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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
25/27

アニメのはなし・・・。

「しかし、アニメは儲からん」


 そう呟いた水野(みずの)がいるのは年季の入ったビルの踊り場だった。

 喫煙所兼休憩所。建て替えの進む都会の片隅。そこに残された、平成の残滓。

 水野の所属するゲーム会社もいずれオフィス移転が行われるだろう。


「開発費や期間で行ったらゲームとそう変わらんのにな……」


 水野は表計算ソフトのデータをいくつか比べながら、煙を吐く。

 不思議だった。似たようなエンタメ。ディスプレイコンテンツであるにも関わらずここまで収支の結果に差が出てくるのだ。……無論、アニメの方が悪い。


「せんせー。この製作費なんすけど……」


 背後から、どこか舌ったらずで甘味のある声がかかる。竹宮(たけみや)だ。

 彼女はプリントアウトされた紙を見ながら、こめかみに手を当てていた。


「んー。イラスト? なんか変なとこあったか?」

「いや、今回ちょっと枚数が多かったので。先方にディレクター立ててもらったんすけど、出来が良いわりにえらく安くて……。なんか怖い、でして」


「現場で当たりを引いたか、ディレクターが良かったか。ってこと?」


 頷いた竹宮の髪が、はらり、とメガネに重なった。インナーカラーのピンク髪がちらりと顔を覗かせる。


「見せてみろよ。えーと、この人は……っと」


 担当者の名前をサーチする。ヒットしたのは何作かのアニメだった。

 水野が徹夜しながら見た作品のクレジットも入っている。


 疑いの余地はない。ゲーム畑の人間ではなく、アニメ畑の出身だろう。


「……作監か原画のフリーなのかもな」

「単価違いすぎ定期」


 よくある話だった。アニメ畑の人間に、ゲームの仕事を振るな、と言うのは。

 それはなぜか? 単価が違いすぎて、アニメ人材がゲームに流出するからだ。


「アニメは儲かんないんだよ。ビジネスモデルも保守的だし」

「嘘うそ。せんせー、私のこと騙してる。ほら、映画とかヒットしてるし」


 一方から見ればそうかもしれない。いや、実際に、関連市場は盛り上がっているのだ。だが、それが制作会社やIP保有者に還元されているかと言えば、そうでもないのだ。


「客単価が違いすぎるんだよ。映画は高くて2000円だろ? でも、ガシャは10連で3000円が相場だ。同じ映画を月に5回見る奇特な奴でも1万。でも、ガシャを月に30連やる奴はザラだ」


「はっ。私のデスクにはミミットちゃんのグッズがいっぱいですけど?」

 たかが1万くらい……。フィギュアに比べたら、と竹宮は口角をあげる。


「それなんだよ。儲からないのは」


 ゲームの課金は基本的に自社で完結し、課金の大半がゲーム会社自身に入る。

 ただ、グッズの場合は違う。グッズは大半のものがアニメ会社以外から発売されるのだ。それゆえに、売上の数%しかアニメ会社へは返ってこない。


「アニメキャラを貸し出すのと、借りて商売するんだと、借りた方が儲かる」

「グッズを出した方が利益が出るってこと?」

「あえて言おう。イエスだ」


 作品やIP。それらへのひと月ごとの客単価。

 その積み重ねをLTV(生涯顧客単価)という。


 優れた作品やIPであるほど、その金額は大きくなる。

 けれど、それぞれの顧客、そのお財布はひとつしかない。

 言い換えれば、複数の会社がひとつのお財布を分け合っている。


「キャラを生み出すより、グッズを作る方が楽だからな」


 紙やアクリル、プラスチックのグッズ。その原材料費は廉価だ。

 比較して、キャラクターを1人生み出して育てるには膨大なリソースがいる。


「知恵と人数をかけ、金を払って育てたIPを、みんなが食ってるんだ」

「……言い方、定期」


 IPというデカいピザを何人でどう分け合うか。

 突き詰めれば、ここがアニメ会社が儲からない原因だった。


「でもな、ゲームも昔は似たようなもんだったんだ」

「昔? せんせーの言う昔って……花札、とか?」

「江戸時代かよ! ほら、あれだよ。なんちゃらロワイヤル。あの頃だ」


 その頃のゲームは、販売価格×販売数で開発費が決まっていた。

 言ってしまえば、50万円で作って100万円で売れば良かった。


 けれど、ソーシャルゲームの勃興とガシャの発明で、運命が変わった。


「あれのおかげで、ゲームの実質的な値段は上がって、儲かるようになった」

 取り分も、相応にあったしな、と水野は続ける。


「ふーん。じゃあ、アニメの人らはそうしないんですか?」

「……動画サイトに漏れなくスパチャ機能でもつけろってか?」

「いや、なんかそういう寄付みたいなのじゃなくて……」


 難しい。これは難しい話だ。

 ピザをデカく、チーズやらサラミやらを乗せて美味しくすることはできる。

 でも、人が入り乱れるパーティの場で公平に分けようというのは、きっと誰もできないだろう。せめてひとかけら……となるだけだ。


「……言ってたらピザ食べたくなってきたな」

「わけわからん定期」

「そう言うなよ。ほらちょうど、名乗さなの配信も始まったし」


 ――こうやって、作品からキャラクターが出てきて、歌ったり踊ったり、視聴者と会話したり。ときには設定崩壊のようなことをして、バズったり。そんな夢のようなことは起こらないもんかねえ。


 推しVtuberの配信開始通知を見ながら、水野はそんなこと思った。



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