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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
24/27

おかえりなさい……?

 


「あれ? せんせー。久しぶりっすね」


 どこか舌ったらずで甘味のある声だった。

 言われてみれば、そんな気もする。ほんのしばらく異業種に出張っていただけだと言うのに。


「なんだ竹宮(たけみや)。さみしかったか? 俺がいなくてずいぶん仕事も捗ったんじゃないか? なあ」


 水野(みずの)はわざとらしく、眼鏡を持ち上げながら言った。


 ここは、建て替えを待つ都会の片隅。そして、年季の入ったビルの踊り場。喫煙所兼休憩所で、竹宮と水野の駄弁り場だった。


「たかだか2週間でずいぶんと鬱陶しくなりましたね、定期。さては、アニメ会社じゃずいぶんと日陰者だったんじゃないですか? ほら、せんせーは」

 暗いから、と竹宮は口端を歪めた。


 はらり、と髪が彼女のメガネに重なって、ピンクのインナーカラーが毛先を覗かせる。


「うるせー。例え本当でも遠慮しろよ? それに、収穫はあったからな」


「あるなら聞きたい定期。……実際、せんせーがいないと静かで。たいへん遺憾ながら仕事が捗りましたから」


「ふん。いくつもあるが、ゲームでデザインやってる竹宮には朗報と言えるかな。わかったのは実に当たり前のことなんだが」


 そう、この気づきは当たり前のものだ。だが、肩書きと実物をセットにされないと、思いのほか気付けないことだった。


「アニメーターとイラストレーター、漫画家は、別もんなんだよ」

「は? 当たり前、定期」

「まぁ、待て。お前、イラストレーターのイラストは見たことあるよな? でも、漫画家のイラストはどうだ? アニメーターのイラストは?」


 どの職種もSNSに進出して久しい。恐らく、彼らの作品を目にしたことは誰にでもあるはずだ。


 だが、アニメーターとイラストレーター、漫画家が、それぞれ同じ物を描いた例を見たことがある人間となれば、一気に減るはずだ。


「ん。んー、どうかな。うまい絵は回ってくるけど、その人が何しているかまではそんなに。有名な人なら、わかりますけれど」


「つまりな、全部別もんなんだよ。ゲームでも、背景ありで一枚絵ならイラストレーターだし、バストアップで表情や動きを強調したいなら、漫画家。Live2Dやムービーシーンなら、アニメーター。全部違うんだ」


 水野は思った。当たり前のことを言ってるな、と。もしかすると、全世界で知らなかったのは自分だけかもしれない。


 それくらい、当たり前のことをわざわざ語っていた。


「でも、現場ではそうじゃない。だいたいがごちゃ混ぜだし、アニメーターの版権絵をバナーに使ったりしてる。思ってるだろうよ。イケてないなって」


「言いたいことが少しわかってきました。私は3Dもやるので……。2Dでごりごりにデザインしたものって3Dにしにくいんですよ。見た目重視で破綻してたり」


 竹宮の感覚は正しい。それとは逆に、3Dを意識しすぎると2Dにしたとき、簡素になりすぎるのだ。揺れ物、長い髪、ふわふわ衣装。どれも、コリジョンが面倒くさくなる。


「あとな、ヒットストップ表現。あれ、アニメと相性良さそう。ゲーム的表現と漫画的表現の合いの子だけど、メリハリとスピード感が出る。キーフレームを気持ち長くして、動画とモーションのフレームを抜く感じだけど、わかる?」


「アクションだとよくやる処理っすね。アニメでやるなら、背景も3Dにした方が楽そ……」


「そうなんだよなー。言ってきて確信した。最近のアニメが流行ってるのは、3Dの進化と融合が大きい。絵的にも、動きでも」


「せんせーはどこの会社行っても楽しそうでいいっすね。お気楽ノー天気の秘訣、聞きたみある」


 確かに、Vtuberの開発を覗いたときもずいぶんと発見があった。うきうきと竹宮に話したのもよく覚えている。確かーー。


「ゲームの3Dは3Dの進化でVtuberは2Dの3D化……」


「それそれ。まあ、確かに。とは思いましたけど? 発見ばかりでなく活かしてほしいところっすね」


 竹宮は手のひらひらさせると、扉を開けて事務所に引っ込んでいった。

 少しだけ甘い香りがその場に残った。水野は、タバコに火をつけた。


「それができたら、もっと出世してんだよな」


 見慣れた光景を、ぼんやりとした煙が覆った。

 立派な看板でもつけられれば、このビルの値段もあがんのかね、と水野はタバコをもみ消した。


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