Entrusted fire
自分が十一の頃どうだったかなんて覚えてはいないが……生きる術は大分身に付いていた。
ただ十二の時初めて人を殺めた時胸糞悪い気分になったことは覚えているので……それなりの人間らしさは残っていたのだろう。
「……うっ……ぅぅ……っ……」
ここ最近は毎夜毎夜咽び泣くマクシル。
その日瞬間を生きることに必死だった私とは違う、心労も小蝿程の子供。荷が重──
いや……何時からか知らないが、コイツも抱えていたのか。
「……ねぇ、煩いんだけど」
私の声に身体を少し跳ねらせて反応し、嗚咽を堪えている。
「……アンタさ、何時から目が見えないの?」
「…………五つの時はまだ少し見えていました。一つ年を重ねる毎に暗くなっていき、十二になったあの日……完全に閉じたのだと理解しました」
「あの日って?」
「……あなたが排水溝から這い出てきたあの日です」
そこはかとない違和感。
お伽話の様な……地に足がつかない事実があるのだろうか。
「まるで魔の術か呪の術だな……それ相応の…………」
「…………どうしました?」
「いや……なんでもない」
絵空事を仮定するなんて馬鹿げているが……もしそうならば、コイツは何か対価を貰っている筈だ。そしてソレを狙われたのならば…………いや、止めよう。どうでもいいことだ。
私は……今コイツにしなければならないことを知っている。
村が寝静まる丑の刻、窯に火を焚き井戸から水を二杯汲む。
「……こんな時間に何をするんですか?」
「こうするんだよ」
桶に入った水をマクシルにぶち撒ける。
外は霜が降りる程の寒さ。マクシルを火の前へ連れていき幾分か乾かす。
「な、何をするんですか!?」
「……暖かいか?」
「そ、そうですが……」
「そうか」
火を消すと同時に、二杯目の水をマクシルへぶち撒ける。そのまま身体を掴んで外へ放り投げた。暫く眺めていたが、文句も言えぬ程凍てつく寒さ。倒れ込んだので家の中へ連れ戻した。
濡れた服を剥ぎ、私も同じ姿になる。
厚手の布の中へ二人纏めて包まった。
「…………怒ってんの?」
「…………いえ。ただ理解出来ないだけです」
「だろうな。私も理解出来ない」
「なっ……一体何がしたいんですか!?」
冷え切ったマクシルから取られゆく私の体温。
レインの指輪がざわめいている。
「………………暖かいか?」
「えっ? そ、それは……そうですけど……」
「焚火ってのは暖かいが……それ以上に色々な物を奪っていく」
何度も見た景色。まるで何も無かったかの様に全てを焼き尽くす。ソリオスも……ナタレインも。
寒さ以外の何かで震えたマクシルは私に強く抱きついてきた。しなければいけないことは分かってる。
生まれて初めての行為。優しくマクシルを抱きしめた。
「だが心の火ってのは消せない。嫌って程……ソリオスの連中から灯されたモノが私の中で燃えている。アンタを温めてやれって煩いんだ」
私の胸の中で咽び泣くマクシル。
あの日々にしてあげられなかった後悔と共に、頭を撫でた。
「泣くなよ、湿気るだろ」
「…………ごめんなさい」
「……アンタの火が灯るまでは私が隣にいてやる。困ったら……またこうしてやる」
「…………ふふっ」
「……なに?」
「優しいんですね」
「水ぶち撒けてやろうか?」
「そしたらまたこうしてくれるんですよね?」
「……そうだな」
「……暖かいですね」
「…………あぁ」
ソリオスの灯火に見守られ……らしくもなく、安眠する。




