あらたな権利・・・?
「うーん……。うまくはいかないもんだな」
そういって眼鏡の男が紫煙をふかしているのはビルの階段踊り場だった。
彼の名は水野。そこは都会のビル街の片隅で、じきに建て替えが進むであろう古いエリア。
「えーと、”forest”、”many dog”、"one cat”にそれから……と」
水野はノートパソコンのファンにかからぬよう煙を吐きながら、画面にいくつかの単語を打ち込んでいく。
「せんせー。話ってなんすか?」
平坦なようですこし甘く掠れた声の主は竹宮だ。
アンダーリムの眼鏡が印象的で、扉からひょっこり覗き込む顔からはピンクのインナーカラーがちらりと覗く。
「しばし待て」
一見すると意味の通じない単語たちの前で、水野は祈るようにSubmitと書かれたボタンをクリックする。
彼が投げかけたその単語たちは、くるくると回転する砂時計とともに溶けていく。
この界隈では、この一連の動作をこう呼んでいる。プロンプト記述――もしくは、『呪文詠唱』と。
----
--
-
「で、これなんすか?」
竹宮が指す画面は、一面が森林に覆われ、隠れるようにおびただしい数の動物が闊歩していた。
――ある一部分を除いて。
「この中から、猫を見つけてみろ」
「え、これすか?」
一秒も立たずに、竹宮は画面の中央にいる猫を指さした。
「……だよな」
「こんな目立ってたら、当たり前定期」
「うまくいかねえんだよ……」
水野は肩を落とすと、再び煙草に火を付ける。
「えーっと、『ウォーリーをさがせ!』でしたっけ? ああいうのをAIイラストで作りたいと」
「そう。でも、なーぜか探させたいやつが真ん中だったり目立って描かれるんだよなあ」
『ウォーリーをさがせ』や『とこちゃんは どこ』といった絵本や写真の中に隠されているものを探す作品は、『探す謎解き絵本』として、世界中にいくつも存在している。
拡大解釈だが、水野は『GeoGuessr』すらも類似ジャンルと考えていた。
「これができれば、イイセンいくと思うんよなあ」
AI生成には、ランダム性が付いて回る。つまり、探す側からしてみれば条件は平等である。
水野はここに、見つけ出すスピードや精度を競うe-Sports性を見ていた。
「AIコンテンツはご意見大量定期」
「そんなこと言ったって、プライバシーヘイブンってことだってある」
「なんすか、それ?」
竹宮の反応を見て、水野はにやっと笑た。
「わからんか。税金逃すための国があるなら、AIのための国だって出来るだろうさ」
「……なんすか、パソコンでもたくさん置くんすか?」
「いーや、違うね。もっとディストピアさ」
彼は常々思考していた。『AIが人間の振る舞いを学ぶ究極の形態は、人間として生きることだ』と。
それには、人間の生まれてから死ぬまで、すべての振る舞いが観察、データ化されることが不可欠だと。
「つまり、『トゥルーマンショー』みたいな国が必要なわけだ。『人間はハードとしては安くて魅力的だが、ソフトとしては高すぎる』とか独裁者が言い出してな」
「あぁ、お得意のやつっすね」
竹宮は手のひらを空に向け皮肉そうに口を歪めた。
「そんなばかみたいな妄想のためにわたしを呼ばないでください定期」
「いやいや、妄想じゃないぞ。ゲームだってきっと、もう人によってプレイ内容が違う形態になるんだって。完璧なAIゲームができたら、竹宮だって好きな見た目で好きな声のキャラときゃっきゃうふふしたいだろ。バレてんだぞ!!」
「あほらし」
ぎいっという重そうな音とともに竹宮は扉を引いて「あ」と思い出したように水野へ振り向いた。
「もし、そんな完璧なAIゲームができたら、『自分を出演させない権利』なんてのができるかもしれませんね」
「えっ?」
「ほいでもって……」
続く言葉で、水野は自分より上背の低いはずの竹宮に見下ろされた気分になった。
――わたしは、妄想ばっかのたばこPのところには出演NGですから。
竹宮の不敵な笑顔だけが、水野には残った。