悪を宿し、義弟は強く手を握り締めた。

どこか物々しい雰囲気を醸し出す彼は、眉間に深い皺を刻む。


「だから、変に出しゃばったり兄さんの行動を妨げたりしなければ安全なんてことはない。義姉さんはもうちょっと危機感を持った方が、いい」


 真剣味を帯びた声色で再度忠告し、義弟は手を組んだ。

おもむろに背筋を伸ばす彼の前で、私はそっと目を伏せる。


「とりあえず、お話は分かりました。一度、よく考えてみます」


 正直まだ混乱しているため、私は『自分の考えが変わった』とも『絶対に意思を曲げない』とも言えなかった。

とにかく情報を整理する時間が必要だと判断する中、私はふと視線を上げる。


「ところで、何故そんなに事件のことにお詳しいんですか?フェリクス様は当時、赤子だったんですよね?」


「色々ツテを使って、調べたんだよ。あとは本人に聞いたり、ね。まあ、ほとんど何も教えてくれなかったけど」


 『基本、ずっと黙り』だと語り、義弟は不満を露わにした。

────と、ここで『奥様〜!』と私を呼ぶ声が聞こえてくる。

恐らく、専属侍女のベロニカあたりだろう。


「そろそろ、時間切れみたいだね。二人で居るところを見られたらお互い面倒だろうし、僕は行くよ」


 そう言うが早いか、義弟は席を立った。

声のした方向とは真逆へ足を向け、さっさと立ち去ろうとする。

が、こちらの視界から消える直前……彼は一瞬だけ足を止めた。


「もし、兄さんの傍に居るのが苦痛になったら……離婚したくなったら、いつでも連絡して。力になるよ」


 『僕は義姉さんの味方だ』と告げ、義弟は今度こそこの場を後にする。

と同時に、私は大きく息を吐いた。

『ただ単に“離婚しろ”と迫るのではなく、協力までしてくれるのか……』と考えながら。

思った以上に義弟が本気であることを悟る中、ベロニカが姿を現す。


「ここにいらっしゃったんですね、奥様!」


 『探しましたよ〜!』と言い、ベロニカは肩の力を抜いた。


「なかなかお戻りにならないので、心配しました!」


「ごめんなさい。花を眺めながら、ちょっとボーッとしていたの」


 義弟との接触は一先ず伏せて会話し、私はベンチから立ち上がる。

その際、腰まであるピンク髪がサラリと揺れた。


「日差しも強くなってきたし、今日はもう部屋に戻るわ」


 ────と、宣言した数時間後。

私は自室のベッドに寝転がって、ひたすら義弟の話を脳内で反芻していた。

悶々とした気持ちを抱えながら。


 実を言うと、旦那様が前公爵夫妻を殺したかもしれない話は何度か耳にしていた。

だって、噂好きの貴族達が口を揃えてそう言うんだもの。

公には、『突然死』としか明かされていないのに。


 まあ、夫婦が同じ日に命を落として私生児が爵位を継いだなら、色々勘繰りたくなる気持ちも分かるけど。

でも、旦那様は皇室の調査も入った上で白だと判断された。

もし、黒なら迷わず死刑を言い渡されていた筈だから。

なので、今まで『所詮、噂に過ぎない』と思って気にしてなかったけど……


「……義弟のフェリクス様まで、真相を知らされていないのはどうも引っ掛かる」


 口元に手を当てて思い悩み、私は天井を見上げた。


 フェリクス様はもう立派な大人で、一応事件の関係者。

真相を伝えても、問題ない人物だと思う。

それなのに、旦那様はずっと沈黙を貫いている……あと、皇室も。

通常なら、調査結果を公表する筈なのに前公爵夫妻の件については調査終了だけ告げて、詳細を明かさなかったようだから。


 『それもあって、噂に拍車が掛かったのよね』と思い返し、私はスッと目を細める。

何か不都合な事実でもあったのだろう、と考えて。

皇室もただでは済まない案件となると、恐らく前公爵夫人関連……彼女は皇帝陛下の妹だから。

もう他家に嫁いだ身と言えど、皇族であることは変わらない。

『血筋とは、一生ついて回るもの』と思案しつつ、私は嘆息する。


「……もし、そうだとしたらフェリクス様の言い分もちょっと否定出来なくなるわね」


 不都合な事実を隠したい皇室と、自分の罪を無かったことにしたい夫による取り引き。

この可能性を視野に入れれば、事情はかなり変わってくる。

でも────


「────やっぱり、旦那様が特に理由もなく人の命を奪うとは思えない」


 理屈も何もない、単なる勘だ。あるいは、夫への信頼。

そんな不確かなものを当てにするなんて実に馬鹿げているが、私は義弟の仮説を否定する方に懸けてみたくなった。


「とはいえ、一抹の不安はある」


 『何か安心出来る材料が、欲しい』と考え、私は胸元を握り締める。


「だから、本人に聞きに行ってみましょう」


 『素直に答えてくれるかは分からないけど』と思いつつ、私は身を起こした。

と同時に、ベッドを降りて部屋から出ていく。

目指すは、夫の執務室である。


 デニス皇子殿下は一時間ほど前に帰ったらしいから、多分もう書類仕事を再開している筈。


 などと考えながら、私は廊下を突き進んだ。

すると、向こうの曲がり角からロルフが姿を現す。


「おや?奥様では、ありませんか。珍しいですね、この時間帯に出歩くなんて」


 『いつもはお部屋で過ごしているのに』と言い、ロルフはゆっくりと足を止めた。

彼も執務室へ行く途中だったのか、小脇には何かの資料が。


「旦那様にちょっと用があって。今、お忙しいでしょうか?」


 一日の大半を夫と過ごしているロルフなら、スケジュールも把握しているだろうと思い、確認する。

もし多忙なら日を改めよう、と考えて。

『さすがにこちらの事情で振り回すのは、忍びない』と思案していると、ロルフが口を開いた。


「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、今は執務室じゃなくて訓練場の方に居まして」


 『別邸とは、逆の方向にある建物です』と補足するロルフに、私は相槌を打つ。


「そうだったんですね。教えていただき、ありがとうございます」


 『訓練場の方に行ってみます』と言い残し、私はクルリと身を翻した。

一応待つという選択肢もあるが、出来るだけ早く真相を確かめたかったので。

『そしたら、考えもまとまる筈』と思いつつ、私は歩を進めた。

そして、訓練場に辿り着くと、開けっ放しの扉から中を覗く。


 何もないところね。天井が物凄く高いこととだだっ広いことを除けば、広間とあまり変わらない造りだわ。


 訓練場に来るのは初めて来たので、ついまじまじと見つめてしまう私は少し目を凝らす。

夫を探すために。


「────あっ、居た」

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― 新着の感想 ―
義弟君は結論がぶっ飛びすぎでしょ。自分の感情から兄を悪く取りたくて無理矢理、理屈をこねたようにしか見えないわ。
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