男の夢……?
「せんせー。何見てんの?」
「んー。ちょっとな」
そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。せんせーと呼ばれた水野は、売れないゲームのプロデューサーである。
「ちょっとじゃわかんない定期」
そう言ってちぢんまりとした印象のメガネ娘は、髪を耳にかけながらタブレットを覗き込んでくる。
ピンクのインナーカラーを表出させたこいつは竹宮、こうして度々絡んでくるデザイナーの後輩だ。
「なにこのぶさ……かわ? な感じの配信。趣味悪い定期」
「着ぐるみUtuberだよ。お前、この凄さがわからんの?」
はあ? と竹宮は訝し気な表情を浮かべる。
仕方ない、説明してやるか。水野はタブレットの画面を切り替える。
「お前、これが流行ったら大きなゲームチェンジャーなんだぞ。わかってないな」
水野のタブレットには、四つのマトリクスが映っている。
四つはそれぞれ携帯性とコストで分類されていた。
「せんせーがそういうときって、大体はロクでもない企画のときなの、知ってるし」と竹宮はあきれ顔だ。
「いいから聞け」
水野はちょいちょいと手招きすると、画面をタッチしながら話始める。
「まずはここだ。携帯性が高くコストが安い象限。これはスマホで色々とアプリ化されてる領域だ。わかるか?」
「Liverって呼ばれることくらいは」
「そう。いわばここは初心者向けの市場だ。tiktokとかと特性も近い」
続いて、携帯性が低くコストが安い象限に『Vtuber』と光がともされる。
「で、ここ。いわゆるVtuberが該当する。だが……」
『Vtuber』と書かれた領域が拡大し、携帯性が低くコストが高い象限に伸びていく。
「ユーザーはクオリティを求め続ける。そこで起こっているのが3Dモデル起用の一般化だ。これはライブイベントが顕著で、凝ったエフェクトや精細な動きの実現などで高コスト化が止まらない」
「ふんふん。そいで?」
「差別化のためにニッチに傾かざるを得なくなり、宣伝費も積み上がっていくのが目に見えてる。そこで出てくるのが……」
水野は勢いを付けてタブレットのスクリーンを叩いた。
「そんなに力いるんすか?」
「気分だよ」
そんな水野の感情に呼応するように、携帯性が高くコストが安い領域にフォーカスが寄り、画面全体に広がる。
「これに対する回答が『着ぐるみ』だ。わかるか??」
「わからん定期」
――ふん。水野がもう一度スクリーンをタップすると、画面からは聞き覚えのあるドラム音が響いた。
「これな。けっこう前に流行った着ぐるみでドラム叩くやつ。それからこれ、国民的きぐるみ恐竜のスキー動画。それから……」
「あぁー。懐かしい。あたし、この子好きでした」
眼鏡奥で、竹宮の目が輝いている。
「そう。わかるか? 『ゆるキャラ』なんだよ」
「でも、せんせー。この話何回も聞いてるし」
「進化の果てに『ゆるキャラ』があるのは常々から俺が思ってることだ。だけど、こっからは新説だぞ」
「ほほう?」
瞬間、初夏を思わせる爽快な風に、水野のジャケットが青空に向かって広がった。
ばしっと、水野はジャケットを羽織り直す。
「『着ぐるみ』はパワードスーツに進化する!」
「……はあ?」
「わからんか」と水野。
「わからん」と冷めた目の竹宮。
陽が陰ったのか、冷たい風が二人を通り抜ける。
「……そうか。説明しよう。長くなるぞ」
「それは嫌だ」
「いいじゃん、竹宮せんせー!」
水野の主張を整理するとこうだ。
携帯性が高くコストが安い『着ぐるみ』もやがてクオリティアップの必要に迫られ、コスト高になるだろう。そこで図られるのはウェアラブルデバイス化への移行であり、あわせてヴィークル化に違いない。何よりいまの主要な顧客の男性に合うし、みんな好きに違いないと。
「つまり、アイヤンマンとか、ボットムスみたいな?」
「そうそう! そんな感じ! 竹宮は話が早い」
「ただの趣味じゃないか定期!」
呆れたように竹宮は踊り場を後にしていく。
ぽつんと残された水野はタブレットの動画を眺めながら呟いた。
「……男のロマンじゃないか」
ボイスチェンジが流行るのが先かパワードスーツが流行るのが先か。
それは誰にもわからなかった。