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帰還と突撃《クラリス side》

◇◆◇◆


 ────時は少し遡り、実家に戻る数日前。

私は潜伏先のホテルで、いつものように朝食を摂っていた。


 はぁ……退屈ね。ここ最近、ずっと部屋に籠っているから。しかも、一人で。

あの人(・・・)は外出ばかりしているのに。


 『私だけお留守番なんて、狡い』と思いつつ、パンをちぎる。

でも、イマイチ食欲が湧かなくて直ぐに皿へ戻した。

『いつまでコソコソ暮らさなきゃ、いけないのかしら?』と溜め息を零す中、部屋の扉が開く。

そして、現れたのは赤髪の男性だった。


「────ウィル」


 反射的に名前を呼ぶと、彼は黄緑色の瞳をうんと細めて笑う。


「クラリス、ただいま」


 片手を上げてこちらに近づいてくる彼は、私の恋人であるさすらいの騎士だった。

泣きボクロがよく似合っていて、両耳にイヤリングをつけている。

また、顔立ちは中性的だった。


「おかえり。今日は早かったわね」


 最近は深夜まで帰ってこないことが多かったため、私は少しだけ嬉しくなる。

やっぱり、愛する人との時間は格別だから。

『あと、一人だとつまらないし』と思案する私の前で、ウィルはそっと眉尻を下げた。


「今まで寂しい思いをさせてごめんね、クラリス。実はとある情報の裏取りをしていてさ」


「裏取り?」


「ああ。確証のない状態で、君には話せなかったから」


 どことなく暗い面持ちで俯き、ウィルは懐へ手を入れる。

と同時に、顔を上げた。


「落ち着いて、聞いてほしい。君の妹が────ヘレス・ノーチェ・ラニットと結婚した」


 そう言うが早いか、ウィルは懐から新聞を取り出した。

かなり前に発行したものと思われるソレを前に、私は呆然と立ち尽くす。

『ヘレス・ノーチェ・ラニット公爵とレイチェル・プロテア・フィオーレ伯爵令嬢が結婚!』と書かれた記事を凝視しながら。

頭の中が真っ白になるような……沸騰するような感覚を覚えつつ、ゆらゆらと瞳を揺らした。


「な、何で……!」


 ヘレス・ノーチェ・ラニットの悪評は聞き及んでいたため、私は酷く狼狽える。

もし、妹に何かあったらと思うと気が気じゃなくて。

焦りなのか怒りなのかよく分からない感情が渦巻き、私は歯を食いしばった。


「そんなの絶対におかしいわ!お父様とお母様は一体、何を考えているの!?」


 バンッとテーブルを叩いて立ち上がり、私は椅子に掛けてあったローブを羽織る。

と同時に、扉の方へ足を向けた。


「私、話をしに行ってくる!」


 妹の一大事ということで居ても立ってもいられず、私は部屋を飛び出す。

後ろからウィルに呼び止められたような気がするが……気にせず、歩を進めた。

そして、実家に直行すると、早速両親に抗議を行う。


「何故、レイチェルをあんな男の元へ嫁がせたんですか!」


 人目も憚らず両親に詰め寄り、私は思い切り目を吊り上げた。

すると、父は目を白黒させる。


「なっ……!?あんな男とは、なんだ……!」


「帰ってきて、一番に言うことがそれなの!?」


 『もっと他にあるでしょう!』と叱り、母は私の肩を掴んだ。

爪が食い込むほど、強く。

いつも温和で、人を傷つけることなんてないのに。


「私達、ずっと貴方のことを心配していたのよ!?今まで、どこに行っていたの!?」


 怒ったような……でも泣きそうな声で責め立て、母は顔を歪めた。

珍しく感情をぶつけてくる彼女の前で、私は一瞬怯む。

が、エントランスに飾られた家族の絵画を見て奮起した。

大切な妹をあんな男のところに置いておく訳にはいかない、と。


「話を逸らさないでください!何でレイチェルをあそこへ嫁がせたんですか!」


 『私のことは今、どうでもいい!』と主張し、話を元へ戻す。

と同時に、母が何か文句を言おうとするものの……それよりも早く、父が口を開いた。


「先方からの要請だ。レイチェルも承知の上で、結婚している。だから、この件ではもう騒がないでくれ。レイチェルの立場を思うなら、尚更」


 『我々が手を出しても、今より良くなることはない』と告げ、父はそっと目を伏せる。

どこか思い詰めたような表情を浮かべる彼の前で、私は奥歯を噛み締めた。

まるで、レイチェルを心配する気持ちが否定されたような気がして。


