巨人の足音……?
「せんせー。ちょっといいすか?」
「やだ。忙しい」
そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。せんせーと呼ばれた水野は、売れないゲームのプロデューサーである。
「そこをなんとか。お願いします!」
「えっ……?」
目の前の光景は、水野にとって初めて目にするものだった。
竹宮が頭を下げているのだ。
あの、口が悪くて態度がデカくて、おまけに、興味あるのはイラストだけという、不遜を体現したような存在。その彼女が――である。
「お前……なんだ、借金か? それとも犯罪か? 一体全体、どうして……。ま、まさか?」
水野は慌てたように踊り場から身を乗り出し、空を見上げる。
「地球はまだ……滅びない……か?」
「無礼すぎる定期」
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「なるほどなあ。フリーの友達が解雇されたからなんとかならんか……と」
「高校のときからのフォロワーで、一緒に即売会とかしてた仲だから」
めずらしく殊勝な竹宮である。水野は少し考えこむように呟いた。
「んー。ポートフォリオあるの?」
近頃はスマホゲームバブルも弾けたと言われて久しい。そんな状況であれば、似た境遇の者は数多くいるだろう。
実際、国内外問わず、『レイオフ』なんて話題は聞こえてくるし、水野のタイトルも赤字すれすれの低空飛行を、鳥人間コンテストばりの脚力でなんとかしている有様だった。
「ここアクセスしてくれると」
「ほう。これはまた……」
アクセスしたサイトには見事に描かれた美麗な少女たちがいくつも並んでいる。
TVCMを数千、数万GRPと爆撃した有名タイトルから新規キャラクターが登場する度にセルランとトレンドを席巻したあのタイトル。
まるで、煌びやかな宝石箱のように、そこに描かれたキャラクターたちは輝いていた。
――時代のあだ花か。
水野は回想する。わずか一日で、高級車が買えたような、そんな時代を。
そして、顧みる。いま一人月増え、札束がひとつ飛べば、ゲームがどうなるかを。
「せんせー。どう?」
竹宮の透き通るような目と、桃色の髪が傾げて垂れる。
「いまから雇うのはきつい」
「そっか」
水野は虚空を見つめていた。
「さとPにも……聞いてくる」
「あー、待て」
「ん」
「こっちより、こいつらの方が金周りは良い。聞いたら、単発仕事くらいはあるかもしれん」
「ありがと、せんせー」
竹宮を見送りながら、水野は煙を春の空に吐く。
先ほど渡したのは、映像といくつかのテクノロジーを組み合わせた、制作プロダクションの連絡先だった。
彼らはいま、Vtuberで金回りがいい。
「だがまあ――、」
水野は思う。それも長くは続かないだろう、と。
彼らの制作費は高騰し続けている。いくら界隈が賑わったとして、全員が幸福になる未来は訪れないのだ。
――そのうち、整形代の方が安くなっちまう。
市場が大きくなるにつれ、いつの世もそれは細分化していく。
そして、細分化された小さな海に待ち受けるのは、過剰な搾取だ。
ARPPUという指標がある。いまも多く使われるこの『課金者一人当たりの金額』という指標は、事業の健全さを示しているといっていい。
「絵柄に金を払うって意味では、同じかもしれんがね」
これまでは機械制御された排出装置で、これからは男女の機微を知り尽くした相手との手練手管の賭けあいだ。
そしてそれは、繰り返され続けてきた、盛者必衰と偶像愛着の延長に他ならない。
「これからは、巨人が参戦してくるぞ」
水野は、肩を落としてめずらしくオフィスに引っ込んだ。