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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
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制作費用……?

竹宮(たけみや)。何描いてんの?」

「なんすかせんせー。いま忙しい定期」


 そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。せんせーと呼ばれた水野(みずの)は、売れないゲームのプロデューサーである。


「そこは俺の定位置だ」


 水野は竹宮を避けていつものサボり場ーー本人言うところの「アイデアが湧く」ポジションへ収まった。


「しょうがないにゃあ」


 竹宮の、首で束ねたピンクのメッシュ髪がさらさらとタブレットに落ちる。彼女は眼鏡を直しながらだいたい半歩分、横にずれた。


「で、何それ」

「さとPが受肉したいからって」

「はあ」


『受肉』というのは、もともと人ならざる神が人の形を成して現れることをさす、神々しい言葉だ。


 けれど、竹宮が体育座りしながら描いている、大剣を背負った蛙のような美少女と、さとPという後輩プロデューサーの名が合わさると、それは全く違うマリアージュとなる。


「Vtuberするの? さとP」

「そっす! あーしにしては冴えてると思いませんか?」


 晴れた空に合う声でサボり場へやってきたのは件のさとPだった。彼女は担当していたイケメンをナンパする位置ゲーのサ終を迎え、新たな企画を上進していた。


「さとPは相変わらず話が見えないぞ」

「せんせーはもうロートル定期」

「ほっとけ。だいたいなんだよこのキャラ。安価でももっとまともになるぞ」

「うっせー」


 水野と竹宮が始めた、カエル美少女への議論を馬耳東風とばかりに受け流し、さとPは胸をそらした。長い金髪のポニーテールがはねる。


「いま私が企画している『間違いを見つけないと出れない部屋』にはそれが必須なんす! P自ら受肉プレイして投げ銭稼ぐっていう、最高の案ですよ!」


 ――おおー、と竹宮がぱちぱちと手を叩く。

 水野の方は眉間にシワをよせ、虚空を眺めていたが、探るように口を開いた。


「ようするに……配信受けするゲームをVのガワでプロモする、と。うーん。わからんでもないが、うちのポリシー的にいいんだっけ?」


 どんなに良さそうに見える案でも、『ポリシー』の壁に阻まれるゲームは意外に多い。それは、年齢のレーティングやゴア表現などわかりやすい物のほかにも、景表法の解釈や倫理的にどうか、など明文化されないものまでさまざまだ。


「深夜早朝の生配信はダメってのと、PRつければなんとか……って、言われました! スパチャはけっこう解釈わかれたんですけどー」

「そりゃー、顧客ごとに価格変わるのおかしいからな。オフが安全じゃないの?」


 通常『PR』つまりはプロモーションは、第三者からの依頼を明示するときに使われる。今回の場合、さとPがやるのだから、理屈で言えば不要だろう。しかし、実写の人間が出ていない公式放送は海外ではいくつかあれ、国内では少ない。そこを配慮したのだろう。


「でも、あーしは自分の腕でも稼ぎたいんすよ! だから粘りました!」


 おかげで概要欄の注意書きがくっそ長くなりましたけど、そう言ってさとPは肩を落とす。

 どうやら文章と規約に、応援は定価100円でお釣りが出せないことに同意して行え、と書いてあるらしい。


「ここまですんのかい……」


 管理部門と現場のやり合いはよくある。双方の執念を感じる長さに水野はげんなりした顔をする。


「さとPかわいいから顔出しの方が稼げる定期」

「ガワ作るにもコストかかるから、良し悪しだが」


『ガワ』つまり3DないしLive2Dのことをさす。もちろんその制作には相応の費用がかかるし、動きを反映するトラッキングには大なり小なり専用機材が必要となる。


「いや、このネット社会。真名と顔晒してやるのはリスク高すぎるんすよ」

「言いたいことはわからんでもないが……。業界的に内部人員への叩きはあんま進んでないし」


 いまだにイベントに予告とかもな――、と水野は空を見る。


「でも、せっかく作る『カエ=ルーコ』ちゃんが叩かれたら嫌です」

「うっ、そりゃ、あーしも叩かれムーヴする気はないけど」

「むずかしいところだなー」


 さとPと竹宮は、同性ながら真逆の雰囲気をまとっている。さとPが大衆を沸かせるタイプなのに対して、竹宮には少数ながら熱狂的なファンがつきそうなタイプだ。


「ゲームって、ゲームが好きな人と、ゲームで遊ぶのが好きな人が混ざってるから会話しにくいんだよ」

「意味わからん定期」

「あー、例えば……。そうだな。『焼肉が好き』な奴と『BBQが好き』な奴って違うだろ」

「せんせー、その二つ全然違う」


 渋い顔の竹宮に代わって、さとPは水野に賛同した。


「あーしは分かる気がします。『肉食べたい』のには変わらないけど、肉自体が好きなのか、その場が好きなのかは違いますね」

「そんな感じ」


 そう、ゲームでは『ユーザーと一緒に何かをしていく』というのは、言葉ほど簡単なことではない。リポストが多ければいいものでもないし、投げ銭の多寡でも計ることはできないのだ。


 もちろん、姿が変われば良いかと言われれば、それが必ずしも正しいとも言えない。

 それはコミュニケーションの形態としてどうか、という点以外にコスト面にもある。


「まぁ、規約でクリアできたところは良いとして、俺はお面か着ぐるみを推すね」

「えっ?」


 竹宮は書きかけのタブレットを顔の上に掲げた。その仕草は一見、『こんな風に?』と見せかけた抗議だった。


「一周回ってっすか?」

「うーん。単純にガワの制作費回収できないよ。絶対」


 水野は頭の中でそろばんを弾き、よほどうまいコラボでもできない限り厳しいと試算していた。しかし――、

 そのとき、竹宮が立ち上がった。


「『カエ=ルーコ』ちゃんはかわいいので売れます! グッズ作ります!」

「そ、そっすよ。水野先輩。ほら、あーし……稼ぎますから!」


 Vtuberとは広告塔か、それとも作品か――。

 確かにまあ、広告塔として見れば費用対効果で語られるものだろう。けれども、作品として見れば。


「……お前のなら、売れるかもしれんなあ」


 水野はロイヤリティの計算をしようとして止めて、ため息を吐いた。

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