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選んだ理由

 この学校を辞めたら、自分は通信制高校に行くか――とか、誰も居なくなった放課後の教室、窓際中央の自分の席でぼんやり前方にある丸い形の時計を見ながら考え出した時だった。

「あの!」

 とひょっこり、現れたのは同じクラスの女子、野原都羽のばらいちはだった。

「あなたは部活動しないのですか?」

 そう言って俺に詰め寄って来た。

「うわ! 何?」

 俺より背が小さくて黒髪ボブ、顔は可愛い方。

 クラスでは目立たない大人しくしているグループに属していたはずだが。

「ずっと思ってたんです! 帰宅部ですか?」

「いや、違うけど」

 いや、そうじゃない。こっちは辞めようとしてるんだぞ? 部活に入ってどうする? が正解だ。

「じゃあ、入って下さいよ。私も一人じゃ何だか怖くて」

「は?」

「サロン部、ご存知ですか?」

「いいえ、知りません」

 きょとんと俺は言っていた。

 彼女の眼がそうさせるのか、まるで暗示にかかったみたいに手を繋がれて困っていた。

「あの? 何故手を?」

神田かんだくんが逃げ出さない為です」

 そんなに信用ないのか俺は……。

 はぁ、と一つ溜め息を吐きたい所だけどせずに、俺は穏やかに微笑み続ける彼女を待たせるわけにもいかず、帰り支度もそこそこに通学カバンを肩に持ち、野原のばらが教室に鍵をかけるのを見届け、そのまま野原と一緒に職員室に行き、鍵を返し、その部室の鍵はなかったのですが行ってみましょう! ということで、その部室の前に二人して立っていた。

 レトロと言えば良いのか古臭くて、とても人が来なそうなこの棟の三階、一番奥にあるトイレの手前の教室というのは分かったが言いたくなってしまった。

「ここはどこだ?」

「美術室、音楽室、書道室等がある棟の中にあるサロン部の部室です。普段は空き教室になっているのですが」

「そうか、それでサロン部は何をする所なんだ?」

「この前あった部活説明聞いてなかったんですか? 何でも人とコミュニケーションを取るのが一番の目的であって、人の話を聞きながらお菓子やお茶を頂くそうです」

「そんな良い部活があったのか?」

「はい、あったんです! あと、あなたのような方を救わんとする所でしょうか」

「え?」

 ガラ……と野原が部室の引き戸を開けた。

「誰も居ない」

 それに部室の中は俺達クラスがある新棟の教室と同じような椅子と机が何個か適当に置かれているだけで洒落っ気というものを一切感じなかった。それはサロンとは程遠く、白いカーテンが全て開いて窓を見えなくしていたからか。

 電気を点けてみれば小さめに作られた小さな南京錠が付いた木製のご意見箱が一つ教壇の上にあった。

「今日は活動してないのでしょうか?」

「だったら、鍵を閉めとくだろう? 開けっ放しなんて許されるはずがない」

「そうですね、さっきも私がしっかりと教室の鍵を閉めさせていただきましたが、私達クラスの教室だって最後の人は鍵をしろと言われるくらいですし、では何故開いているのでしょう?」

「たまたま誰かが使っていたけど、野暮用でも出来て席を外しているとかか? 何だ?」

 こちらをずっと見て来る野原の視線なんて気にしなければ良かった。

「では、興味が湧いて来た所で書いてくれませんか?」

 どこから出て来たのか、その手に収まるくらいの大きさの入部届の紙だった。

 それを何故野原が持っていたかとすれば、それは自分用だからだろう。それなのに俺にそう言うのは何か訳があるのだろうか。

「何故、これを書く必要が俺にある?」

「だって、ご用がある方はここに……と書いてありますよ」

 そう言って教壇の後ろにある黒板の字を見せる。

 確かに野原の言う通り、白いチョークでそう書いてある。

 丁寧に今書いたかのようにはっきりと矢印まであって、この意見箱に入れろと、とても分かりやすくなっている。

 だが、問題は。

「それは何の為の箱なんだ?」

「何でも良いようです。ご相談だったり、話のネタだったり」

「話? 入部届はさすがにまずいんじゃないか?」

「そうですかね?」

「誰も居ないからって、普通は人に手渡すもんだろ? これ」

 入部届の紙をまじまじとこちらが見た所で、野原は言った。

「そうですね、では、書いて下さい。それで少しはこの学校に居る意味が出来ますよ、神田くん」

 こいつ――。

 何とも怪訝な顔になってしまう。

 おいおい、待ってくれよ! 俺は本当にここに自分の名前を書いても良いのか? 野原に乗せられたとしても良いのか?!

