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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
18/30

Agree……?

「つまり、取りこぼしてた……ってことかねえ」


 そういって眼鏡の男が紫煙をふかしているのはビルの階段踊り場だった。

 彼の名は水野(みずの)。そこは都会のビル街の片隅で、じきに建て替えが進むであろう古いエリア。


「何をっすか? せんせー」


 平坦なようですこし甘く掠れた声の主は竹宮(たけみや)だ。

 アンダーリムの眼鏡が印象的で、階段に腰掛け見上げる顔からはピンクのインナーカラーがちらりと覗く。


「大きな需要……。もっと言えば才能とか」

「相撲取りみたいになったずんだの話っすか?」

「ちげえよ。ある意味それもあってるけど」


 本気なのかぼけているのか分からない竹宮の返事に、水野はわざとらしく天を仰いで続けた。


「ほら、ラーメンハゲも言ってるけど『本物』がわかるやつなんて一握りだろ」

「芹沢さん定期」

「だからな、音楽業界はずっと取り逃していたのかもしれないって思って」


 意味が分からないというふうに竹宮は首をかしげる。


「音楽業界? アーティストってことですか?」

「そうそう。まあ、要はVtuberのライブ見てて思ったんだがな。いわゆるアーティスト路線のVの歌なんて、もう本物とそんなに差がないわけよ」

「えー、そっすか? 突き詰めたらけっこうありそうですけどね」

「それなら、ゴーギャンもフェルメールも生前苦労しなかったし、もっといいねがつくイラストもあるだろ」


 竹宮向け、というところか水野は画家で例え話を始める。

 もちろん、画家の栄枯盛衰は純粋な作品の良し悪しだけでなく、時代の評価という側面も大きい。

 それはイラストにしても同様で、芹沢流に言えば『良いものが売れるなんてナイーヴな考えは止めろ』だった。


「それを言われると抗い難いですけど。でも、芸術と商業は違いますから」

「まぁそれはそうか。でな、本題に戻るが俺は要は『愛想の良いアーティスト』を商業音楽では取りこぼしていたのかも、と思ってな」


 水野の言う『愛想の良い』とは、インタビューでは『別に……』と答えないとか、弾き語りながら観客と話すような仕草ではない。

 才能が高みにあるかのように整えられた場だけで振る舞うのではなく、場合によっては社会性を疑われかねないようなエピソードや言動を披露したりといったような、特異で魅力的な内面を持つことをおおっぴらにしながらもファンと触れ合っていく、そういう仕草だ。


「そんなんイラストも同じ定期」


 それをセルフプロデュースとかありがたがっている風潮は強い。企業によるプロデュースとは対照的に、もう今ではそれが当たり前だった。


「まあ、そうなんだがなあ」


 水野は曖昧に返事をしながら、自身が考えていたことの核心に触れる。


「どっかに『彼氏が出来ちゃうアイドル』とかって需要は、転がってないもんかねえ……」BSSとかNTRみたいにさ、と水野は呟く。

「あー……、せんせーの言いたいことがわかりました。でも、私ならそーですね、うーん」


 竹宮は顎に手をやって首を大きく倒した。


「それを『推し』って言う気がしますけどねえ」

「もうちょっと広くしてそーだな『グリ子』とかでもいいかもな」

「意味わかんない定期」


 水野はさらさらとメモ帳に何か書きつけて、ぱたん、と閉じた。


「いいんだよ。もっと安心して彼氏なり結婚なりしてくれるVが出てくればいいってだけだから」

「そのうち、同僚でする人とかいますよ」

「そうだといいけどなー」


いつもの変わらない建て替え待ちのビルから見上げると、ぼんやり暖かい日差しが指していた。


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