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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
29/30

炎上コラボ?

「せんせー。すげぇ燃えてますね」

「そうだなあ。コラボ案件に関しちゃうちも無関係じゃないしな……」


 都会のビル街の隅。晴れた空の見える外階段。

 気だるそうに紫煙を上げる男。その後ろでスマートフォンをいじる女。

 よくあって、いつもそうであるような、日常の一瞬。


 男は水野(みずの)。女は竹宮(たけみや)だった。


「『作品を汚すな』、『Vtuberとのコラボは嫌』だとか、私のエゴサスキルによれば……アンチのタグもどっさり」


 竹宮の平坦な声音に、ことさら事実が強調され、水野の肩は重くなった。

 ピンク色のインナーカラー。黒い髪に隠れた竹宮のそれが、水野の目にはやけに残った。


「色々考えたが、ひとつは『キャラの私物化』に近い現象なんだろうな」


 言いつつ、灰皿に煙草を放り込む。

 もう少し考えをまとめる暇がほしいーー。

 水野は次の一本に火をつけた。


「それって確か、不倫した声優のときに出ましたよね。Vtuberは役そのものだから、そうはならない定期」


 そう。

 Vtuberと他作品でのコラボで起こっているトラブルは、多くの構造的非対称で起こっている。

 そのひとつが、キャラそのものなのかそうではないのかーー、だ。


「『中の人などいない』って話だな。だが、現実は違った。Vtuber黎明期に行われた二代目、三代目方式はうまくいかなかっただろ」


「一時期声が変わったとかで荒れてましたねえ。私の推しも、風邪の声枯れを『中の人』変わったから、とか笑い話にしていましたし」


「Vtuberの定義は曖昧だ。けれど、少なくても世間では中に人間がいると思われている。大手事務所だと、元タレントなんかも採用してると噂だ。そもそも、芸能人の副業とVtuberは相性がいい」


 そんな話をしたとこともありましたねえ、と竹宮は座り直す。


「Vtuberは、設定と演者が結びついたキャラクタ知的財産だ。それをファンビジネスとMDが支えている、新しい分野だ。世間の『普通』からはそう簡単に理解は得られないよ」


 仮に時間を巻き戻せたら、いまのLive2Dと配信を中心とせず、3D主体の現在もあったかもしれない。いや、それよりーー。


「既存IPの大手IPがVtuber化していたら、世間的理解はあったかもな。批判自体は新参者がシマを荒らすな、って感情論なわけだし」


「アニメキャラがVtuber化されてて、それと一緒に、ってことですか? 私はどうかなー。ロロが配信したり雑談してるのは解釈不一致すかね」


「そうは言うがな、ゲームなんてはじめはドットだったんだぞ」


 竹宮は手をひらひらさせる。


「せんせーはわかってないすね。うちらは白黒テレビで生きてきてない定期。そんな化石と比べても意味ないない」


「何でだよ」


「大昔はそうやって進化するのが普通だったわけですよね? だから、みんなそれに慣れてる。でもうちらは、公式が揃えてるものが正義になってる世代なんすよ」


 物言いこそ平成初期女の腹立たしいものだが、内容は一理あった。もちろん濃淡はあるだろうが、作品解釈、二次創作への考え方は世代感を写すだろう。


「いまは、コミュニティの中でどう好きを表現するか。だもんな……。アニメーターによって表現も違う版権を集める時代とも違う、か」


 現在だとそれは、作画崩壊などと言われるかもしれない。時代は、ズレや違和感を惜しみなく表現できるように移ろっている。


「……本題に戻るが、いまはVtuberの演者自身の個性が人気を左右すると思われている分、タレント化が進みすぎているように見えてな」


「アニメだと、キャラと合うかが重視されますよね。ゲームのCVはマーケティング要素が強いっすけど」


 マーケティング? 竹宮の言葉に水野は耳を疑った。


「……お前からそんな言葉が出るとか、どうしたの? 本業デザインだろ」


「こんだけせんせーと話してたら覚える定期。それで? 続きは?」


「え、あ、うん。……アニメだと生身の状態でキャラ台詞を言う。それはイベント稼働であるけど、その逆は頑なに避けられているよな。これはキャラ崩壊を防ぐためだが……」


 本人としてはファンサービスなのかもしれない。けれど、これは難しい。


「キャラの私物化。そう呼ばれないため定期」


「そう。ざっくりにするが、作品とキャラは会社の持ち物で演者の物じゃないからな。慎重になるなら名台詞ひとつでも確認をしなくちゃならない」


「あれ、でもVtuberに台本はありませんよね」


 従来のキャラクター像では、演者はキャラに依拠し、キャラは作品の一要素でしかない。

 けれど、Vtuberの場合はキャラがあり演者がいるものの、作品はない。むしろーー


「そう。いまのVtuberは、演者がいて、ガワがある。作品や世界観はない。そう見られている。実写のタレントをLive2Dにしたのと変わらない」


 だとするとどうなるか。

 姿を隠す歌手、表に出たがらなかった声優。

 それらと同列に語れるのだろうか?


「匿名を行使して、都合よく自我を出す輩。そう見られている」


「あんなに表に出て、誹謗中傷されてるのに?」


「あのな。『誠*ね』は誹謗中傷じゃないのか? って話しなんだよ」


 誹謗中傷と作品の批評は明確に分かれる。

 同じ言葉でも、批評ならOKで対個人ではNGとなる。

 つまり、演じたキャラがどれだけ誹謗中傷されても、演者に対抗手段はないのだ。


 一方でVtuberは出演作を持たない。

 よって、あるVtuberへの誹謗中傷が、権利者である企業や演者。加えて、社会的に見て、演者に対して行われているとされれば、即座に誹謗中傷となる。


「作品のキャラクターは同じ言葉を浴びても守られないんだ。もちろん、演者は別だが、それがキャラクターに浴びせられている限り、キャラが盾になる。気になるなら、AIにでも聞いてみればいい」


 水野は思い出していた。自身の担当したゲーム、そこで起こったトラブル時のことを。


 運営に対する罵詈雑言はやまなかった。

 返金を望む過度な要求が積まれた。

 多くの人間が、深夜まで手を尽くしていた。


「なんで、俺たちにその盾はなかったんだろうな」

「ん? なんて……?」


 水野は煙を吐く。

 それで業界を去った人間も多い。


 本当の悪は、現場なんかよりもずっとずっと上の方にいるのに。


「運営団体にはその盾はない。そういう話だ」


「うーん。作中キャラとは違うってのはわかりましたけど……」


 竹宮はどこか腑に落ちない表情をした。


「そういう違和感とかズレがあるとしてですよ? それだけで燃えますか?」


「つまりな、コラボに文句を言っても、Vtuberのファンから以外、反論されないんだよ」


「あっ……」


 皮肉な話だ。

 自身に及ぶ誹謗中傷に対処していたら、他者といるときに石を投げられるようになったという話は。


「もちろん、他にもあるだろうけどな。人間の悪意ってのは、底知れないもんだよ」


「……せんせーはどう思うんすか?」


 そんなの、決まっている。

 水野は指先で燃え殻になった煙草を灰皿に押し付ける。


「悪意を向けられるのが嫌なら、ユートピアにこもっていればいい」

ほんとに困ってる。

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