「なあ、野原は何でこの学校を、この部活を選んだんだ?」

 唐突な質問にも彼女は真摯に答えてくれた。

「面白そうだなと思ったからですよ」

 少し微笑み、彼女は言った。

「最近、巷で有名な怪盗さんもこの学校出身と聞きましたし、何より自主退学させないようにするにはどうするのか見たくて」

「それは悪趣味だ」

「そうでしょうか? 弱者を救えるんですよ? そのお手並みが拝見できるなんて、とても良い参考です!」

「将来の夢は警察官か何かか?」

「え?」

 頭がおかしい……なんて言ってはいけないのだろう。こういう場合は本人は本気で言ってるから、正義感が極端に強いのだ。

「その、父は警察官なんですけど、私の小さい頃の夢は大好きな星をより近くで見たい! と思って、宇宙飛行士でしたが、今は星が燃えていると知っているので、諦めました」

「そうか、それで、今の夢は?」

「探し途中です」

 聞いといて何だが、それ以上の答えはなさそうだ。

「俺もない。けれど、こうは思うよ。さっき野原は弱者を救えると言ったが、皆が皆、そうじゃないと思う」

「どういう事です?」

「理由は絶対その人、その人にあると思う。だから追い詰めるような事だけはしないでほしい」

「分かりました。でも、そうなんです。それをなくしたいんです、一人でも私は救い出して、楽しく生きてほしい。今のあなたのように」

 俺は今、哀れなのか。

「じゃあ、そのサロン部の入部届を出したとして、俺には何が残るんだ? 野原の言うそれか?」

「それは私が思う理想です! 夢ではありません」

「じゃあ、余計な事はしないでくれないか?」

「強情ですね」

「それはお互い様だろ? 一つ言いたいことがある。野原はもうこの部活に入っているだろう?」

「え!?」

 図星か……。

「野原は言ったな? 用がある者はここに……とその意見箱の説明をした時、そうしたらきっとそんな行動なんてしないはずなんだ。だって、ここに入りたいと思っていたら、その入部届を最初に使うのは自分自身だろう? 一人一枚と決まっている。どこかにもう一つ入りたいという奴もなかなかいないだろうしな。いたら、どうなるか知らないが。もし、俺がそれを持っていると前提しているならお門違いだ。俺にはもう用はない。それは野原だって何となく把握しているだろう。だから貴重なその一枚を俺に差し出そうとしてるのはどうしてかっていう謎を解くなら、先生に前もって言ったんじゃないのか? 無くしましたとか言って、自分の恥をも軽く捨てられる行動をしたんだろう。もしくはその巷の怪盗よろしく、俺の入部届の紙を盗んだとか? それは考えられない。そんな暇はなかったはずだ。あったとしたら野原が本物の怪盗ということになる」

「私は怪盗ではありません!」

 少し慌てたように勢い良く言う所で確証を持つ。

「ああ、そうだろう。怪盗だってこんなさもない一枚の紙切れを盗む気にならないだろう。それでも野原は持っている。もしもだ、その最初にもらった方を使う前にそんな理由で二枚目を手に入れたら、まず先に自分をその一枚目で入部させて、二枚目を俺にやれば問題はなくなる。ちなみに俺の入部届の紙は家にある。学校では捨てられないし、机やロッカーの中に入れっぱなしというのも良くないだろう。放置していれば自動的に帰宅部になるんだったらそうするさ」

