新しい刺激……?
「やっぱすげえな、くじろくじ……」
紫煙をふかす眼鏡の男がいるのはビルの階段踊り場だった。
彼の名は水野。そこは都会のビル街の片隅で、じきに建て替えが進むであろう古いエリアだ。
「そうですねえ。わたしもボイスドラマは聞きますけど……」
平坦なようですこし甘く掠れた声の主は竹宮だ。
アンダーリムの眼鏡が印象的で、画面をくいいるように覗き込む顔からはピンクのインナーカラーがちらりと覗く。
「なかなか計算しにくいよな。言われてみればターゲットに合ってるんだけど」
「そうですねえ」
二人が見つめるタブレットには、大立ち回りの特撮ヒーローが縦横無尽に駆け回っている。
繰り広げられているのは『ヒーローショー』だ。
観客の眼前、敵味方が躍動するそこは、まさにステージだった。
見慣れない姿に聞き慣れた声。ちぐはぐにも思えるシチュエーションだったが、不思議とそれは理想的に見えた。
「確かに、変身しちまえば素顔はわからんからな」
「アフレコみたい定期」
「そうだな……」
アフレコーー竹宮がそう言ったのには理由がある。
ステージでバトルをしているのは、"ヒーローの姿"をしたVtuberたちだ。
普段は2D、ときには3Dにもなる彼らだが、その存在は画面の中でこそ感じられるものだ。
しかしーー。
『わあ』という黄色い声援とともに、ステージはヒーローが勝利の名乗りを挙げて終わった。
ぱちぱち、と竹宮も目を輝かせて手を叩いている。
『みんなのチカラで勝てたよ! じゃあ、ここで新曲ーー』
その瞬間、観客の前に立つ彼らは、まさに本物のヒーローだった。
それは、画面を通じて見ている、水野と竹宮にとっても同じだった。
「そりゃあ、確かに女性は特撮好きだよ? でもなあ、こうやってるのを見ると、満足度やばいな」
「そっすね。ボイスドラマとして見ても味がしますし、それが実写、歌まであるんですからねえ」
「それどころか、全国各地でこれやれるだろ。営業先に困らんな」
水野は都内から三重県、関西、九州と日本地図を思い浮かべながら言った。
「スパセンアイドルっつーのもいたし、キラーコンテンツになるだろ」紅白出てたしな、と水野は続ける。
「着ぐるみショーも好きでしたけどね、わたしは」
「あれもなー。惜しいとこまではきてたな」
「十分定期」
勝手にハードル上げすぎてた、呟いて水野は立ち上がる。
「さて、仕事するか」
「は? え?」
「なんだよ?」
露骨に驚いた竹宮を水野はじとっと見つめる。
「せんせーが仕事するとか、ありえない定期」
「……インプット不足が解決したんだよ」
水野は隔壁みたいに重たい扉を押して消えていった。
「……何かやりたくなるのはわかりますけれど、ね」
竹宮は肩をすくめる。
階段の踊り場には、近づく春の、陽があふれていた。