姉の行方
◇◆◇◆
────春の祝賀会に参加してから、早一ヶ月。
特に何事もなく過ごしていた私の元へ、実家から一報が入る。
それは、
「────えっ?お姉様が見つかった?」
駆け落ちした姉の行方についてだった。
失踪してから約半年、完全に音信不通だったというのに。
まさかの急展開に動揺を隠し切れずにいると、ロルフが自身の手元に視線を落とす。
フィオーレ伯爵家から、届いた手紙を握りながら。
「はい。しかも、フィオーレ伯爵曰くクラリス嬢自ら屋敷に現れたとのことです」
『手紙には、そう書かれています』と語るロルフに、私はただ相槌を打つことしか出来なかった。
どう反応すればいいのか分からないくらい、動揺してしまって。
『いきなり、旦那様の執務室に呼ばれたかと思えばこれだから』と考えつつ、私は額に手を当てる。
お姉様は何故、家に戻ってきたのかしら?
逃亡生活の実態を知って、嫌になったとか?それとも、相手の男性と喧嘩でもして?
なんにせよ、無事に見つかって良かったけど。
実の妹として姉のことは心配していたため、ホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、ロルフが一瞬顔色を曇らせた。
執務机で、黙々と仕事する夫をチラチラと見ながら。
「それで、えっと……フィオーレ伯爵より、注意喚起を受けまして」
「注意喚起?」
意味が分からず聞き返すと、ロルフは曖昧に笑って頷いた。
かと思えば、躊躇いがちに口を開く。
「実は……クラリス嬢が、ラニット公爵家へ嫁いだ奥様の身を案じているようなんです」
「はあ……」
「だから、その……望まぬ婚姻を強いたラニット公爵に抗議しに行く、と言い張っているそうで……」
「あぁ……」
『お姉様なら、有り得る』と確信し、私は小さく肩を落とした。
最近やっとパーティーの件が片付いたのに、また新たな問題を抱えないといけないかと思うと、気が重くて。
『私はただ、のんびり暮らしたいだけなのに……』と思っていると、ロルフがこう言葉を続ける。
「クラリス嬢のことはフィオーレ伯爵家の方できちんと監視して突撃を防ぐ算段ですが、念のため自衛してほしいとのことです」
「なるほど……」
注意喚起の意味を理解し、私は顎に手を当てた。
『手紙の宛先を私個人じゃなくてラニット公爵家にしたのは、そのためか』と納得しながら。
だって、もう姉はこちらと無関係の人間だから。
わざわざ、生存報告する必要はない。
まあ、駆け落ちの件を正式に謝罪するためにいつかは知らせるべきだが。
でも、まずは娘の私へ連絡・相談して様子を見るべきだろう。
『下手に旦那様を刺激して不興を買ったら、大変だし』と思いつつ、私はしゃんと背筋を伸ばす。
「事情は大体、分かりました。また姉のことでご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げて謝罪し、私はそっと目を伏せた。
────と、ここで沈黙を守ってきた夫が口を開く。
「貴様が謝ることではない。もうラニット公爵家の人間なのだからな」
『フィオーレ伯爵家の事情に振り回されなくていい』と主張し、夫は両手を組んだ。
「今日、貴様を呼び出したのはクラリス・アスチルベ・フィオーレの生存と今後の対応について話したかったからだ」
『謝罪など、求めていない』と言い切り、夫は真っ直ぐにこちらを見据える。
そこに、怒りや失望といった感情は一切なかった。
てっきり、『貴様の家族のせいで』と責められるかと思ったのに……。
驚きのあまり夫を凝視する私は、パチパチと瞬きを繰り返す。
と同時に、彼が席を立った。
「前者はもう済んだから、後者の話をするとしよう」
そう前置きしてから、夫は本題へ入る。
「レイチェル・プロテア・ラニット、貴様は────クラリス・アスチルベ・フィオーレの訪問を受けた場合、どうしたい?」
私の前でゆっくりと歩を進め、夫はおもむろに腕を組んだ。
かと思えば、じっとこちらを見下ろす。
「その訪問を受けたいか?」
「いいえ」
今の立場的にも心情的にも姉とは会いたくなかったので、迷わず首を横に振った。
『どうせ、会っても見当違いなことを言われて疲弊するだけだろうし』と考え、私は嘆息する。
猪突猛進・天真爛漫・独断専行とも言うべき、姉の性格を思い浮かべながら。
「お姉様が来ても、絶対に中へ入れないでください。正直、何をするか私でも分からないので。実家に連絡だけ入れて、あとは放置でお願いします」
『まともに相手しなくていい』と主張する私に、夫は
「分かった。そのように対処する」
と、即答した。
『実の姉妹なのに、冷たくないか?』などというセリフは吐かずに。
「話は終わったから、もう部屋に戻れ」
クルリと身を翻し、夫は執務机の方へ向かっていく。
恐らく、仕事を再開するつもりなんだろう。
「はい、お邪魔しました」
『また明日』と声を掛け、私はさっさと踵を返す。
ここに居ても、出来ることなんてないため。
『手紙の返信でも書こう』と考える中────執務室の扉をノックされた。
「旦那様、今ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
夫は机の上にある書類を手に取りながら、視線を上げる。
と同時に、扉が開いて執事のセバスチャンが姿を現した。
「お忙しいところ、失礼します。屋敷の正門前に────奥様の姉を名乗る方が、おいでです」