集客予算・・・・?
「竹宮、ちょっといいか?」
「なんすかせんせー」
竹宮は水野を先生と呼ぶ。理由は長話だ。はっきり言えば良いのに、水野は朝礼の校長みたいに抽象的な指示ばかりする。
そんな水野はプロデューサーである。言えばその通りになってしまうから言わない。そういう人間だった。
「……お前の手ってそんなんだっけ?」
振り返る竹宮はいつものメガネにジャージ姿だ。髪に入ったピンクのメッシュ以外にデザイナーらしさはない。
しかし、今日の竹宮はいつもとすこし違った。両手にパペットをはめていた。
パペットはずいぶんとくたびれている。かろうじてわかるのは、右手の目玉が取れかけた物が男で、左手の長い茶色を振り乱している方が女、ということだ。
「あぁ。これはネタ出し用の小道具でして」
「ふーん」
竹宮の奇行をいちいち気にしても仕方ない。よって、水野は大した興味もなさそうにいつもの踊り場――空が細長く見えるビルの隙間にしゃがみ込んだ。
着いてくる竹宮は、一人で芝居をしている。ご丁寧にも声を作った、一人二役だった。
『ナァ、今日ノ放課後、体育館ウラニ来テクレナイカ?』
『ミズノ君……。ウン、ワカッタ。シュシュリー楽シミニシテルネ』
水野は無言でノートPCを操作する。くるりと竹宮へ画面を向けると『目標二〇〇〇人! 投票バトル開催!』と煽られた企画書が映っていた。
「これ。人足りないのはわかってると思うから。少しでも集客したいんだよ。協力してくれないか?」
『ミズノ君。待ッタ? 俺モ、今サッキ来タトコロダ』
「……やって欲しいのは、」
水野は徹底的に無視を決め込んで企画の説明に入る。
――ふうん? それを悟った竹宮は目を細めて口角を上げる。不敵な笑みの表情は、いたずら心が半分。悪意は満点と語っていた。
『ダメヨ。ミズノ君。私タチ……ソンナ』
『イイダロウ? 俺ト君ノ仲ダ』
竹宮は右手のパペットをバタバタ動かして左手のパペットに覆いかぶさせる。
『アーレー。ミズノ君。ソンナ、ヤメテー! アーラー。グフッ……。イタイ、イタイヨ。ミズノ君……どうして?』
『君の美しさを永遠にボクの物にするためさ。君は命失ってこそ美しいのだ。わはははは』
竹宮は右手のパペット(水野)で左手のパペット(シュシュリー)を突き刺した。ラブコメ茶番からサイコ味感じるサスペンスへ。水野パペットが何度もシュシュリーパペットに打ち付けられている。
「……悪かった。悪かったから俺の名前でやるのやめて」
「私の勝ち定期」
「なんの勝負だよこれ。っつーか、いつもそんなバイオレンスなことしてんの?」
「いつもは普通のいちゃラブっすよ。全人類尊死アンド爆発するくらいの。……でも、水野さん見てたらありえなすぎて……」
竹宮は実に気の毒そうに首を振り、両手のパペットに頭を下げさせた。
「全宇宙代表として謝ります。本当にごめんなさいでした」
「なんなの? ねえ、なんなの? 勝手に宇宙規模で気の毒な人にしないで?」
「次のキャラ、せんせーみたいに孤立無縁の絶対孤独設定にしようかなあ。全身毒針と粘液まみれの……あー、おぞましい」
「……売れんならそれでいいよ。 でも、真面目にやれ。俺にはもう、マジでお前のデザインしかないんだから」
竹宮は変人だ。しかし、キャラデザインのうまさはそれを補って余りある。実際、彼女がデザインした何人かのキャラはグッズ化され、ゲーム本編の人気の無さと反比例するようにカルト的な人気を誇っていた。
「……まあ、せんせーがそう言うなら口車には乗ります」
「頼むわ。ついでにこっちも」
諦め境地の水野はふたたび企画書を差し出した。竹宮はノートPCに映る資料をぽちぽちしながら読んでいく。
「……予算、一〇〇万だけですか?」
「悪いかよ」
「いえ……削られたんですね」
「なにも言うな」
水野は俯いて煙草に火を付ける。
「っぷぷ。くふふふ」
「なんだよ」
「いや、もうせんせー……しょうがないなあ」
竹宮は右手のパペットをゆっくり外すと水野の前にしゃがみ込んだ。予算が削られて落ち込む水野を前に、竹宮は実に楽しそうだ。
「これでも、喰らえ!!!」
「は?」
竹宮はいきなり水野のデコにピンを喰らわす。そのままふわりと身をひるがえして水野に背を向けると、伸びをしながら業務に戻っていく。
「なんなんだよ……あいつは」
「せんせー。これあげます。 それっ」
放物線を描いて飛んできたのは、竹宮の右手につけられていたパペット(水野)だった。
「いらんぞ」
「まあ、そう言わんでもろて。私それでけっこういいアイディア出てますから。じゃ、またあとで」
扉が閉まり、水野はひとり。踊り場で紫煙を吐いた。
「こいつにそんなご利益……ねえ」
目玉が取れかけの、くたびれたパペット。けれども、そこには確かに使い込みの跡が見えた。
「ん?」
パペットの裾に小さく書かれた文字。
『3年2組 たけみや』
幼い文字で、そう書かれていた。
「やらんわけにも……いかなくなったか」
銀バケツに煙草を捨てた水野は、『目標二〇〇〇人』の文字に一文字を追加した。
ほどなくして、予算は承認された。
――しかし。
「せんせー。馬鹿かよ! 二万は無理むりかたつむり!」
「大丈夫! 竹宮ならいける! 予算も増えたから!」
「予算これで、目標十倍とか強欲定期」
予算の数字には線が一本だけ加えられていた。