炎上コラボ?
「せんせー。すげぇ燃えてますね」
「そうだなあ。コラボ案件に関しちゃうちも無関係じゃないしな……」
都会のビル街の隅。晴れた空の見える外階段。
気だるそうに紫煙を上げる男。その後ろでスマートフォンをいじる女。
よくあって、いつもそうであるような、日常の一瞬。
男は水野。女は竹宮だった。
「『作品を汚すな』、『Vtuberとのコラボは嫌』だとか、私のエゴサスキルによれば……アンチのタグもどっさり」
竹宮の平坦な声音に、ことさら事実が強調され、水野の肩は重くなった。
ピンク色のインナーカラー。黒い髪に隠れた竹宮のそれが、水野の目にはやけに残った。
「色々考えたが、ひとつは『キャラの私物化』に近い現象なんだろうな」
言いつつ、灰皿に煙草を放り込む。
もう少し考えをまとめる暇がほしいーー。
水野は次の一本に火をつけた。
「それって確か、不倫した声優のときに出ましたよね。Vtuberは役そのものだから、そうはならない定期」
そう。
Vtuberと他作品でのコラボで起こっているトラブルは、多くの構造的非対称で起こっている。
そのひとつが、キャラそのものなのかそうではないのかーー、だ。
「『中の人などいない』って話だな。だが、現実は違った。Vtuber黎明期に行われた二代目、三代目方式はうまくいかなかっただろ」
「一時期声が変わったとかで荒れてましたねえ。私の推しも、風邪の声枯れを『中の人』変わったから、とか笑い話にしていましたし」
「Vtuberの定義は曖昧だ。けれど、少なくても世間では中に人間がいると思われている。大手事務所だと、元タレントなんかも採用してると噂だ。そもそも、芸能人の副業とVtuberは相性がいい」
そんな話をしたとこともありましたねえ、と竹宮は座り直す。
「Vtuberは、設定と演者が結びついたキャラクタ知的財産だ。それをファンビジネスとMDが支えている、新しい分野だ。世間の『普通』からはそう簡単に理解は得られないよ」
仮に時間を巻き戻せたら、いまのLive2Dと配信を中心とせず、3D主体の現在もあったかもしれない。いや、それよりーー。
「既存IPの大手IPがVtuber化していたら、世間的理解はあったかもな。批判自体は新参者がシマを荒らすな、って感情論なわけだし」
「アニメキャラがVtuber化されてて、それと一緒に、ってことですか? 私はどうかなー。ロロが配信したり雑談してるのは解釈不一致すかね」
「そうは言うがな、ゲームなんてはじめはドットだったんだぞ」
竹宮は手をひらひらさせる。
「せんせーはわかってないすね。うちらは白黒テレビで生きてきてない定期。そんな化石と比べても意味ないない」
「何でだよ」
「大昔はそうやって進化するのが普通だったわけですよね? だから、みんなそれに慣れてる。でもうちらは、公式が揃えてるものが正義になってる世代なんすよ」
物言いこそ平成初期女の腹立たしいものだが、内容は一理あった。もちろん濃淡はあるだろうが、作品解釈、二次創作への考え方は世代感を写すだろう。
「いまは、コミュニティの中でどう好きを表現するか。だもんな……。アニメーターによって表現も違う版権を集める時代とも違う、か」
現在だとそれは、作画崩壊などと言われるかもしれない。時代は、ズレや違和感を惜しみなく表現できるように移ろっている。
「……本題に戻るが、いまはVtuberの演者自身の個性が人気を左右すると思われている分、タレント化が進みすぎているように見えてな」
「アニメだと、キャラと合うかが重視されますよね。ゲームのCVはマーケティング要素が強いっすけど」
マーケティング? 竹宮の言葉に水野は耳を疑った。
「……お前からそんな言葉が出るとか、どうしたの? 本業デザインだろ」
「こんだけせんせーと話してたら覚える定期。それで? 続きは?」
「え、あ、うん。……アニメだと生身の状態でキャラ台詞を言う。それはイベント稼働であるけど、その逆は頑なに避けられているよな。これはキャラ崩壊を防ぐためだが……」
本人としてはファンサービスなのかもしれない。けれど、これは難しい。
「キャラの私物化。そう呼ばれないため定期」
「そう。ざっくりにするが、作品とキャラは会社の持ち物で演者の物じゃないからな。慎重になるなら名台詞ひとつでも確認をしなくちゃならない」
「あれ、でもVtuberに台本はありませんよね」
従来のキャラクター像では、演者はキャラに依拠し、キャラは作品の一要素でしかない。
けれど、Vtuberの場合はキャラがあり演者がいるものの、作品はない。むしろーー
「そう。いまのVtuberは、演者がいて、ガワがある。作品や世界観はない。そう見られている。実写のタレントをLive2Dにしたのと変わらない」
だとするとどうなるか。
姿を隠す歌手、表に出たがらなかった声優。
それらと同列に語れるのだろうか?
「匿名を行使して、都合よく自我を出す輩。そう見られている」
「あんなに表に出て、誹謗中傷されてるのに?」
「あのな。『誠*ね』は誹謗中傷じゃないのか? って話しなんだよ」
誹謗中傷と作品の批評は明確に分かれる。
同じ言葉でも、批評ならOKで対個人ではNGとなる。
つまり、演じたキャラがどれだけ誹謗中傷されても、演者に対抗手段はないのだ。
一方でVtuberは出演作を持たない。
よって、あるVtuberへの誹謗中傷が、権利者である企業や演者。加えて、社会的に見て、演者に対して行われているとされれば、即座に誹謗中傷となる。
「作品のキャラクターは同じ言葉を浴びても守られないんだ。もちろん、演者は別だが、それがキャラクターに浴びせられている限り、キャラが盾になる。気になるなら、AIにでも聞いてみればいい」
水野は思い出していた。自身の担当したゲーム、そこで起こったトラブル時のことを。
運営に対する罵詈雑言はやまなかった。
返金を望む過度な要求が積まれた。
多くの人間が、深夜まで手を尽くしていた。
「なんで、俺たちにその盾はなかったんだろうな」
「ん? なんて……?」
水野は煙を吐く。
それで業界を去った人間も多い。
本当の悪は、現場なんかよりもずっとずっと上の方にいるのに。
「運営団体にはその盾はない。そういう話だ」
「うーん。作中キャラとは違うってのはわかりましたけど……」
竹宮はどこか腑に落ちない表情をした。
「そういう違和感とかズレがあるとしてですよ? それだけで燃えますか?」
「つまりな、コラボに文句を言っても、Vtuberのファンから以外、反論されないんだよ」
「あっ……」
皮肉な話だ。
自身に及ぶ誹謗中傷に対処していたら、他者といるときに石を投げられるようになったという話は。
「もちろん、他にもあるだろうけどな。人間の悪意ってのは、底知れないもんだよ」
「……せんせーはどう思うんすか?」
そんなの、決まっている。
水野は指先で燃え殻になった煙草を灰皿に押し付ける。
「悪意を向けられるのが嫌なら、ユートピアにこもっていればいい」
ほんとに困ってる。




