夢のあと……?
「やっぱどこも良くないなあ……」
「せんせー。何してんすか?」
聞き慣れたパーカーのメガネ娘――竹宮の声がする。
そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。せんせーと呼ばれた水野は、売れないゲームのプロデューサーである。
水野は答えた。
「決算見てんの。ほら、時期だろ」
「えっ……」
言葉と同時に、竹宮は大げさな動きで身体をのけぞらせておののいた。
まさか意外だとでも言うのだろうか。これでもこちとら、数字に一喜一憂する立場なのだが……。
「決算って……なんのすか?? せんせーの先行きが明るいとは言いませんけど、まだ人生締めくくるには早いはやい!」
「は?」
「……え?」
数瞬の沈黙。
「なんで人生の総決算をこんな日陰のビル片隅でやんだよ! 他社の業績! 売上利益! 業界動向を見てんの!」
「紛らわしい定期」
はぁ、と水野は肩を落とした。
「それで何がわかったんすか? 私はニュースなんてアニメとゲームくらいしか見ないすけど」
「ゲームニュース見てるならワンクリックしろよ……。まあ、いいや。とりあえず、各社大きく業績落としてるな」
「ほう。それはつまり?」
水野は手のひらスマホを竹宮に向ける。
「主にこういうことだ」
「んー。これは……げ。サ終したゲームのアイコン?」
「そう。ちなみに、こっちは23年度な。で、こっちが……」
「趣味悪い定期」
まるで墓標のようなフォルダの数々だ。けれど、これくらいはしてもバチは当たらないと水野は考えている。
いまのゲーム、その主要な戦場はスマートフォンや蒸気を冠するPFなど、オンライン上が中心になっている。
そこでは、国内外を問わず各タイトル間での乱戦が繰り広げられ、大作と呼ばれた巨大艦隊すらも、容赦なく撃沈していく。
継続五年を優に超える古強者が、新進気鋭の新兵たちの墜落をどんな表情で見送れというのか。
『だから言ったのに』
その言葉を、ここ最近何度聞いたことだろう。
「ともかくだ。どこも調子悪いんだよ。自称量産失敗の会社も、大型爆死のあそこも、もう先行き真っ暗だ。墓標くらい残して覚えておいてやらないと、浮かばれないだろうよ」
こういうタイミングでは、業界を離れる者も多い。彼らはB2B2Cの中にあって、表だった引退ポストをすることすらできないのだ。
ーー守秘義務。
はっきり言えば、サービス終了の方がまだマシかもしれない。
『Pがダメなやつで、ずっと燃えてたんですよ』
『方針が二転三転して、何やってるかわからなくなって』
公にされたタイトルなら、そんな業界の愚痴を次に繋げることもできる。だが、開発中で終わってしまえば……
『アセット管理してました。何も見せられないですけど』
『レベルデザインと季節イベントのスクリプトを書いてました。ユーザープレイしてないですけど』
そんな空白にも見えかねない項目が、職務経歴書の数年間を占めるのだ。
「そんなもんすかねえ」
「そんなもんだ」
「……知ってる定期」
小さな竹宮の呟きは、水野には届かない。
ただそれでも、短く瞬いた竹宮のスマートフォンには、かわいらしい猫耳娘が首を傾けていた。
(あのキャラ、なんだったっけな)
墓標くらいバチはあたるまい。
数ヶ月前CMで主役を張っていた彼女の名前さえ、もう思い出せないのだから。