首くくり……?
今宵、雪で外界から隔絶されたコテージで殺人事件が起こる。
あなたは、クローズドサークル内で起こった事件の容疑者のひとりだ。
宿泊客から容疑者へと変貌し、猜疑心に囚われた元宿泊客らは、自ら潔白を証明しなければならなかった。
なぜなら……
「犯人……? そんなの、わかるワケないでしょう! 私の事件はぜんぶ迷宮入りなんだから!」
偶然居合わせた警官が、これ以上ないポンコツだったからだ。
誰かに罪を押し付けることだけが、あなたを下山へと導く唯一の道なのである。
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「……なんだよ。この導入」
「だからせんせー。説明したじゃないすか。これがさとPの企画っすよ」
「さとPって確か、竹宮。お前の同期だっけ?」
「何回も言った定期」
そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。せんせーと呼ばれた水野は、売れないゲームのプロデューサーである。
「謎解きゲームって聞いてた気がしたんだが」
水野の言葉に竹宮は首を傾けた。ピンクのメッシュ髪がさらさらと頬から離れる。眼鏡の奥では、記憶を探るような瞬きが繰り返されていた。
「人狼ゲームみたいな、チャットに特化した犯人捜しゲーム……ってさとPが」
「そうです。あーしが見ているところ、人狼ゲームって市民権を得てると思うんです。でも、あれはチャットだとやりにくいじゃないですか。だから、あーしは犯人探しとチャットに特化させてみようかと」
「ふーん……」
水野の生返事にさとPが企画書のページをめくって図を示した。
そこには交差する二つの軸で表された四象限上に、アモアス、ワードウルフ、人狼やら、いくつものゲームが並んでいた。
「で、この……チャット×非謎解きって部分がこの企画なの?」
「そうです! 題して、『チャットで冤罪ぶちかまし』ゲームです!」
竹宮がおー、と声をあげながら拍手を送っている。水野は胡散臭げな目をさとPに向けた。
「さとPっていま、何やってるんだっけ?」
「イケメンをナンパする位置ゲーでアシPです」
「あ、なるほどね……。うん。わかった」
水野が見るところ、竹宮は典型的なニッチの罠にはまっているのだろう。
イケメンをナンパする位置ゲーと言い、今回の冤罪なすりつけゲームと言い、どちらも王道の企画ではない。飛び道具だ。
たしかに、うまく差別化できれば一定の支持を得ることもできる。だが……
「こういうの、マネタイズ苦労しそうだけど」
「うっ。落とし切り……でだめですかね」
『落とし切り』要するに五百円とか、決まった価格で売ろうというものだ。
「サーバ費とか、ランニング苦労するよ。マッチングも全部ローカルでやるならいいけど、それならチャット機能いらないし」
水野はちらとさとPに視線を向けた。さとPは唇をげじげじに歪めて何かを思案しているようだった。
現実的な意見かもしれないが、簡単に若い子の芽を摘むのは水野としても本意ではない。
「まあでも、コンセプトはいいんじゃないかな。疑惑を他人に押し付けるってのは面白いし。非対称ゲームみたいに冤罪かけられた人が復讐する感じにしたら、キャラ売りもできるんじゃない?」
「ピックアンドバンに地雷埋める感じ……ですかねえ。できればあーし、ワンマップで完結させたいです。お金的に」
お金ーー、そういってさとPは手のひらでコインマークを作る。
「もう少し煮詰めてみます。ありがとうございました」
「またね、さとP」
水野は座り直し煙草に火をつけた。気まぐれに手に取ったマルボーロの煙が、雲の隙間に向かってゆっくり伸びていく。
「あんなレビューで良かったのか?」
「んー。さとPが予想してたのと大体同じでしたよ」
「なるほどな」
ディレクターやデザイナーが各々の良さを追求するのに対し、プロデューサーが目指すところは誰もが同じだ。
『売れるか売れないか。黒字か赤字か』
水野が売上を狙ったのと反対にさとPはコストアップを嫌った。
それぞれが取る、手段にこそ違いがあれど、見るべき点はシンプルに数字だけ。売れれば官軍。売れなきゃ詐欺師がゲームプロデューサーなのだ。
「お前はどう思ったの?」
竹宮はデザイナーだ。彼女なら、売れる売れないではなく、魅せる魅せないで答えを出すことだろう。
「私はこんな感じに」
竹宮は一枚のイラストを広げる。
そこに描かれたモノを見た水野は、面食らったのか半歩下がった。
「やることが……過激なんだよ。お前」
「冤罪といったらこれしかない定期」
イラストの中央には、大きな断頭台が不気味に鎮座していた。その周囲には金網デスマッチを思わせる高い金網がある。中では、四人の男女が『冤罪』と描かれた棍棒を振り回していた。
「聞くまでもないけど……これは負けたら?」
「冤罪で首ちょんぱにされます」
「……Zだな」
Z指定。意味するところは、18歳未満お断りときつい描写がありますよ。である。
「分かってます。でも、」
竹宮はにいっと微笑んだ。
「自分がやられたくないから、相手に罪をなすりつけるんです。だったら、罰は思いっ切り重くしないと」
「……一理ある、か」
水野はふう、と空を見上げた。
気まぐれで買ったフィリップ社の赤パッケージを逆さまにしてその下部を指で覆う。
貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだーー。
そんなダイアログが頭を掠めた。