 それにこの学校のどこかに置いておいたせいでよく分からん所に勝手に入れさせられていたっていう事が起きても嫌だしな……ということは伏せて、野原の表情を見る。

 確かにそれは当たりだと言っている。

 言葉がないようなので続けた。

「次に変だと思ったのはこの部室のドアを開ける時だ。鍵がなかったという事実の上だとは思うが、何の疑問もないまま自然と野原はここを開けたよな? それに『誰も居ない』と言ったのは俺だ。野原はそれに対してうんともすんとも言わなかった。知っていたんだろう? そこの適当に置かれた机の横の一つに俺のと同じ通学カバンが引っ掛けてあるのを見た。だから、俺は誰かが席を外しているんだと思ったんだ。ここからだと見えにくいけどな。ずっと気になってたんだ、俺の前に現れてからずっと野原はそれを見せなかった。教室でもここでも野原は一体どこにそれを置いているのかと思ったけど、案外早く見つかって良かったよ」

「それは……」

「野原のじゃないって?」

「いえ、そうは言いませんが」

 もじもじと言う前に言葉が消える。

「その意見箱は普段はどこに置いてあるんだ? ここじゃないだろ? こんな部室を開けっ放しになんてするわけがない。わざわざ南京錠をしてある物だ。この部室だけで使うならそんなのがなくても良いだろ? 違うか?」

「それは……」

 ごにょごにょ言う前に俺は言う。

「その黒板の文字だって、いつも書いてあるものじゃないだろ? 新しさがあると思うんだ。時間が経てば薄くなる。そういうものだろ、このチョークは。だから掲示物とかにして貼れば良いのにそれをしていない。極秘裏にしたい事でもあるのか? その話のネタ収集にでも必要なのか?」

 ついには何も言わなくなった。

 追い詰めているのは俺か、だけど言わなければ気が済まない。

「それにある程度の事を把握している所から見ても戸惑いはなかったし、いろいろ野原には思う所があるんだ」

 一番気になるのは急に積極的になった所だろうか。

 自信がなければそうはなるまい。

 けれどその自信がどこから来るかなんて本人にしか分からないし、分かりたくもない。

 人はそれぞれ、人に興味がなく、自分にしか興味がないのだから。

「……それでは、本当の事を話せば、神田くんは残ってくれますか?」

 その目は明らかに懺悔だ。

「聞くだけ聞いて判断したい」

「どうして白状する気になったかと言えば、私には高嶺の花がないからです。こうして働きバチになるしかない。蜜を吸うものにはそういう物が必要なんですよ、神田くんは十分それになれる。だから、私はずっと思っていました。少しでも神田くんが私の側に居れば良いのにって」

「それは俺を、君が利用したいということ?」

「はい、そうです。そうすれば、少しは楽しくなるのにって思いました。けれど、それは間違いだったみたいです。すぐにバレてしまいましたし」

 苦笑いをした。

 そうしてダメっ子のように自分を責めて行く。

 そんな姿は俺が見たくない。

 泣かないでほしい、そんな事で。

 くだらない。

 一番そう感じる時だ。

「もう良い。俺は野原に利用されて何か救われるかと言ったら、救われないだろうが、少しはまともで居られそうだ。野原がおかしな事をしないように見張ってやる」

「え? 私、おかしいですか?」

「ああ、気付いてないのか?」

「普通だと思ってました」

 思い込みが激しい。

「どこが普通か説明してほしいね、そんなにしてまで自分の本当の姿を隠して。大人しくしている理由は?」

「狙われない為ですよ。最初から上位に居たら、落ちると大変ですし、テストの成績はそれなりにです。それが私の生き方なんです。私は私の生きやすいように生きたい。神田くんはどうですか? その外面で大変そうですけど」

「キャラを変えないでくれないか?」

「ブレるつもりはありません。ただずっと思っていただけです。何故、何でも手に入る所に居るのにそうしないのか、不思議です」

「その謎ならもうとっくに解けている。俺がそうしたくないからだ。中身も見てほしい」

「そんな贅沢な事を聞いてしまっては、私はどうすれば良いのでしょう?」

「こうして、俺の相手をすれば良いんじゃないのか? それが望みじゃないとなれば、話を変えて、こっちが付いて行こう。野原はどうしてか離してくれないんだ」

「え?」

「ずっとまとわりつくんだ」

 それはベタベタになる蜂蜜のように感じる。

 ずっとそうさせて来るんだ。

「野原はそれじゃ嫌なのか?」

「私は神田くんが自主退学をやめてくれればそれで良いのです」

 そう言って野原は俺に入部届の紙を押し付けて来た。

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