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皇族の入場

「貴様のくだらない野心(・・)に、私の妻を巻き込むな」


 『これ以上は目に余る』と釘を刺し、夫はしっかり義弟を牽制した。

すると、義弟は一瞬だけ真顔になる。

『くだらない野心』と言われたのが、気に触ったのだろうか。


「何のこと?僕はただ、義姉さんと仲良くしたいだけだよ」


 『変な勘繰りはやめてほしいな』と述べ、義弟はニッコリ笑う。

と同時に、クルリと身を翻した。


「とはいえ、新婚の時期に絡むのは野暮だったよね。ごめん、ごめん。二人の蜜月を邪魔しないよう、しばらく時間を空けることにするよ」


 『それじゃあ、またね』と言い残し、義弟はこの場を離れる。

ヒラヒラと手を振りながら。

終始飄々とした態度を貫いた彼の前で、私は肩の力を抜いた。

一先ず、目先の問題は片付いたので。


「旦那様、庇っていただきありがとうございました」


「ああ」


 おもむろに私の隣へ戻る夫は、義弟の去った方角をじっと見つめる。

何かしら思うところが、あるのだろう。

『まあ、無関心ではいられないわよね』と感じる中、


「ご来場の皆様、静粛に願います!」


 と、衛兵が声を上げた。

かと思えば、観音開きの扉を開け放つ。


「────アヴニール帝国の小太陽であらせられるシャノン・ルス・アヴニール皇太子殿下と、アヴニール帝国の輝く星であるデニス・ターラー・アヴニール第二皇子殿下のご入場です!」


 衛兵が声高らかに皇族の登場を告げると、扉の向こうから二人の青年が姿を現した。

その瞬間、私達は一斉にお辞儀して敬意を示す。

失礼のないよう、細心の注意を払いながら。


 確か、金髪翠眼の男性がシャノン皇太子殿下で赤髪碧眼の男性がデニス皇子殿下よね?

ご尊顔を拝見するのは初めてだから自信がないけど、事前に聞いていた外見特徴が合っているなら間違いない筈。


 視界の端に映る短い金髪や一つに結ばれた赤の長髪を眺め、私はスッと目を細めた。

────と、ここでシャノン皇太子殿下とデニス皇子殿下が足を止める。

と同時に、こちらを振り返った。


「楽にしてくれて、構わない」


 硬く低い声が鼓膜を揺らし、私はゆっくりと顔を上げる。

他の者達も姿勢を正し、ステージの上に居るシャノン皇太子殿下とデニス皇子殿下を見据えた。


「誉れ高きアヴニール帝国を支える者達よ、春の祝賀会に参加してくれたこと心より感謝する。今日は思う存分、楽しんでくれ」


 デニス皇子殿下は手短に挨拶を済ませ、オーケストラに合図を送る。

すると、パーティーの始まりを告げるかのように明るい音楽が流れた。

それにより、厳かな雰囲気は霧散し、各々会話や移動を行う。


「レイチェル・プロテア・ラニット、さっさと挨拶を済ませて帰るぞ」


 繋いでいた手を引いて歩き出し、夫はシャノン皇太子殿下とデニス皇子殿下の元へ向かう。

どうやら、ここでの用事はもうほとんど済んだようだ。

『長居は無用』と言わんばかりに人集りを掻き分けて前へ進む彼は、ステージへ続く列に並ぶ。


 予想はしていたけど、かなり混んでいるわね。

順番が回ってくるまで、あと三十分は掛かりそう。


 などと思っていると、前に居た貴族達が慌てて先頭を譲ってくれた。

さすがに公爵夫妻を差し置いて、先に挨拶するのは憚られたみたい。

おかげで、直ぐにシャノン皇太子殿下とデニス皇子殿下へ拝謁出来た。


「アヴニール帝国の小太陽であらせられるシャノン・ルス・アヴニール皇太子殿下と、アヴニール帝国の輝く星であるデニス・ターラー・アヴニール第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」


 目の前に立つ青年二人へ向き合い、夫は(こうべ)を垂れた。

私もそれに倣い、淑女の礼を取る。

が、あちらは一向に反応を示さなかった。

なので、こちらはずっとお辞儀の体勢を続ける羽目に。

そして、体が痺れてきた頃────シャノン皇太子殿下が片手を挙げた。


「そういう堅苦しい挨拶は、不要だよ。私達の仲だろう?」


 ふわりと柔らかく微笑んで場の空気を和らげ、彼はデニス皇子殿下の背中をトンッと叩く。

まるで、咎めるみたいに。


 一応、デニス皇子殿下が今回の主催だから対応を任せたのに、このようなことになって憤っているのだろう。

いくら皇室の方が立場は上と言えど、貴族に無礼を働いていい訳じゃないから。

それがラニット公爵家ともなれば、尚更。


 『下手に刺激して反旗を翻されれば、困るのは皇室だもの』と考えつつ、私は顔を上げる。

夫も楽な体勢を取って、目の前に居るシャノン皇太子殿下とデニス皇子殿下を見つめた。


「そうですね。シャノン皇太子殿下とは(・・)、良好な仲だと認識しております」


 デニス皇子殿下のことには一切触れず……というか居ないものとして扱い、夫は会話を続ける。

『こちらから、歩み寄る気は一切ない』と示すように。

恐らく、いちいち対応するのが面倒臭いのだろう。


「はははっ。ラニット公爵にそう言ってもらえて、嬉しいよ。ところで、そちらの綺麗な女性は?」


 公爵夫人だと分かっているだろうに、シャノン皇太子殿下は敢えて質問を投げ掛けた。

正式に紹介してほしい、という思いを込めて。


「こちらは私の妻です」


「お初にお目に掛かります、レイチェル・プロテア・ラニットです。以後お見知りおきを」


 ドレスのスカート部分を摘み上げ、私はお辞儀する。

『こんな対応で良かったのかしら?』と思案する中、シャノン皇太子殿下はうんと目を細めた。


「ラニット夫人、会えて光栄だよ。私はシャノン・ルス・アヴニール。公爵の友人さ」


 胸を張ってそう答えるシャノン皇太子殿下に、私は大きく目を見開く。

未だ嘗てないほどの衝撃を受けながら。


「……旦那様にご友人なんて、居たのね」


 ついつい思ったことを口走ってしまうと、夫が不意に顔を上げた。


「私も初耳だな」


「えぇ……?」


 思わずといった様子で声を上げるシャノン皇太子殿下は、小さく肩を落とす。

『友人だと思っていたのは、私だけか……』と拗ねる彼の前で、夫は


「では、妻の紹介も終わりましたので私達はそろそろ失礼します」


 と、告げた。

かと思えば、さっさと一礼して身を翻す。

シャノン皇太子殿下の抗議など、耳に入っていない様子で。


 旦那様ったら、本当につれないわね。

でも、だからこそ仲がいいことがよく分かる。


 『友人というのは、事実だったみたい』と考えながら、私もこの場を後にした。

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