表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
27/27

みちしるべ・・・?

「マジかよ。応援してたのにな……」


 水野(みずの)は思わず、階下に煙草の灰を落としそうになった。


「Xなんて見てないで、さっさとチェックしろ定期」


 休憩所を囲うビル街は太陽で輝いている。九月の踊り場はまだ暑い。

 けれど、水野を突きさしたその声は、ひんやりした氷みたいに投げかけられた。

 竹宮(たけみや)だった。


「こっちはせんせーの頼みで大量の人名とにらめっこしたのだけれど? 急ぎでって言ったのに、自分は余裕の休憩ってのは納得いかないっすよなあ」


「まあ、そう言うなよ。ほら、あの妻子いるVtuberが引退なんだってよ。これは業界的にも大きい話題だろうよ」


「ふうん?」


 竹宮がうさんくさげにメガネ奥の瞳を細める。

 仕方がない――。水野は働き者のアシスタントの方へ身体を向けると続けた。


「業界的には、数えるほどしかいない婚姻と子供を公表してたお方だぞ。結婚していても、子供がいたとしても、活動は続けられる。その存在自体が、灯台。皆を勇気づけてたと言ってもいい」


「じゃあ、なんでそんな偉人が辞めちゃうのよ?」

「しらね……。だがまあ、ここが芸能人との違いなのかもしれないな」


 はあ? と竹宮は不審顔をする。


「芸能人とVtuberは違う定期。それに、結婚出産は芸能でも良くあるでしょう?」


「いーや違う。Vtuberは家族が増えると守秘義務を果たせなくなるかもしれない」

「守秘義務……。それはゲームとかアニメでもあるやんか。大して重いこと、ないと思うっすけど」


 芸能はもちろん、BtoC業界に守秘義務は付き物だ。

 あのゲームの続編はいつ……だとか、アニメの主題歌が誰で……なんていうのは、あげればきりがない。


「そういや、あれの参加者……。結局何人だった?」

「んー。リストは800人くらいでした。けっこう多いっすね」

「やっぱり、そうかあ……」


 水野は煙草に火を付けた。

 思考を切り替えるときの癖だ。世間では煙たがられるが。


「平均年収の半分くらい、か……」

「? なにが?」

「製作費の頭割りだよ」


 水野が竹宮に頼んでいたのは、水野がいっちょ噛みしたアニメの制作陣のリストアップだった。その人数を総製作費で割ると、だいたいの分配が明らかになる。


「ゲームと比べたら雀の涙だ」


 もちろん、期間にもよるがな。と水野は続ける。

 おそらくは、これが薄利の元凶なのだろう。公平な分配として、これだ。

 上流から下流までの傾斜を考えれば、その差はさらに広がるだろう。


「あー。なるほど……」

「まさに命取りってことだ。実家が太くでもなきゃ、やっていけねえ」

「私の推し絵師も、実家でカツカツ言うてた……」


 家族からの援助がなければやっていけない業界は、

 やりがいを啜り続けるか、パトロンに適応していく。


 動画一枚いくらの境遇と握手会や投げ銭の世界。

 それが、表に出る輝かしい著名人たちの下には広がっているのだ。


「さっきの話だが、VTuberの最大の秘密って、なんだと思う?」

「んー……中の人定期。あっ……」

「そういうこと、だ」


 芸能人は顔で分かる。しかし、Vtuberは存在そのものが秘密なのだ。

 だからこそ、中の人に纏わるトラブルでは、巨大なスポンサーも過敏になる。


 水野は紫煙を吐いた。もしかすると、ため息かもしれない。

 結局自分は、作る側にはいられず、誰かに”作らせている”。


「たかだか新作情報をばらさないくらい、簡単だと思わないか?」

「ぼそぼそ話してるせんせーは、守れてるって、言い切れますかねえ?」


 やれやれ、と首を振る竹宮に、水野は今度こそため息をついた。


 ――降ろされたことはないが、降りたことはあるよ。


 その一言は、つげなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