「なに、それ……!不幸になるレイチェルを黙って見ていろ、と言うのですか!?」


 感情のままに怒鳴り散らし、私は肩に載ったままの母の手を払い除ける。


「もういいです!私があの男と直接、話をつけてきます!」


 『お父様達と話していても、埒が明かない!』と判断し、私は踵を返す。

────が、母に腕を掴まれ、父に行く手を阻まれ、使用人に玄関の扉を閉ざされ……私は家を出られなかった。

『ちょっ……何を!』と喚く私を前に、父は顔を上げる。


「クラリス、しばらく部屋で頭を冷やしなさい」


 いつになく硬い声色で謹慎を命じ、父は使用人達に目配せする。

と同時に、私は自室へ引っ張って行かれた。

もちろん抵抗したが、大人……それも複数人の力に敵う筈もなく、あっという間に閉じ込められる。

ガチャンと鍵を施錠する音が鳴り響く中、私は目を白黒させた。

まさか、このような扱いを受けるとは思ってなかったので。


 今までこんな強引な手段に出ることは、一度もなかった……叱られたり、泣かれたりはしょっちゅうだったけど。

でも、自由を奪うような真似はしなかった。それなのに……。


 自分の知らない面が見えてきて戸惑い、私は唇を強く引き結ぶ。

『これも全部、あの男のせい』と考えながら。


「お父様、お母様、お願い!開けて!私はただ、レイチェルの身を案じているだけなんです!だって、あの男は簡単に人の命を奪うろくでもない人間なんですよ!?身内すら、手に掛けていると聞きます!だから、レイチェルだっていつどうなるか分かりません!」


 『今からでも二人を引き離すべきです!』と訴え、私は扉を強く叩いた。

が、返ってくるのは冷たい沈黙だけ……。


 どうしよう……!こんなところで、時間を取られる訳にはいかないのに!


 『こうしている間にも、レイチェルが……!』と思案し、私は室内を見回す。

どうにかして、外に出られないか?と思って。

『ここは二階だから、飛び降りる訳にもいかないし……』と考え込んでいると、不意に窓をノックされた。


「────やあ、クラリス」


 そう言って、ガラス越しにこちらを見つめるのは恋人のウィル。

ヒラヒラと手を振って笑う彼を前に、私は一瞬放心した。


「な、何でここに……?」


「心配になって、一応様子を見に来たんだよ」


 『まさか、閉じ込められているとは思わなかったけど』と肩を竦め、ウィルは指先で窓を突く。


「どんな話し合いが成されたのかは分からないけど、この状況を見る限り上手く行かなかったみたいだね」


「ええ、残念ながら……」


 取り付く島もなかった両親のことを思い出し、私は嘆息する。

そして、ウィルの方へ近づくと、窓を開けた。


「だから、直談判しに行くことに決めたわ。手伝ってちょうだい。私をラニット公爵家へ送り届けるまで、でいいから」


 『話し合い自体はちゃんと自分でやる』と宣言し、私は片手を差し出す。

すると、ウィルはニッコリ笑って私の手を取った。


「もちろん、いいよ」


 『クラリスのためなら』と応じ、ウィルは一度窓縁に腰掛ける。

と同時に、私の手を引いて軽々と抱き上げた。

かと思えば、近くの木の枝や建物の外壁を(つた)って下へ降りる。

────駆け落ちした時みたいに。


「さあ、行こうか」


 腕に抱いていた私を優しく地面に下ろし、ウィルは歩き出した。

繋いだ手をそのままに。


「ええ、行きましょう。レイチェルが待っているわ」


 今頃一人ぼっちで泣いているかもしれない妹を思い浮かべ、私は気を引き締める。

『必ず救い出す』と胸に決めて前を見据え、ウィルのあとをついていった。

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― 新着の感想 ―
厄介な姉ちゃんだなあ……
どっちもどっちだなぁ。はなし聞かない方も聞かない方だし、かなりのきかん坊だし。さりとて諦めたといって状況や事情を説明しないほうも止めようとしないって意味でまわりからすれば迷惑。親の方も行く前に詳しい話…
この聞く耳を持たない感じ、余りにも無敵。両親もちゃんと叱れよと思わなくはないのですけど、叱った上でこれなので諦めてる感じなのでしょうかね。姉妹で足して2で割るとよいのに。  男は同類なのか愉快犯なのか…
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