おかしな夢
とある小さな町に、不思議なお医者さんがいました。
なんでも、眠ることが苦しい人を助ける専門なのだそうです。
「先生! ウチの子を助けてください!」
冬の大三角が南東の空で輝きはじめる今日も、一人の患者さんがやってきました。
お母さんが、小さな女の子を抱き抱えたまま、ガラスの扉を叩きます。
「まあまあ、落ち着いて」
その音に気がついて奥から出てきたお医者さんが、ゆっくりと扉を開けました。すると、お母さんは、少ししか開いてない隙間に無理やり体を差し込んで、ガツガツと入り込みます。
「それが落ち着いていられますか!」
宥めるお医者さんへ、鬼のような形相で詰め寄るお母さん。
「どうされたのですか?」
「大変なんです! この子、昨日の夜に眠ってから、一度も目を覚さないんです!」
「おや、それは大変ですね」
あくまで冷静なお医者さんは、女の子を預かると、そっとベッドの上に寝かせます。
「うなされていますね。それに、汗も沢山かいてます」
苦しそうな表情の女の子。その額から溢れる大粒の汗を柔らかな布で拭き取りながら分析します。
「ちゃんと目を覚ますんでしょうね?」
「もちろん、お任せください!」
そう胸を叩くと、お医者さんは女の子の手を握り、目を閉じました。
次にお医者さんが目を開けると、そこは不思議な世界。
大きなパーティ机にレースのついたピンクのクロス、上には色とりどりのお菓子が所狭しと並んでいます。さらに、ビスケットでできたお家に、ドーナツの虹がかかる空と、綿菓子の雲。
「きっと、ワクワクする夢だったんだろうなあ」
甘い甘い夢の中を眺めて、先生は悲しそうに微笑みました。
ワクワクの詰まったお菓子な世界は、今や悲惨な状態になっていたのです。
パーティ机の足は折れ、クロスもビリビリに破れ、色とりどりのお菓子はお皿から溢れてあちこちに散らばり、ビスケットのお家はヒビだらけ。おまけに、ドーナツの虹は真ん中で折れ、綿菓子の雲は穴ぼこまみれです。
「おーい! どこにいるんだい!」
女の子を探して、大きな声をあげてみると、
「おや?」
どこからか声がしました。
息を潜め、音に集中すると、聞こえたのは、小さな咽び泣く声。
微かな手がかりを追っていくと、その声の主はどうやらお菓子の家にいるようでした。
「そこにいるんだね! 今助けるよ!」
「邪魔するな!」
ウエハースでできたドアに手をかけたところで、後ろから声がしました。
振り返ると、斜めの机に立つ小鬼の姿。
「どうやら、犯人は君のようだね」
「僕の邪魔をするなら、容赦はしないぞ!」
小鬼は、どこからか取り出した麩菓子のハンマーを振り上げました。
「夢の中は自由だからね。それは私も一緒だよ」
お医者さんが取り出したのは、水飴の入ったバズーカ砲。
「おりゃ!」
「そ、そんなああああ!」
バズーカから発射された、巨大な水飴の塊に飲み込まれて、小鬼は消えていきました。
「ふう。これでオペ完了」
お医者さんが夢から覚めると、ひと足さきに起きていた女の子がお母さんと抱き合っていました。
「あ、先生! おはよう!」
「うん、おはよう」
「先生は一体何をしたの?」
ただ眠っていただけのように見えるオペに、お母さんは目を白黒させる。
「あのね、先生が夢の中で助けてくれたんだよ!」
「そうなの⁉︎ もう、なんとお礼を言うべきか・・・・・・」
慌てるお母さんに、手を振って「仕事ですから」と謙遜するお医者さん。
「本当に今日はありがとうございました!」
「先生ありがとう!」
「はーい。お大事に」
親子を見守ってから、お医者さんは『close』と書かれた看板を扉の取手に掛けました。